Level.078 素敵で無敵な有機栽培
近衛鋼鉄が楽園の庭をプレイしている。
と言う、未だ鹿謳院が辿り着いていない一つ目の正解に、従者としての勘、女としての勘だけで真っ先に辿り着いた一条。
しかし当然ではあるが、彼女がその事実を悪用する事は無いし、誰かに告げる事も無い。
「(いつでも天使COをなさって下さって構いませんよ、鋼鉄様。そして、皆に隠れてこの私とネットゲームで仲良く遊ぼうではありませんか)」
※CO=カミングアウト。
全ては近衛鋼鉄に楽しんで貰う為、それ以上でもそれ以下でもない。
「(恐らく一条は相当な昔から楽園の庭で遊んでいる。コンセプトカフェに誘った時も二つ返事だったが……。今にして思えば、アレは俺に誘われたからではなく、この店に来たかったからと考える事も出来る。ダリちゃんと一条はまるで結びつかんが、オンとオフでキャラクターが変わる事は良くある話だ)」
「(共通の趣味、共通の秘密を持つ事で、主従の絆はより一層に深まりましょう。そして、楽園の庭で仲良くなればその関係は必ずや現実にも広がります。ただ本好きの男と言うだけで鋼鉄様にチヤホヤされている庶務のように、私もチヤホヤされる日が来るに違いありません)」
思考が読み辛い一条の攻略に少々手こずっている近衛が、運ばれて来たドリンクに口を付けて悩まし気に目を細めれば、それを見た金髪美少女に扮した一条が嬉しそうに目を細める。
「また、お誘いしても宜しいでしょうか」
「次は無い。アイテムコードは三回の来店で全て揃うのだろう? 前回は橘に渡したが、今回は俺の分も全て一条に渡す。残りは後一回で揃うはずだ。俺が同行する必要はない」
「それですと、庶務のアイテムが揃わないのではありませんか?」
「ふむ」
「こちらのゲームに興味をお持ちでない鋼鉄様が、お一人でこのようなお店に入られるのは忍びありません。どうぞ私にお手伝いをさせて下さいませ」
「……それを言うなら、コスプレした女と食事を共にする事に比べれば、一人で来た方がずっとマシだがな」
「それでは、次回はコスプレを控えさせて頂きましょう」
控えめなコスプレをしますと言う意味であって、やらないとは言っていない。
「──はあ……。いいだろう、後一度だけ来てやろう」
「ありがとうございます。お料理が運ばれてきましたらラブを注入致しますね」
「要らん。それはメイド喫茶の文化だろうが」
ニコリと笑う金髪に金の瞳をした美少女に、肩をすくめた近衛が呆れた顔を浮かべながら返事をする。
基本的に人の話を聞かないで勝手に物事を決める近衛だが、逆にグイグイ来られると実は弱かったりもするのは、柳沢とのやり取りでもご存知の通り。
もちろん、ある一定以上の好感度がなければ成立しない『近衛に“うん”と言わせる裏技』だが、一条雫は柳沢美月と同様に、それが許されるだけの十分な好感度を有していると言う事である。
「(仮に一条が本当にダリちゃんであれば、楽園の庭には相当嵌っている事になる。ダリちゃんじゃないにしても、統苑会の人間がこのようなゲームにどっぷり嵌っているなど、マイナスイメージしか付かんからな。軽く遊ぶだけならまだしも、コンカフェにまで足を運んでいる事は隠したいだろう。ひた隠しにする理由はわかる。──……ふむ。ひた隠す、か)」
一条がマンダリナであるかどうか。それを聞くのは非常に容易い。
既にプレイしている事は知っているのだから、後はキャラクター名を聞くだけで簡単に本人確認が完了する。
「(しかし、楽園の庭に無関係を貫いている俺がいきなりキャラクターの名前を聞くのは不自然だ。ゲームの世界観に興味を持つならともかく、名前を聞くのは興味の方向性として間違っている。そもそも、本物のキャラクター名を教えるとも限らん。仮に俺が楽園の庭のプレイヤーであるとバレたとしても、名前さえ出さなければセレナが見つかる事は絶対に無いようにな。名前を聞いたところで、残るのは俺が一条を詮索したと言う事実だけ)」
どうしたものかと考える近衛が思案に暮れる前方。
そこには、運ばれて来た近衛のサラダに向かって『おいしくなーれ』と言いながら、両手で作ったハートマークを飛ばしている一条の姿があった。
しかし、一条が両手で作った目には見えないハートマークがサラダにぶつかる寸前に、それを右手で掴み取って握りつぶした近衛は、ハートマークだった見えない何かをテーブルの外に投げ捨てて思考を続ける。
「(しかし、思えば、今までダリちゃんの中身を特定する事ばかり考えていて、防御がおざなりになっていたか。これは特定されるはずが無い、と言う驕りから来る慢心に他ならない。もし一条がダリちゃんであるとするならば、今俺はこの女のテリトリーで無防備な状態で攻撃を受けている事になる。知らぬ存ぜぬを貫く以外の防衛手段が無い状態は……非常に危ういか)」
テーブルの外に投げ捨てられたハートマークを見た一条は、少しムスッとしたがそれも一瞬。
再び笑顔を浮かべると、今度は『おいしくなれビーム』と言いながらハートマーク型のビームを照射してきたが、ビームがサラダに到達する前に、またしても近衛がメニュー表を使ってガードに成功。
右手でメニュー表を持ってビームを防ぎながら、左手で軽く顎に触れたままの近衛は憂いを帯びた表情で思考に耽る。
「(正直、今までの俺はダリちゃんを少し舐めていたのかもしれん。ある程度までの絞り込みは出来たが、そこから先が一向に進まん。もしダリちゃんの中の者が統苑会に所属する程の者であるとすれば、その思考力は並外れているはずだ。こちらに悟られる事なく探りを入れていた手腕と言い、相当の手練れと考えるべきであろう)」
「──おい。貴様はさっきから何をやっている」
「料理がおいしくなる魔法を掛けようかと。ご安心下さい、品質に問題はありません」
「行動に問題があるだろうが」
「オーガニックラブでございます」
「プラトニックラブみたいに言うな」
おいしくなれビームが防がれた事で、今度は『おいしくなレイン』と言う魔法を放って上空からラブを降り注ぐ行動に出た一条だったが、サラダを持った近衛が立ち上がった事で回避されてしまう。
「(現状、こんな生物とダリちゃんを同一視せざるを得ない程に、俺の攻略は行き詰っている。……しかし、この一連の行動もこちらの動揺を誘ってボロを出させる為のものであるとも考えられるからな。一条の場合は普段からこんな感じでもあるせいで、その辺の見極めも困難を極める)」
美男美女の掛け合いに店内の天使は聞き入っているが、うるさいわけでも無ければ他の天使の迷惑になっているわけでもないので、店員さんも特に止める事はしない。
「(統苑会、或いは鹿謳院の近くにいる誰か。そう考えている事すら、ダリちゃんの思考誘導であるとすれば? ……そもそも、楽園の庭で語っていた内容が、全て事実であるとも限らない。全てはこちらの思考をロックする為の巧妙な罠であったとすれば? ──ダメだ、それすらもわからん)」
当初、容易に特定に至ると考えていたマンダリナの中身。
しかし、考えれば考える程に益々訳が分からなくなる状況に、碌な情報も無しにネトゲプレイヤーの中身を特定する事が如何に困難であるかを思い知る近衛。
故に、長期戦の様相を呈してきた特定合戦で勝利を掴み取る為に、近衛はここで一つの決断をする。
「──だが、一条がそこまで言うゲームだ。この俺も少し興味が出て来たな」
「は、はい! 何でもお聞き下さいませ」
今度は『おしくなレインボーアロー』と言う七本の矢を放ってラブを注入しようとした一条だったが、主のまさかの言葉に驚いて、喜んで楽園の庭についての解説を始めた。
「(葉を隠すなら森の中とはブラウン神父の言葉だが、実に素晴らしい言葉だ。セレナと言う一枚の小さな木の葉を隠す為に、もう一枚、その上に別の木の葉を被せてやろうではないか。──掴み取ったが最後、相手の指に噛みつく獰猛な木の葉を一枚、用意してやろう)」
何やら思い付いた様子の近衛が口角を上げれば、一条もまた嬉しそうに目を細める。
二回目となる楽しいコンカフェデートは終わり、今回入手したアイテムコードを全て一条に渡した所で解散となった。