Level.073 キモいロボットと世界観の違う男
夏は祭だらけ。あっちも祭、こっちも祭、あっちで花火、こっちで花火。
右を向いても左を向いても祭しかやっていない。
とまでは言わないが、どの地域でも夏祭りは非常に多い。
そんな訳でやってきました夏祭り。
一条の策略に溺れた近衛は橘経由で祭に誘われ、仕方なく参加をする事に。
「ゴミが人のようだな、橘」
「あ、それ逆ですね、先輩」
「無論、試しただけだ。古き良き作品に対する造詣も深いとは、流石は橘だ」
「い、いえ、たぶん殆どの国民が知ってる台詞だと思います」
時刻はまだ夕方。
陽が沈み切る前に訪れた祭の中を歩く浴衣姿の近衛と橘は、いつもの調子で会話をする。
いつもと違う点があるとすれば、近衛の顔面部分。
「それにしても、お面は暑くないですか?」
「心頭滅却すれば火もまた涼しと言うだろう。俺は夏場のサウナであっても気持ち一つで汗をかかない事も出来る。訓練すれば誰でも習得できる技術だ。橘も成人するまでには覚えてもらうぞ」
「え」
浴衣姿の近衛の顔には狐のお面が装着されていた。
それも、普通は側面や背面に回して装着するお面を、彼は堂々と顔面に装着。
一見しただけでは誰かわからない状態になっている。
そして、そんな橘と近衛の後ろを歩く者が三名。
「サウナに季節は関係ないんじゃありませんか、副会長」
「流石は近衛副会長です。僕も熱した油の中に手を突っ込むくらいなら出来るんですけど、やっぱり暑いと汗はかいてしまうんですよね。尊敬します!」
「いやそっちのが凄くない? タケルンの身体どうなってんの?」
浴衣姿の一条雫と柳沢美月、それから聖桜学園の冬服姿の鈴木健。
聖桜学園統苑会の五名で、お祭りにやって来ていた。
ちなみに鹿謳院も誘ったのだが、残念ながらお家NG。
たとえ祭と言えども、不特定多数の人間が徘徊する陽が落ちた街を年頃の娘が歩くのは、鹿謳院家的にダメらしい。
それでも参加する場合は百人規模の警備を配置すると言い出されたので、鹿謳院氷美佳は断念。
と言う事で、特別に珍しい組み合わせと言う訳でもない、五人の組み合わせによるお祭り散歩。
「レンレンとタケルンって同じ一年同士で、一緒に遊んだりはしないの?」
「いやぁ、僕は学園になれるのに精いっぱいでして。いつも一条先輩に勉強教えて貰う毎日で、遊ぶ暇もあんまり無いと言うか……」
「いやぁ、僕もおんなじ感じでして。お恥ずかしい。橘君と顔を合わせるのも定例会の時くらいなんですよね」
「そっかそっかぁ。でも、折角同じ学年の同じ統苑会なんだから、仲良くするんだよー?」
「はい!」
「了解です!」
一年生男子二人と、彼らを引率する先輩女子。
誰とでも仲良くなれるコミュニケーションお化けの柳沢が居れば、その場は大抵どうとでもなる。
際物揃いの統苑会において、辛うじて一般的な感性を持っている柳沢は、いつも近衛にジャイアントスイングをされている橘のあやし方も大変上手。
「(まだまだ先だけど、私達が高等部卒業しちゃったらレンレンも大変そうだからねー。折角タケルンと同学年だから、仲良くなっちゃえば安泰安泰ー。できれば『アイちゃん』とも仲良くなって欲しいんだけど、あの子はちょっとハードル高いだろうしねー。レンレンとタケルンでコンビ組めるくらいにはなって欲しいなー)」
今は後輩二人が仲良くなれるようにと間を取り持っている所らしい。
全くオーラのない橘と鈴木を両脇に侍らせる美少女の柳沢と言う、違和感バリバリの構図。
そんな三人組の少し前を、狐のお面を被って腕を組んで歩く近衛と、彼のすぐ隣を一条が陣取っていた。
いつもはローポニーテールでふわりと纏めている髪を、浴衣に合うようにアップで編み込んだ美しい女子。
普段は見えないうなじが見える髪型の一条は軽くお化粧もしているようで、何処となく嬉しそうに、されどいつも通りに口を開く。
「副会長は、祭に来るのは久し振りなんですか」
「そうだな。昔、一度だけこの手の祭に来た事があったようにも思うが、もう覚えていない。そう言う一条はどうなんだ」
「どうでしょうね。私も数える程の経験しかないですね」
「そうか。統苑会は忙しいだろうが、時には息抜きもするがいい」
「そうですね。副会長も時間がある時は休まれる方が良いんじゃないですか」
近衛と一条にとってのいつも通りの会話とは、つまりは学友としての会話。
主従関係を隠すための偽りの関係だけれど、この関係はこの関係でそんなに嫌いではない近衛と一条。
のんびりと歩く五人組は屋台や出店を見て回っていたが、ここで一条が一つ目の提案を口にした。
「副会長、型抜きでもしませんか」
「唐突だな。だがいいだろう。存分に競い合おうではないか」
「いえ、あれは競い合うものじゃなくないですか」
「何を言う。負けるのが怖いのであれば手加減をしてやっても構わんぞ」
「……上等です」
お面を付けているせいでわからないが、絶対に嫌らしい笑みを浮かべているであろう近衛に、一条も睨み返す様な鋭い笑顔を浮かべる。
「美月──」
「聞こえてた聞こえてた。型抜き行くんですよねー? 私も何気にやった事ないから初挑戦! レンレンとタケルンは?」
「あ、えーっと。一応何度かあるんですけど、一度も綺麗に抜けた事はないですね」
「あー……。型抜きの素材って確か、凄く壊れやすいんですよね? 鉄板にしてくれたら抜けると思うんですけど……。中々に難しそうですね」
「いや、そっちのが難しいから」
「近衛先輩はやった事あるんですか?」
「あるわけがなかろう。だが、この俺に不可能は無い」
「なんでそんなに自信満々なんですか。それで毎回トランプ負けてるじゃないですかー」
「会長と副会長いつも最下位争いしてますよね、そう言えば」
「副会長はトランプ競技がクソザコですからね」
「誰が雑魚か! しかもクソまでつけおって。だが、見ているが良い。吠え面をかくのは貴様だ、一条」
「それはどうでしょうね」
天上人の集う聖桜学園において神の如く敬われる統苑会メンバー。
そんな彼ら彼女らもまだ高校生で、一度学園を飛び出せばそこらの子供と何ら変わらない。
仲良く喋りながら歩く姿は完全に子供である。
そうして、五人揃って型抜きに挑戦すれば、それぞれの感想が口から飛び出す事に。
「──すご。それどうやってるんですか、近衛先輩」
「ロボットじゃないですかー」
「え、キモ」
「聞こえているぞ、一条」
型抜きに挑戦した一同は、工業機械のような速さと精密な動きを見せる近衛にそれぞれの反応。
「うわぁ、やっぱり難しいですね。やっぱり、近衛副会長は流石ですよ。僕なんて触れただけで粉になってしまって、中々難しいです」
「え。逆にどうやってるの、それ」
そんな近衛の隣では、型抜きに触れるだけで次々に粉にしていく謎の怪奇現象を発生させる鈴木が居て、柳沢が大きな目をパチパチと瞬かせていた。