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Level.071 我慢の限界を迎えた者


 旅行にコンカフェ、毎週の定例会議に花火観賞、その他お家の用事がetc.


 それなりに充実しているようなしていないような、濃いようで薄い、薄いようで濃い近衛の鋼鉄の夏期休暇も折り返し。


 後はネットフェに籠って、一日中マンダリナと楽園の庭で遊ぶだけ。


 そう思っていた近衛だったが、一条から呼び出しを受けてしまう。


 呼び出しを受けた近衛が仕方なく足を運んだのは、行きつけの喫茶店


「──却下だ」


「そう仰らず」


 入り口から一番奥にある近衛専用の席には、いつぞやと同じように一条と近衛の二人がいた。


 もちろん、年頃の男女が二人でカフェデート、なんて事があるはずもなく。


 見つめる一条と、死ぬ程面倒臭そうな表情で紅茶を飲む近衛の姿がそこにはあった。


「聞けば、会長や広報、それに庶務とは幾度となく遊ばれているとか」


「何の話をしている。遊んだ記憶など一度もないぞ」


「泊りがけの旅行や花火観賞など。随分と楽しい夏休みをお過ごしになられていると、お聞きしましたが?」


「なに? あれらは遊びに含まれるのか?」


「いえ、含まれるに決まっているではありませんか。逆に何だとお思いだったのですか」


「夏期休暇中のサービスの一環として民を楽しませてやろうと思っただけだ」


「家族サービスみたいに言わないで下さいませ」


「……ふむ」


「(しかし、あれらが遊びに含まれるとなれば、学園生活など全てが遊びのようなものではないのか。この国の学生は随分とメリハリの無い日常を過ごしているのだな)」


 近衛にとっての遊びとは即ち楽園の庭、マンダリナと過ごす時間だけが遊びと言う認識。


 それ以外の時間は、就寝中も食事中も全て含めて仕事と言う感覚が強いようで、それ故に彼のパフォーマンスは常に最大限発揮されているとも言える。


 昼休みの読書はギリギリ遊びと言えなくはないが、それも実際には少々違う。


 昼休みは小説、学術書、漫画ラノベなど。適当に選んだ本からランダムに新しい知識を仕入れる事によって、古い自分と対話する時間。


 取り込んだ新しい情報を軸に、脳内で複数の近衛鋼鉄が円卓会議を行う事で、一人ブレインストーミングが行われる大切な時間となっている。


 ブレインストーミングとは!


 複数人で意見を自由に出し合い、アイデアや解決策を創出する発想法の一つ。


 近衛の昼休みは、この一人ブレストを行う大切な時間。


 読書をする傍らで、鹿謳院と会話。


 マンダリナについて考え、執務室に入って来る統苑会メンバーとやり取りをしながら紅茶を飲み。


 それと同時に、書物から仕入れた情報を脳内で整理して、それらについて意見をぶつけ合わせる時間が昼休みとなっている。


 いつも馬鹿なやり取りをしていると思われがちだが、実際に馬鹿なやり取りをしているんだけど、それはそれとして近衛の頭の中は割といつも忙しい。


 旅行の時も花火大会の時も息抜きに感じてはいたが、頭の裏側では近衛家のお家事情等々の複雑な事を考えていたりもしたので、遊んでいる感覚が希薄だったのは事実。


「それで? 俺が遊んでいたからと言って、だからなんだと言うのだ」


「……まさか、鋼鉄様ともあろう御方が、お分かりにならないのですか?」


 一条の真意が読み取れない近衛は紅茶を一口流し込むと、黙って返答を待つ。


 真っ直ぐに見つめて来る一条の瞳を受け止めて、話を促す様に軽く顎を動かした。


 と言うか、そもそもこの二人が今何の話をしているのかと言う問題だが、何も心配しなくともちゃんとしょうもない話である。


「会長や広報、庶務と遊びに行っていると言うのに私は誘われておりません。私はそれがとても憎いです」


「流石は一条、たいした女だ。普通の人間はそこまでストレートに感情表現が出来ないだろう。逆に感心したぞ」


 要は、遊びに誘って貰えなくて怒っていると言うお話。


「(どうして私を遊びに誘って下さらないのですか。常日頃、統苑会の為にあれだけ身を粉にして働いていると言いますのに。鋼鉄様だけではりません。鹿謳院様も美月も、庶務のボケも。何故なにゆえに庶務を誘うと言う選択肢があって、私が除外されなければならないのですか。理不尽ではありませんか)」


 鹿謳院からはこれと言って何も聞いていないが、柳沢と橘からは近衛と遊びに行った情報が駄々漏れ状態な一条。


 近衛と遊びに行ったと言う連絡を受ける度に、スマホを握り締めてしまう一条は、この夏だけで既に三代目のスマホを購入していた。


「(……いえ、それは、もちろんわかっております。私と鋼鉄様は表向き無関係を貫きたいのですよね、わかっております。──ですが、しかしっ! そんなのずるいではありませんか。私も鋼鉄様の生水着姿が見たかったです。生執事服姿が見たかったです。庶務からその話を聞いた時は、思わず血の涙が出てしまいましたよ)」


 嘘か本当か。


 まあ本当なんだけど、血の涙を流して悔しがっていた一条は一念発起。


 近衛家と一条家の秘密の関係とか知らねえ! 自分もこの夏は近衛鋼鉄と遊ぶんだ!


 と言う結論に到達して、今に至る。


「それでは、感心ついでに共に祭に参りましょう。希望のコスプレは浴衣です。よろしくお願い致します」


「却下だ。それと、浴衣はコスプレとは言わん」


「それは何故なぜでしょうか」


「それはどちらについての質問だ。浴衣のコスプレについてか、祭に行かぬ事ついてか」


「もちろん浴衣についてです」


「マジでそっちかよ。まあよい。コスプレはコスチュームプレイの略だろうが。何らかのキャラクターになり切り楽しむ為の、ごっこ遊びの延長線上にある。浴衣はこの国に古くから伝わる普通の服だ。コスプレには該当せん」


「であれば、普通に浴衣の着用をお願い致します」


「却下だ却下。何故なにゆえこの俺が祭に行かねばならん」


 どうしても構って欲しい一条の様子を見て、軽く肩をすくめる近衛。


「(まあ、一条がダリちゃんである可能性もゼロではないからな。そう言う意味では付き合ってやってもいいのだが、どうしてもこの女がダリちゃんとは結びつかない。だが──)」


 スマホを取り出した近衛が“楽園の旅人(エデンズウォーカー)”を起動。


 セレナ:ダリちゃんはお祭り好きー?

 マンダリナ:なんだ? 唐突だなw でも、祭は好きだよ。セレナは?

 セレナ:私も大好きだよー! ごめんね、いきなりw

 マンダリナ:気にすんなって。今日もログインしたら教えてくれ、すぐに行くから

 セレナ:わかった! お家の用事頑張ってね!

 マンダリナ:おうよ!


 短いチャットを終えて顔を上げるとやはり、いつの間にかスマホを取り出した一条が、嬉しそうな表情で指を動かしている光景がそこにある。


「(……最近は、一条家も忙しいと聞く。ダリちゃんの日中ログインが低下気味である事とも合致する。そうじゃなくても夏期休暇だからな。友人と遊びに行く予定があっても不思議ではない。更にこれだ。アプリでチャットをすれば、必ず一条が反応する。ここまで来れば、流石にもう偶然とは言えない。一条がダリちゃんであると考えるのが普通なのだろうが──)」


 夏期休暇は特定に思考を費やし過ぎない。結論を急いではならない。


 そう決めている近衛は一旦そこで思考を打ち切る。


「(鋼鉄様フォルダにまた新たな一枚が加わりましたね。あのような優しげな表情を浮かべてのやり取りとなりますと、やはり相手は庶務なのでしょうか。しかし男同士で一体どのような会話を……。いえ、男同士の会話など下ネタ以外にはありませんね)」


 男に対する酷い偏見はさておき、近衛がスマホを置いた事で一条もスマホをそっと置いた。


「ただ一緒に祭に行って浴衣デートをするだけではありませんか、何がそんなにいけないのでしょう」


「何食わぬ顔でデートを付け加えるな」


「いいでしょう。わかりました。そこまで拒まれるのであれば仕方ありません」


「ああ。済まないな。無論、一条の事は信頼している。だが、必要以上に接触を増やすべきではないだろう。この店のようなセーフハウスであれば問題は無いが、俺と貴様の関係は大衆に知られるべきではない」


 自分はコンセプトカフェに誘って不用意に接触した癖に。


 それなのに、こっちから会いたいと言えば中々会ってくれないんだから、なんて自分勝手な人なの……?! でも、そう言う所も素敵、(ハート)。


 などと、完全にダメな思考をしている一条だが、今回はそう易々と引き下がらなかった。

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