Level.068 数少ない友達
下々の民に勝ちを譲ってあげようとか、運がどうのこうのとか、そんなややこしい事を考える事も無く。
普通に勝とうとして普通に負けてしまうと言う、ある意味では一番恥ずかしい敗北を喫してしまったのが故の迫真の演技。
「(お、おかしいです。何かトランプに仕掛けが? ──はっ! ……聞いた事があります。賭場には如何様と呼ばれる外法があると。まさか、この男がそれを? いいえ、であるとすれば、この男が一位でない事は不自然ではありませんか)」
チラリと近衛の表情を窺う鹿謳院。
どうやら彼女には普通に負けたと言う発想がないようだが、その事情も実際には少しばかり複雑。
『──コールだ。なんだ、鹿謳院。まさかここでフォールドするような詰まらぬ真似はしてくれるなよ』
ポーカーをしていると煽られ。
『──冗談は寄せ、鹿謳院。ここでスタンドとは、本当にその手札で勝てると思っているのか?』
ブラックジャックをしていても煽られ。
『──どうした、鹿謳院。恐怖でこの札が取れんか? だが、それも仕方あるまい。ようやく、この俺に敵わぬと理解したのだな』
ただのババ抜きでも煽られる。
他の誰かであればいざしらず、近衛鋼鉄からの煽りに対する鹿謳院氷美佳の耐性はゼロ。
近衛はそれを自分に合わせてくれていると考えていたが、鹿謳院はふつーに煽られてふつーーに誘導されて、ふつーーーに負けてしまっただけ。
そんな事とは露知らず。
近衛は共に天上の路を歩く同士に親しみを込めた視線を送るが、鹿謳院から返ってくるのは凍てつくような鋭い視線。
バチバチに視線を交わらせる二人は目と目で通じ合う──。
「(前回の時も思ったが、この女の演技は真に迫るものを感じるな。こうしていると本当に最下位である事を悔しがっている風にも見える。たいしたものだ。この泥臭さは俺も見習わねばな)」
「(何をニヤニヤと笑って──やはりっ! ……絶対にこの男が何かしたに違いありません。そうではなければこの私が最下位など、そんな事があって良いはずがないのです)」
通じ合う事はなかった。
「──さて、今回の罰ゲームは着せ替えだったか。さっさと服を寄越せ」
「はいはーい。副会長はあっちの部屋でお着替えしてくださーい。どれでも好きなの選んでいいですよー」
「ユヅ手伝ってあげるよー!」
「ダメー。ユヅはこっちでレンレンと一緒にお姉ちゃんを待ってなきゃいけませーん」
「えー。じゃあ、レンレンで我慢してあげるー。何か面白い事やってー、トリプルアクセルが良い!」
「そんなの普通の人は出来ないよー」
「コウちゃんは五回転してくれるよー?」
「えぇ……」
優月に無茶振りをされている橘を横目に軽く笑った近衛は、衣装ルームへ消えていく。
「ミカちゃんはあっちのお部屋でお着替えー、こっちは私が手伝ってあげるから任せて」
「へ、変な衣装はなしです。写真撮影もなしです。それから──」
「わかってますってばー。ほらほらー、もたもたしてると花火始まっちゃうから急ぎますよー!」
「あ、やっ、わかりましたから」
柳沢に連れられた鹿謳院は、近衛が消えていったのと反対側の廊下に。
今回の罰ゲームは『着せ替え』。
花火大会の間、用意された衣装で過ごすと言う単純なもの。
とは言っても、用意された数百種類の衣装から何を選ぶのかは敗者に委ねられている上に、変な服が用意されているわけではないので、どれも着ても大丈夫と言う優しい罰ゲーム。
普段は殆ど誰も使っていない部屋にも関わらず、異常な数の衣装が完璧に保管されているのは、流石は業界最大手のアパレルブランドと言った所かもしれない。
そんな部屋に一人、足を踏み入れた近衛。
「──ふむ。これにするか」
部屋の中に並べられている衣装の数々。
そんな中、ぐるりと見渡した近衛はふと目に留まった一着を選択。
そして、そんな彼とは別の部屋。
「──あ」
「うん? あ、ミカちゃんこれにする?」
「い、いえ! そう言う訳ではなくて」
「よーし! そうと決まったらお着替えしましょっかー! 全部私に任せて下さいよー!」
「あ、いえ、そう言う意味で見ていたわけではなくて、ただ──」
女性物の衣装がズラリと並べられた部屋の中で、鹿謳院の目にふと留まった一着。
思わず声を出してしまった彼女の視線を柳沢が見逃すはずもない。
コンセプトカフェに行く時は変装の意味も込めて洋服を着ていたが、鹿謳院は家の方針で普段は和服ばかり着ている。
その為、今日が花火大会だから浴衣を着ているとかそう言う話ではない。
彼女は鹿謳院家の方針でプライベートでは春夏秋冬ずっと和服で過ごす決まりがある為、初等部から聖桜学園に所属する事となって、柳沢に会うまでは学校でも制服ではなく和服だった。
しかし、柳沢とお友達になった事で、彼女の中にも小さな変化が生じる。
柳沢と知り合ってからは、彼女と遊ぶ時に遊びで洋服に袖を通す機会が増えていって、豊富な知識を持つ柳沢に毎度全身コーデを決めて貰っては、室内でそれを着て遊ぶように。
そうして、そんな日々が続いてしばらく。
いつしか学校でも制服を着るようになった彼女は、家の方針と言う事もあって相変わらず外出時は和服ばかり着ているが、室内では柳沢に選んでもらった洋服を着て過ごす事も増えるようになった。
そんな訳で、こと洋服選びにおいては柳沢に全くの抵抗が出来ない鹿謳院は、彼女にされるがままお着替えを済ませる事となってしまう。
「任せて下さいよー、絶対に似合いますから! まあミカちゃんってばベース鬼ヤバですから何着ても似合っちゃうんですけどねー」
「そ、そう言う、その、まあ、ええ。美月がそう言うのであれば、お任せ致します」
少し迷いを見せる鹿謳院だが、柳沢に背中を押された事で洋服の選択を完了。
彼女に手伝って貰いながら着替えを始めた。
一見すると、ただノリの軽い若者みたいな印象を持たれる事もある柳沢美月。
しかし、当然だが、そんなただ軽いだけの女子が統苑会に所属出来るはずがない。
近衛鋼鉄から側に居る事を許され、鹿謳院氷美佳から友人と認定されている人間が、普通の女子なわけがないのである。
彼女の真骨頂は相手の心理分析と、快適領域──所謂“コンフォートゾーン”の見極めと掌握にある。
近衛鋼鉄をツンデレと評して、つかず離れずの距離で心地の良い関係を保つように。
鹿謳院氷美佳が何に興味を持っているのかを、鋭く見定めるように。
橘蓮と言う、統苑会においては少々異質な存在の不安や警戒心を取り除いてあげるように。
抜群のセンスを持って常に相手が心地良いと思える場所に立ち続ける事が出来る、完璧な対人バランスを持っている女子が柳沢美月。
「(小学生の頃も、ミカちゃんが初めて興味を持ったのはこの手の服でしたからねー。やっぱり、鹿謳院家でこの手の洋服を着たら怒られるのかなー?)」
少しドキドキした様子の鹿謳院を見ながら、テキパキと着替えを手伝う柳沢。
初等部の頃、初めて出会ったばかりのニコリともしなかった、ガラス製の人形のような鹿謳院を思い出した柳沢は柔らかい笑みを浮かべ。
同時に、幼稚舎で初めて出会った頃の、いつも楽しそうに笑っていた近衛の事を思い出して、ほんの少し目を伏せた。