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Level.070 ぎこちない思い出も大切に


「うわー! 本当に良く見えますね! 柳沢先輩!」


「でっしょー? ほらほら、ミカちゃんもこっち座って見ましょうよー」


「あ、でも、皺が」


「いいのいいの。別にそれ売り物ってわけでもないですからー」


 柳沢に腕を引っ張られた鹿謳院がソファーにポフンと座れば、


「コウちゃんはこっちー!」


「仰せのままに」


 執事ごっこに付き合っている近衛は、橘と優月の座るソファーの後ろに移動して、窓の外へと視線を向ける。


 そうして、夜空に咲く一瞬の雅に一同の視線が吸い寄せられれば、しばしの沈黙が流れた。


 花火の何が楽しいのかわからない。


 と言う人も一定数いるようだが、大抵の人は花火そのものが楽しいなんて思っているわけではない。


「あ」


「なんだ。どうした、橘」


「あ、いえ。そう言えば、花火を見る時に“たまやー”って言う掛け声があったなと思っただけで」


「ふむ。玉屋たまや鍵屋かぎやか」


「でも玉屋って一代で廃業しちゃいましたよねー。今言うなら“鍵屋”じゃないんですかー?」


「よく知っているな、柳沢。確かに玉屋は一代で断絶した故、現代には存在せん。今の時代に掛け声を口にするのであれば鍵屋一択だろうよ」


「その割にみんな“たまやたまや”って言ってませんか? あ、いえ、僕の主観なんですけど」


「……ふむ。そうだな。だがそれは、一代で消えたからこそだと考えるべきだな。これに関して、鹿謳院はどう考える」


「私ですか? ええ。そう、ですね。火事を起こした事で江戸を追放される事となった玉屋ではありますが、その実力は確かなモノだったと聞きます。一瞬のうちに咲き誇る花火と、一瞬の輝きを残して消えてしまった玉屋。それは、江戸の民にとって花火の在り方そのものに映ったではないでしょうか」


「そうかもしれんな。『橋の上 玉屋玉屋の声ばかり なぜに鍵屋と いわぬ情なし』と言う狂歌が詠まれたように、江戸の民は玉屋にも鍵屋にもどちらにも深い情を抱いていた。もう見る事が出来ない玉屋の名を叫び、その情を示し続けた。そして、それが現代まで残っているわけだ」


「な、なるほど、そうだったんですね。玉屋さんって一代で消えたって言うのも初めてしりました」


「気にするな、これと言って知る必要のない歴史だからな。知らぬ者も多いのだろう。知っているからと言って何かが変わるわけでもない」


「でも、そう言うの知ってから見るとまたちょっと違って見えますよねー! ──って、ユヅはおかし食べ過ぎないの。太るよ」


「ふーん。コウちゃんジュースおかわりー」


「こーら」


 花火の豆知識で盛り上がる高校生の話が退屈だったのか、黙ってポリポリとお菓子を食べ続けていた優月を美月が注意すれば、その場が少し和む。


 夏祭りや花火や花見、寒い中だらだらと並ぶ初詣など、日本の各地で催されるそれらの年中行事の起源を知って参加している者が、果たしてどれだけ存在して居るのか。


 大抵の者はそんな行事の起源なんて気にした事もなければ、もっとぶっちゃけて言うと、行事そのものに対して飛び上がる程に楽しいと感じている人も多いわけではない。


 結局それらの行事で一番重要なのは、誰と行くか、誰と見るか、誰と何をするかと言う点。


 楽しさは行事そのものではなく、その場にいる他の誰かと共有する時間にある。


「(花火など久しく見ていなかったが、やはり悪くはない。散りゆくモノは斯くも美しい。今回は旅行の続きとの事だが、次の機会があれば一条や他の統苑会のメンバーが居ても良いかもしれんな)」


 顎に手を当てる近衛が珍しく次を考えるように。


「(深く考えてはなりません。あの男は息をするように他者を見下しますが、それと同時に息をするように他者を褒めます。それだけの話しです。それ以上でもそれ以下でもありません。花火。花火、綺麗です。わあ、綺麗です)」


 珍しくと言うか、近衛に初めてドストレートに褒められた事で動揺している鹿謳院が、窓に反射するムカツク男子をチラチラと見るように。


 橘と柳沢姉妹が楽しそうに話しているように。


 仲の良い者と見る花火はそこに楽しい思い出が咲くので、多くの人はそれを楽しんでいる。


 次々に打ちあがる花火を眺めて、ちょっとした小話や学校での話を交える時間はゆっくりと過ぎて行く。


 これが青春であると気付く事すらない若人たちは、ただ過ぎ行く時間を楽しんだ。


 そうして、花火が終われば後腐れなく解散。


 各々帰路に就いたメンバーはそれぞれの日常に戻るわけだが──。


「……仕方あるまい。一枚だけだぞ」


「良かったねー、ユヅ。じゃあ一枚だけ写真撮りましょー!」


「やったー!」


「はい!」


「こ、この格好で撮るのですか?」


「まあまあ、いいじゃないですかー。記念と言う事でー」


「じゃ、じゃあね、こう言う感じの写真で──」


 ──優月の強い要望で記念撮影をする事となった。


 当然スマホでの撮影ではなく、プロのカメラマンによる撮影。


 スタイリストに顔や頭を弄繰り回されるのが初めてだった橘はガチガチに緊張していたが、鹿謳院も近衛も慣れたもの。


 だと言うのに、二人揃って微妙に顔が引きつっている様子。


 と言うのも、パパっと撮影を済ませて帰ろうと思った鹿謳院と近衛だったのだが、そうは問屋が卸さない。


 特に、優月問屋は常に無理難題を吹っかけて来る事で有名なお店である。


「コウちゃん執事でお姉ちゃんメイドでしょ? それで、鹿謳院さんは……お、お姫様で、レンレンは家来だよね?」


 と言う事で、お姫様に仕える執事とメイド、家来の構図で写真を撮って欲しいとの要望。


(……ちゃんと笑え、鹿謳院)

(副会長こそ……笑顔が引き攣っておりますよ)

(二人とも顔が硬い硬い。一枚だけ撮影するって決めたのは二人なんですからねー?)

(あの、僕と柳沢先輩はここに居る必要あるんですか?)


 構図は実に単純。


 一人掛けのソファーに座る鹿謳院と、彼女の斜め後ろに立つ柳沢と橘。


 近衛は鹿謳院が座るソファーの隣に立って、彼女と見つめ合いながら二人で手を重ねるだけ。


 少女漫画を始めとした日本のオタクカルチャーに登場する執事と言う存在は、どう言う訳か基本的にお嬢様と恋仲にある公私の区別が付かないやべー奴ばかりので、優月の中でも今の鹿謳院と近衛はそう言う設定らしい。


 と言う事で、優月からのお願いと言う事で喜んで引き受けた鹿謳院と近衛だったが、写真を撮影する上での設定を聞いてから、笑顔を引きつらせている内に無事に撮影が終了。


 こうして一枚、夏の思い出が形になって残される事に。


 ネットに拡散される事の無い写真は後日、柳沢美月が全員に直接手渡しをした。


 ぎこちない笑顔を浮かべるお嬢様と執事の写真を見て、各々が何を思ったのかはわからない。


 けれど、写真を見た全員が自然と笑っていたので、これはこれで良い思い出だったんじゃないかなと思う。

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