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Level.072 謀反成功と、その報酬


「いいえ、鋼鉄様。話はこれからです」


「ふむ、祭の話は前置きか。本題があるのであれば、聞こう」


「いえ、普通に祭の話です」


「やけに粘るが、何度言われようと──」


「それは如何でしょうか。私が何の策も無しにこのような話を持ち掛けたとお思いですか、鋼鉄様」


「……なに?」


 何度言われても祭には行かない。


 そう言おうとした近衛だったが、言葉を遮った一条の不敵な笑みを受けて警戒心を強める。


「(この俺と祭に行く為の策、だと? 馬鹿な。本当にそんな策があるのか? 脅しに屈するつもりはないが、何かしらの交渉材料を持っていると考えるべきか。俺が首を縦に振る何かしらの好カードを手に入れた? それは何だ?)」


「(鋼鉄様にお仕えして十年以上。貴方様の事であれば凡そ把握しております。故に、私が本気になれば鋼鉄様と祭に行く事など造作もありません。行こうと思えばプールにも海にも行けてしまう事でしょう)」


 ただ祭に行くか行かないかだけの話でしかないのに、何をそんなに真剣な表情で話す事があるのか甚だ疑問ではあるが、近衛も一条も至って真面目。


 真剣な表情で見つめ合う二人の間には、しばしの静寂が流れた。


「鋼鉄様。私は今年に入って以降、一つの命令を忠実に遂行しております」


「一つの命令と言うと、橘のフォローか? ……まさか一条、貴様っ、橘を人質に!?」


「人質などと人聞きの悪い事を仰らないで下さいませ。私はただ、リリンクを通じて庶務に連絡をするだけです。『統苑会の親睦を深める為に、会長や副会長と一緒にお祭りにでも行きませんか』と、ね」


「ぐゥゥゥ、何と言う禁じ手を……ッ」


 いやいやいやいや、そんなに悔しがる? 


 みたいな表情を浮かべる近衛と、勝ち誇ったような表情を浮かべる一条。


 統苑会次期会長選挙で負けた時よりも遥かに悔しそうな表情を浮かべる近衛は、テーブルの上に置いた右手を握りしめていた。


「(なんて奴だ、橘からの誘いであればこの俺が断らないと知って、このような……。主であるこの俺を意のままに操ろうとするなど、最早これは謀叛とも取れる暴挙だぞ、一条!)」


 普通に断れよ、とは言わないお約束。


 近衛とて聖桜学園と言う日本の治外法権みたいな学園に、一般人の橘を招き入れた点には注意を払っている。


 何かしら面倒事に巻き込まれたり、橘蓮が潰されたりしないようにと自身の庇護下において、最も信頼している一条雫を護衛代わりに側に置く程度には厳重に保護している。


 その為、単にお気に入りと言う理由も多分に含まれてはいるが、基本的に橘から頼られたり相談を受けたりした場合は全て二つ返事で了承して力を貸す、と言うルールを己に課している。


 おもしれー男が居るから、聖桜学園に編入させて後は放置。


 近衛はそのような真似をするような男ではないので、自身の尻は自身で拭くのが当たり前の彼は、自分で定めたルールには絶対的に従う。


 近衛の定めているルールを何となく把握している一条は今回、そのルールを逆手にとって主との遊びを強硬したわけである。


「入学式以降、私と庶務は同じく鋼鉄様を頂く臣下として、多くの時間を共に行動してきました。今や同じ主を頂く身として、我らは一心同体と言っても過言ではありません」


 否、過言である。


 そもそも、橘蓮は臣下でも何でもない。


「なるほど、知らぬ間にそこまで関係が発展していたとはな。それで、橘を使ってこの俺を表舞台に引きずり出すと、そう言う事か」


「あ、いえ、関係は全然発展しておりません。我が身は鋼鉄様、御身一人の為にございます」


「聞いとらんわ」


 ポっと頬を赤らめる一条に、思わず眉間に皺を寄せる近衛。


 そんな二人の表情も一瞬で、すぐに会話が再開する。


「もちろん、表舞台に引きずり出すなどと、そのような大それた事は考えておりません。……ですが、私はただ、今この時の鋼鉄様との関係を、ただの学生で居られる今この瞬間を、大切にしたいと考えているだけです」


「それで同じ学生として遊びたい、と。実に安易な発想だな」


「……申し訳御座いません」


 そうして、伏し目がちになった一条を見た近衛は、心の中で溜息を吐き出すと、ゆっくりと口を開いた。


「だが、そうだな、許そう。俺の従者として近付くのではなく、幼稚舎から高等部の今に至るまで共に過ごした学友として、一条雫としてこの俺に近付く事は不自然ではあるまい。必要以上の接触は避けるべきだが、必要以上に距離を置く事もまた不自然か」


「は、はい!」


 近衛の言葉を受けるや否や、一条は花が咲いたような笑顔を浮かべる。


「統苑会に所属する仲間として過ごした時間も、それなりにある。ある程度は親交を深めている方が自然だろうよ」


「仰る通りかと。それでは、早速泊まり掛けで温泉に参りましょう。もちろん、お城のような建物でも可です」


「可じゃねえよ。貴様、俺の話しを聞いてたか? 親交を深める速度が異常だろが」


「安心して下さいませ。第三宇宙速度です」


「それはまた、随分と速いな。さっさとその思考を徒歩まで戻せ。祭の話は何処へ行った。ふざけているのであれば付き合う事はないぞ」


 胸に手を当てた一条が僅かに口角を上げて自信満々に言えば、近衛が呆れた表情を浮かべる。


 少々変わった主従関係ではあるが、互いの信頼関係はとても厚い。


 殆ど白紙だったはずの夏休みの自由帳にまた一頁、五月蠅そうな絵日記が追加されそうな予感に、軽く溜息を吐き出した近衛は、ほんの僅かに口角を持ち上げてから紅茶を飲んだ。

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