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Level.069 嘘の無い本音


 一足先に着替えを済ませた近衛が、花火観賞をする為の部屋に戻ると──。


「お、お帰りなさい……。近衛先輩……」


「コウちゃんおかえり! レンレン全然何も出来なかったよー」


「ふむ。あまり橘を酷使するなよ、優月。何をすればそんな事になる」


 部屋に戻れば、疲労困憊と言った様子の橘が床の上で俯せになっていて、彼の背中の上に座っている優月が視界に入る。


「ユヅなにもしてないよー? それよりコウちゃんカッコイイ! 写真撮ってもいい?」


「ダメだ。その眼に焼き付けるがよい。大丈夫か、橘。花火はこれからだぞ」


「あ、ありがとうございます、先輩。でも、いいですね──執事服ですか」


「うむ」


 飛びついて来た優月を受け止めて、地に伏した橘に手を伸ばした近衛。


 そんな彼が身に纏うのは、黒と白の仕立ての良い執事服。


 イケメンと執事服と言うそれだけで御飯三杯はイケる組み合わせに、優月は大満足の様子。


 それだけではなく、男の橘ですら手を差し出した執事服の近衛にトキめきを感じてしまうと言う、驚異的な似合いっぷり。


 この手の組み合わせが好きな女性陣が見れば、鼻血を流して尊死とうとしするであろう世界遺産級の美青年の登場に、部屋の隅に待機している柳沢家と鹿謳院家の使用人数名も思わず目を逸らしてしまう始末。


「この手の服は見慣れているからな」


「あ、やっぱり近衛先輩の家にも執事さんとかメイドさんとかが居るんですか?」


「うん? ああ……。うむ、まあそうだな」


 橘の手を取り立ち上がらせた近衛は、言葉を濁しながら頷く。


「(そう言えばそうだったな。言われてみれば、使用人がいつもこのような服を着ていたか)」


 マンダリナ:御手をどうぞ、セレナ。なんつってなw

 セレナ:ダリちゃんかっこいーー!


 橘の質問で初めて使用人の事を思い出した近衛の頭の中には、楽園の庭で自分をエスコートする旦那の姿。


 普段から執事服のようなフォーマルな衣装をビシっと着こなす、マンダリナの姿しか浮かんでいなかった。


「(ダリちゃんがいつも執事服を着ているから条件反射でこれを選んでしまったが、迂闊だったか。もしこの場にダリちゃんの中の人間が居れば、何かしら勘繰られる恐れもあったな。とは言え、橘も柳沢も既に候補からは外れている。何も問題はあるまい)」


 ナチュラルに存在を忘れられている鹿謳院はさておき。


 近衛と橘が優月に言われて執事ごっこに付き合ってあげていると、時間は刻々と過ぎて行き、もうそろそろ花火が打ちあがると言う時間に差し掛かった時。


「お待たせー! ミカちゃんのお着替え終わったよー!」


 ようやく、鹿謳院の着替えが終了。


 それと同時に、廊下の向こう側から先に現れたのは、いつの間にやらメイド服に着替えた柳沢。


「って、うわー。副会長も執事服とはわかってますねー!」


「何故柳沢まで着替えている」


「おかえりなさい、柳沢先輩!」


「ただいまレンレンー! だけど、こういう時はとりあえず、まずは似合ってるとか、可愛いとか言うものなんだなー、これが」


 ロングスカートのメイド服を着ている柳沢は、やれやれと肩をすくめながら男子二人に指摘。


「メイド服に似合うも何もあるまい」


「に、似合ってます!」


「流石はレンレン、いい子だねー。副会長は失格です」


 少々恥ずかしがりながらもきっちり褒めてくれた橘、そんな彼の右手を掴んでブンブンと振り回した柳沢は、近衛に落第判定を下した。


「それはそうと、もう花火が始まるぞ。鹿謳院は何をやっている」


「ん、あれ? ミカちゃん何やってるんですか、花火始まっちゃいますよー」


 近衛に言われた柳沢が、ガバっと振り返る。


 どうやら鹿謳院がすぐ後ろに居ると思っていたようで、彼女が居ない事に気付いた彼女は駆け足で廊下の向こうに消えて行った。


「──無──恥ずかし──」

「──可愛い──大丈──」


 廊下の向こうからは鹿謳院と柳沢のヒソヒソ声が漂って来るが、小さすぎて何を言っているのかは聞こえず。


 二、三分続いたヒソヒソ声が終わると同時に、廊下の向こうから何かを引きずるような柳沢が再登場。


「美月っ」


「大丈夫、ですからっ! ミカちゃんは世界で一番可愛いですから!」


 そして、廊下の向こうから柳沢に腕を引っ張られて、ようやく鹿謳院が登場する。


「と言う事でミカちゃんですよー! どうですかどうですか! 全員何か言う事ありますよねー!」


 そんな事を言いながら柳沢に背中を押された鹿謳院は、歩き辛い恰好のせいかフラフラと前に進んでしまって、そのまま近衛鋼鉄に受け止められてしまう。


「おっと……。大丈夫か、鹿謳院」


「だ、大丈夫です! 離してくださいませ!」


 慌てて距離を取る鹿謳院は急いで柳沢の下に戻ると、彼女の腕をぎゅっと掴んでその場を死守。


「(美月に言われるがまま勢いで着てしまいましたが、やはりおかしいですよね! 罰ゲームなのですから受け入れますが、穴が合ったら入りたいです。旅行の際に水着になった時を遥かに超える羞恥を感じています。私史上最大の羞恥です)」


 そんな事を考えて、赤く染めた顔を下に向ける鹿謳院が着ている服は、服と言うかドレス。


 鮮烈な赤色を基調にしたドレスは、からすの濡れ羽色のような黒髪を持つ鹿謳院氷美佳の美しさをより一層に際立たせるデザイン。


 メイド服姿の柳沢の少し後ろに身を隠すように佇む姿は、夜会から抜け出して来た世間知らずのお姫様のような印象を受ける。


 そんな鹿謳院に橘は何も言えず、驚いた優月は橘の後ろに隠れて様子を窺う。


 部屋の隅で待機していた柳沢と鹿謳院の使用人達は、つい先程近衛に抱き留められたお姫様を見てキュン死しかけていた。


 十八世紀、ブルボン朝後期。


 バロック様式から派生したロココ様式のドレスは曲線的な装飾が多く、絶対王政末期の貴族社会が最も輝いた時代において一際貴族の存在感を示した美しいドレス。


 アニメや漫画、映画のお姫様が着ているドレスは大抵がこの辺の時代をモチーフにされているように、繊細で優美なデザインのドレスは女の子なら一度は憧れる事もあるのではないだろうかと言う、美しさと可愛らしさを兼ね備えている。


 鹿謳院とて、そんなドレスに興味があったのは嘘ではない。


 着てみたいと思ったのも、もちろん本音ではある。


 セレナ:じゃーん! 似合うかな? ダリちゃん?

 マンダリナ:もちろん、セレナはいつだって世界で一番お姫様だよ


 ただしそれ以上に、セレナが着て見せてくれたドレスにどことなく似ているなと思っただけで、ふと目に留まってしまっただけだったりするのが真実。


「(セレナが着たらさぞ可愛い事でしょうと、そう思っただけで……。このようなドレスを私が着た所で、似合うはずがないのです。私はセレナや美月のように可愛げのある女子では、ありませんから)」


 それでも、一度くらいは着てみたい。


 そう思って、美月に乗せられるがまま身に纏ってしまったものの、やはり後悔。


 楽しそうに笑って絶賛する柳沢の隣に立つ鹿謳院は、周囲の視線が突き刺さるようで、居た堪れない気持ちになっていたが──。


「うむ。浴衣も悪くはないが、ドレスもよく似合う。やはり貴様には赤が良く映えるな、鹿謳院」


「ねー! 浴衣花火なんて普通過ぎるから、これからはドレス花火ですよねー!」


 ──近衛がサラリと称賛の言葉を口にした事で、居た堪れない気持ちは一転。


「(この男は突然、何を……。そこらの子女であればいざ知らず、この私がそのような安い褒め言葉に心を揺れ動かすとでもお考えなのでしょうか。この私がそのような言葉で機嫌をよくすると考えておられるのであれば、勘違いも甚だしい。全くもって遺憾です)」


 そんな事を考える鹿謳院は近衛の言葉には一切反応せず。


 耳まで真っ赤に染めた彼女が顔をプイと逸らした所で、一発目の花火が打ちあがった。

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