Level.074 主従と言う固い絆
そんな感じで、型抜きを次々に成功させていく近衛に見物客が集まってきた所で、その場を後にした御一行が次に目指した場所と言えば──。
「ふっ。やはり、屋台と言えばこれだな」
「ですよね! 射的は祭感ありますよね。近衛先輩やっぱりこう言うの得意なんですか?」
「やった事がないからわからんが、勝負してやってもいいぞ」
「いいですね! 僕は何度かやった事あるんで勝ちますよ!」
「ふっはっは! この俺に勝とうとするとは、流石は橘だ。その意気や善し」
お面を抑えながら笑う、何処となく悪役感が漂う近衛と、橘が話しているすぐ隣。
「武界はこの手の銃器の扱いはどうなんですか?」
「確かにー。タケルンって飛び道具みたいなのも使えるの?」
「え? あー、一応たしなむ程度には……ははは……。条件が良ければ三キロ先くらいまでなら狙撃出来るんですけど……。コルク銃は扱った事がないんで、ちょっと難しそうですね」
「流石は武界です」
「何度も言うけどそっちのが難しいからね」
「きょ、恐縮です!」
「さあ、あそこで偉そうに笑っている男の鼻っ柱をへし折るのです、武界」
「ご、御命令とあらば!」
そうして、一条と柳沢、鈴木の三人が話しを終えた所で、男子三名による射撃勝負が始まったのだが──。
「馬鹿な……」
「面目ない……。大物を狙い過ぎました」
「って事は、僕の勝ちって事ですよね! やりましたよ!」
結果は意外な事に橘の勝利。
誰がどう考えてもそんなもんコルク銃で落とせるわけがねえだろう、と言うゲーム機の入った箱を狙った馬鹿二人はその場に膝をつき。
特に何も考えず、ただお菓子が食べたいなーと思っていただけの橘が、じゃ〇りこをゲットした事で勝敗が決した。
「おのれ。置いてあるなら落とせると思うではないか、商品掲示法違反ではないか」
「僕もそう考えて高そうな物を狙ったのですが、まさか敵の計略だったとは……。無念です」
「あれは飾ってあるだけで落とす為の物じゃないじゃないんですか? あ、柳沢先輩も食べますか?」
「食べる食べるー! レンレンWin!」
「見事副会長と武界に勝った庶務には、ご褒美に夏休みの課題を増やして差し上げましょう」
「え、ご褒美なんですか、それ」
こんな感じで、五人でだらだらと過ごす時間は緩やかに過ぎて行き、青春の一頁が一枚増えた所で遅くなる前に解散する運びとなった。
橘と鈴木と柳沢の三人が連れ立って帰れば、近衛と一条も帰路に就く。
陽が沈む前から始まったお祭り散歩も、終わる頃には空は真っ暗。
大勢の客で賑わった祭を後にすれば、残るのは楽しかった記憶と、少し寂しい気持ちだけ。
「本日は、私の我儘に付き合って下さって、ありがとうございました」
「何を言うかと思えば。丁度俺も祭を楽しみたいと思っていた所だ。気にするな」
相変わらず狐のお面をつけたままで浴衣の袖に手を入れて腕を組む近衛と、彼の隣を歩く一条。
友達とも違って、家族とも違って、恋人とも違う。
だけど、そのどれよりも強い信頼関係で結ばれている、少しばかり複雑な関係の二人は、独特の空気を纏いながら人混みの中を歩く。
「しかし、祭と言うのは人が多いな」
「親しい者と共に回れば楽しい気持ちになれますからね」
「そう言うものか」
「はい。鋼鉄様は、本日の祭は楽しんで頂けましたでしょうか?」
「さてな。だが、折角の休暇だ。俺の事など気にせず、一条が楽しいと思う事だけをすればいい」
「……はい」
素っ気ない主の言葉を聞いて、少し寂しそうに目を伏せる従者。
静かな返事は、二人と同じく帰路に就く大衆の雑踏に溶けて消え、会話はそこで途切れてしまう。
「(素顔を晒す事で注目を浴びないようにと、終始このような面を付けられて。汗をかかないように出来るとは言いましても、暑い事に変わりはないでしょうに。……私と美月を守るように、武界と二人でずっと気を張って下さっていた事もわかっておりますよ)」
今もただ歩いているように見えて、全神経を使って自分の周囲を警戒してくれている事がわかっている一条は、それが嬉しくて、同時に寂しいとも感じていた。
「(どうにかして、せめて、子供で居られるこの瞬間だけでも、楽しんでいただけたらと。……そう思ってしまうのは、きっと、私の我儘なのでしょう。鋼鉄様はきっと、そんな事を望んではおられなくて、そんな必要も無いと考えておられる)」
隣を歩く近衛をチラリと見ると、狐のお面を被った男性がそこに居る。
「(いつの間にか、大きくなられました。本当に、大きく。同じ目線で居られた頃が今はもう、ずっと遠い。対等な立場には程遠く、実際には主従の関係にも程遠い。自分と言う存在がどれだけ大切にされていて、どれだけ多くのものから守られているのか。本当は私など居ない方が動き易いと言う事も知っています)」
それでも、どうしても離れたくはない。
この主従関係が自分の我儘で成立している事を知っている一条は、近くにあるはずなのに決して手が届かない地上の星から視線を外した。
そんな複雑な一条の心を知ってか知らずか。
彼女が視線を外した代わりに、今度は狐のお面が隣を歩く女子を見つめる。
「──だが、そうだな。今日は楽しかった」
そして、組んでいた腕をゆっくりと解くと、徐にお面を外しながら言葉を並べた。
「誘ってくれた事に感謝する。まあ、そうだな。次があるなら付き合ってやっても構わんぞ、一条」
「……はい!」
「ふん。難しい事を考える暇があるなら、もっと笑え。その方が俺の従者らしい」
そう言うと、嬉しそうに笑った一条を見た近衛は、外したお面を彼女の頭に乗せた。
「──こちらのお面、鋼鉄様の匂いがするだけでなく、このように被る事で関節キスまで実現できる優れものですね」
「やはりそれを返せ」
「私とて聞けぬ命令も御座います」
「貴様の場合は聞けない命令が多すぎるだろうが、いいから返さんか!」
「ご無体な! 一度下賜された物を臣下より奪うなど、あってはならぬ事です!」
「あっ、おい待て! 逃げるな!」
狐のお面を被った一条が走れば、近衛がそれを追い駆ける。
友達とも違って、家族とも違って、恋人とも違う。
ただの主従関係とも少し違った二人は、人混みの中で十年ぶりの追いかけっこをしながら帰宅した。