Level.067 上に立つ者の役割
ところ変わって花火大会の日。
柳沢に招待されたメンバーは、花火が一番綺麗に見えるビルの最上階フロアに陽が落ちる前に集合して、のんびりとした時間を過ごしていた。
「柳沢先輩って、家が沢山あるんですね!」
「別に私の家じゃないけどねー。レンレンもそんな所に立ってないで適当に座ってのんびりしてなよー? 飲みたい物とか食べたい物があれば適当につまんでていいからねー」
「あ、はい!」
そわそわと落ち着きのない様子の橘。
「我が視力をもってすれば、あの橋にある看板の文字を読む事も容易い」
「コウちゃん目がいいんだー!」
「この俺が花火の解説をしてやる、有難く思え優月」
「いくらなんでも寛ぎ過ぎでは、副会長」
いつぞやのお泊り旅行の時と同じように、ソファーの上に我が物顔で横になる近衛と、彼の頭の上あたりにちょこんと座っている柳沢優月。
そして、そんな近衛と優月が仲良さそうにしている様子を、羨ましそうに見ていた浴衣姿の鹿謳院が、ボソリと呟いた。
本当なら旅行の二日目の夜に一緒に楽しむはずだった花火。
その続きをあの時のメンバーで見よう。
と言う、柳沢の粋な計らいによって集められた三人は、ビルのワンフロアをぶち抜いて作られている広い室内の中で、思い思いに過ごしている。
「あ、僕またトランプ持ってきましたよ! 花火始まるまで皆でやりませんか?」
蘇る悪夢。
「この俺に挑まんとする、その意気や善し。相手になってやろうではないか、橘」
「そうですね。あの時は不覚を取りましたが、二度とは通じないものとお考え下さい」
雪辱を果たそうとする者──。
「やったー! ユヅ一番だよー!」
「私もあーがりっとー!」
「失礼します、近衛先輩! 会長!」
覆らない結果──。
「ば、馬鹿な……っ!?」
「そんなはずは……っ?!」
再び膝を付く馬鹿二人──。
前回の車内トランプ大会同様、圧倒的な戦績をおさめる優月と美月、圧倒的な真ん中に居座る橘。そして、圧倒的な力で捻じ伏せられた鹿謳院と近衛。
喜ぶ勝者と哀しむ敗者。
何回このやり取りをすれば気が済むんだよ。
中にはそう考えてしまう者も居るかもしれないが、実際には少しばかり複雑な事情がある。
またしても平民に敗北を喫した事で、額に手を当てながらガクリと落ち込んでみせる近衛だが、頭の中を覗けば色々な疑問が解消される。
「(ふむ。少々リアクションが大袈裟に過ぎるか? まあよい、敗者とは斯くあるべきであろうよ。すぐ隣で鹿謳院があそこまで大袈裟な演技をしているのだ。俺とて負けてはおれん。遊興の場において最も重要視すべき事は勝利ではない。民を楽しませる事にあるからな)」
現実の世界には必ず勝者と敗者が存在する。
多くの勝者は勝利を自分の力によるものであると考えるが、世界の真の覇者たる道を歩む近衛は他の者とは考え方が少々異なる。
「(勝利とは運だ。この俺が近衛に生まれた時点で勝者であるように、あらゆる勝利は運に左右される。実力や努力だけが物を言う勝利など、この世の何処を探しても存在せん。そこに行きつく過程の中にあった運を自覚出来ぬ者に勝者たる資格は無い)」
努力だけでは決して追いつけない現実がある事を、才能だけでは辿り着けない地平がある事を、人と言う生物が決して平等ではないと言う事実を、近衛鋼鉄は誰よりもその事を理解していた。
無論、運が良いと思い上がる事と、運を自覚する事は別の問題。
自分は運が良いから何とかなると考える者は愚か者でしかないが、自身の成功を実力や努力だけだと思い込む者もまた愚者に他ならない。
成功に至る過程には必ず大小様々な形で運が絡むので、その運を自覚出来るか、もしくは自分だけの力と思い上がるかによって人の器は変わると近衛は考える。
「(天に座す者の仕事は民に夢を見させる事にある。この俺に勝つと言う運を与える事で、この者らに勝利のなんたるかを自覚させる事もまた、勝者の務めだ。そも、人類の勝者たるこの俺が、更には遊興の場で民から勝利を奪うなどと言うセコイ真似が出来るはずがなかろう)」
ポーカーにせよブラックジャックにせよババ抜きにせよ。
近衛鋼鉄が勝つと決めた時点で、勝利は確定してしまう。
だが、それの何が楽しいのかと言う話である。
柳沢や橘だけであればともかく、小学五年生の優月をコテンパンに打ち負かして落ち込ませるよりも、勝たせて楽しんで貰った方がどう考えても楽しいに決まっているだろう、と言う単純な問題。
その為、近衛がやっていたのは、ただ勝つだけの誰でも出来る簡単なゲームではない。
「(……しかし、如何なこの俺と言えども、少々の疲労を覚えるな。全員の手札と思考を完璧に把握するだけであればまだしも、そこに会話による誘導を加え、優月を一位に、柳沢を二位に、橘を三位の席に座らせる芸当は至難の業だ。──認めたくはないが、鹿謳院の協力が無ければ難しかっただろうよ)」
そんな事を考える近衛が軽く溜息を吐きだすと、悔しがる演技を切り上げて、視線を動かす。
視線の先には、共に天の路を往く者として、前回同様に自分の考えに賛同して乗ってくれたであろう鹿謳院が、未だにわなわなと震える演技をしている姿があった。
道化を演じる事で民草を沸かせようとする彼女の天晴な態度に、近衛も思わず感嘆。
まるで本当に悔しがっているように思える程の真に迫るその様子に、演技力に関しては自分よりも鹿謳院の方が一枚上手だなと、軽い敗北感を味わっていた。
「(──こ、この私が、また最下位……ですって!?)」
それもそのはず、鹿謳院は本当に悔しがっているのだから。
「(こんな、はずでは……。あれからいつ再戦の機会が訪れても良いようにと、トランプ競技については理解を深めました。ルールも完璧に把握致しました。今回は私が圧勝するはずだったのです。それが、な、なにゆえ、このような──)」
近衛と違って、鹿謳院は普通に戦い、普通に負けただけだった。