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Level.007 姿の見えない夫婦


 朝の静かな学校。


 静寂に支配された校舎の一室。


 統苑会の執務室には、今日も朝早くから二人の生徒が登校していた。


 緑茶を口に運ぶ鹿謳院氷美佳と、紅茶を飲む近衛鋼鉄。


 とは言え、両者共に今日は読書をしていない。


 それぞれの執務机に向かった二人は、ノートパソコンを開いて統苑会の会長、副会長としての仕事を黙々とこなしている真最中。


 季節は春から初夏へと移り変わる五月下旬。


 聖桜学園に通う生徒の制服も夏服に変わっているように、少しずつ暑い日が増えて来たそんな季節。


 しかし、統苑会に所属する者は夏にあっても冬服を着ている為、室内は何の代わり映えもしない。


「副会長、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」


「なんだ。早く言え」


「副会長は生徒から相談を受けた経験はおありですか?」


「なんだ、その質問は。仮に相談に乗った事があるとしても、個人の相談を第三者に漏らす真似はせんぞ」


「そのような意図ではないのですが……。いえ、そうですね、ありがとうございました」


 両者共にパソコンから視線を動かす事のない、淡々とした会話。


「なんだ、質問はそれで終わりか」


「はい。副会長の評判を耳にする機会がありまして、少し気になっただけです」


「ふん。どのような評判であれ成果で黙らせるまでだ」


「それもそうですね」


 しかし、始まったばかりの会話は近衛にとって興味のない内容だったようで、彼が少し強めに鼻息を吐き出した事であっさりと終了してしまった。


 そんな近衛の様子を、顔をノートパソコンの画面に向けたまま目だけを動かした鹿謳院がチラリと窺う。


「(セレナに繋がる情報を聞き出せればと思いましたが、大人しく探偵を雇って身辺調査をした方が早いかもしれませんね)」


 などと多少物騒な事を考えつつ、深追いを避けた鹿謳院。


「(それに、セレナが統苑会へ相談に来る可能性もありますからね。焦る必要はありません。……尤も、私は多少怖がられているようですけれど。けれど、癪ではありますが副会長の事を信頼している雰囲気は感じられましたので、相談に訪れる可能性はありましょう)」


 ゲーム内で行われたチャットを思い出す鹿謳院は、ほんの少し目を伏せる。


「(もし、近日中に相談に現れる女生徒が現れたとすれば、その子がセレナである可能性が極めて高いと考えるべきでしょう。けれど、それにしても、どうして私への評価が“怖い”であるのに対して副会長の評価が“優しい人”になるのでしょうか。普通逆ではないでしょうか)」


 そして、一度は伏せた目を再び、近衛の方へと向けた。


「(……まあ、そうですね。性格はアレではありますが、副会長もつらだけは宜しいですからね。セレナが容姿だけで人を判断する子ではないと信じたい所ではありますが、年頃の女子はとかく外見に傾倒しがちです。どうでしょうね、そこは不安です)」


 セレナの事を考えつつ、彼女の中の人へ想いを馳せ。


 近日中に現れるかもしれない女生徒の相談者を夢見た鹿謳院は、自分の作業に没頭する。


「そう言えば、俺からも鹿謳院に聞きたい事があったな」


「構いませんよ。答えられる内容であれば」


 しかし、鹿謳院が目の前の作業に没頭し始めたのと交代するように、今度は近衛が会話を始めた。


「なに、たいした事ではない。俺も先日統苑会の会長の評判を聞く機会があってな」


「怖い、或いは近寄りがたいと言った話でしょう。構いませんよ、気にしませんので」


「いいや、俺が聞いたのは面倒見が良いと言う話だったぞ」


「あら? それは珍しい評価ですね」


「そうかもしれん。だが、風に乗って聞こえて来ただけで、誰が口にした言葉なのかが判然とせん。心当たりはないのか?」


「面倒見が良い、ですか。どなたでしょう。ぱっと思い浮かびませんね」


「面倒見と言う事であれば、鹿謳院が普段クラスで仲良くしている生徒ではないのか」


「クラスよりも執務室に居る時間の方が遥かに長いので、わざわざクラスメイトの面倒を見たと言う記憶はありませんね。強いて挙げるなら、一年の時の方が教室の滞在時間はながかったかもしれませんが、やはり思い当たる生徒はいませんね」


「なるほど。まあ、それらの評価を口にした誰かを特定しようと考えているわけでもないからな。忘れてくれて構わん」


「はい、そうですね。私としても他人の評価に興味はありませんので、そのような方も居るとだけ記憶しておきます」


 本当に興味が無いようで、パソコンから一切視線を動かさない鹿謳院はそれだけ言うと話を切り上げた。


 そして、そんな集中して作業をしている鹿謳院の様子をチラリと窺った近衛は思った。


 もう少しくらい興味持てよ、と。


「(自分の事を面倒見が良い人だと褒めてくれているクラスメイトだぞ? 褒めてくれた者は誰なのか、仲の良い者なのか。多少は気にするのが普通ではないのか。この女はどうなっている。褒められる事を、当たり前だとでも考えているのではあるまないな。全く傲慢な奴だ)」


 鹿謳院はセレナの、近衛はダリちゃんの。


 それぞれが互いの妻(夫)の中の人に繋がる情報を一つでも多く入手しようと、つい先日ゲーム内で話した内容をそのまま使うと言う、身バレ上等の直接的な質問をしていた。


 だが、両者共に目の前の人間がセレナ(マンダリナ)であるとは微塵も考えていないようで、全く気付く気配もなく。


 存在しないはずの人間を探り合うと言う、実に無意味な時間だけが経過していった。


 当然ながら、セレナとマンダリナが話した内容に該当する人間など居るはずがない。


 そう、居るはずがないのである。


 本来であれば。

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