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Level.065 逆ナン成功と困難な会話


 家の事情を除けば、夏休みの予定表が白紙の鹿謳院と近衛。


 朝から晩まで自室に籠る鹿謳院に、日がな一日ネカフェに入り浸る近衛。


 友達と呼べる人間が非常に少ない二人にとって、楽園の庭とそこに居るパートナーやフレンドが世界の全て。


 と言うのは過言だけど、それでも、何のしがらみもないゲーム内に居心地の良さを感じている事は間違いない。


 それに、鹿謳院も近衛も友達は少ないが、全く居ないわけではない。


「──花火だと?」


「ですです! 皆で見ましょー!」


「何故俺が貴様らと花火を見なければならんのだ」


「だってミカちゃん可哀相じゃないですか? 遊びに行ったのに体調崩して途中で帰っちゃうなんて、何も言わないけど絶対気にしてますよー?」


 鹿謳院も近衛も、柳沢美月と言う名のパーリーピーポーな共通の知人が居るので、何の予定も無い事が知られてしまうと、表に引きずり出されてしまう事が稀にある。


「知らん。あの旅行の話しであれば、鹿謳院が勝手に体調を崩して帰宅しただけの話だ。終わった事を気にするような女でもあるまい」


「またまたー、そんな事言っちゃって。鋼鉄はがね君だって気にしてるの知ってるんですからねー?」


「しとらんわ」


 否、滅茶苦茶気にしていた。


「(元はと言えば、鹿謳院と柳沢は避暑地で休日を過ごす予定だったと聞く。そこに俺が割り込み、橘と柳沢に探りを入れる為に少々強引に計画させたのがあの旅行だ。あの女が炎天下の浜辺で過ごせばどうなるか、少し考えればわかるような事を……。自分の都合を優先した結果があれだ)」


 夏期休暇が始まった直後のお泊り旅行。


 鹿謳院に限らず、知人と海に行く経験が初めてだった近衛も少々浮かれていた事は確か。


「(幸い大事には至らなかったが。あいつが体調を崩した一因は俺にあると言っても過言ではあるまい。くだらんミスをしたものだ)」


 あの時、近衛の頭の中にあったのは、マンダリナの中身を早く特定しようと言う自分の都合ばかり。


 そのせいで、周囲の把握がおざなりになってしまって、平時であれば気付けたであろう鹿謳院の変化に気付けなかった。


 柳沢の指摘した通り、近衛の胸の中にあの日の出来事が小さな棘となって残り続けているのは事実。


「最初に夏休みの旅行誘ってくれた時も、花火を見ましょーって言ってたんですよね、ミカちゃん。楽しみにしてたんだろうなー、花火いー。皆で見たかったんじゃないですかねー、花火いー。それが皆での旅行になって、花火も見れなくなっちゃって、あーあー、可哀相なミカちゃん」


「やかましいわ。……全くうるさい奴だ。いいだろう。花火程度付き合ってやっても構わん。だが、この俺に人混みの中で空を眺める趣味は無い」


「はいはーい! そこは任せて下さいよー! うちのビルに良い感じの場所がいくつかあるんで、その屋上で見ましょー」


「ふざけるな。場所を用意するなら室内にしろ。その程度の事も出来んのか」


「出来ますぅ~。もういちいち怖いんですからー。ミカちゃんの為に涼しい室内の方が良いって言いたいならそう言えばいいじゃないですかー」


「俺は一言もそんな事は言っとらん」


 肩をすくめた近衛がやれやれと溜息を吐き出すと、普通の者なら恐れおののく彼の態度を見た柳沢が楽しそうに目を細める。


 近衛との付き合いが長い柳沢は彼の考えている事が何となくわかるような、わからないような、そんな感じ。


 何度か近衛を家に招いて遊んだ事もあるくらいなので、その関係はもはや友人と言っても過言ではない。


 そんな柳沢は今、近衛と二人で街中を並んで歩いている真最中。


 何故そんな事をしているのかと言うと、話は数日遡る。


 先日、街中にとんでもないイケメンが出没すると言う噂をリリンクで取得した柳沢。


 あまりにもイケメン過ぎて、最近はその男性が道を歩く時間帯だけファッションショーのように人だかりが出来る。


 そんな噂話を聞いて、そんな馬鹿な事があるわけが無いと思った柳沢が件のイケメンが映っている投稿を見た所、納得。


 誰に話しかけられても全部無視。


 誰も相手にもしないと噂のイケメン君を逆ナンしに行く事にした。


 結果、誰にもなびく事の無かったイケメンを無事にゲットした柳沢は今、ランウェイを歩くモデルのように自社の服をアピールしつつ、イケメンの腕に抱き着いて歩いている最中。


「て言うか、何処に行くんですか?」


「ネカフェだ」


「え、なんで?」


「なに? 貴様まさか、ネカフェを知らんのか?」


「いえ、知ってますよ。そうじゃなくって、何でそんな所行くんですかって話じゃないですか」


「夏の暑さで頭がやられたか、柳沢。ネカフェに行くのだからネットをしに行くに決まっているだろうが」


「……まあ、そうなんでしょうけど」


 馬鹿にしたような視線を向けて来る近衛を見て、柳沢は心の中でそっと溜息。


 近衛の事を何も知らない人であれば、ここで更に踏み込んだ質問をするだろうが、柳沢はそんな馬鹿な真似はしない。


 当然だが、近衛は馬鹿ではない。部分的に馬鹿かもしれないが。


 しかし、少なくとも『ネカフェに何をしに行くか』と聞かれて『ネットをしに行く』と答えるような、そんな事は誰でもわかっているわと言いたくなるような、頭のイカれた回答を口にするような馬鹿ではない。


 この場合の柳沢の質問の意図は明白で、自宅ではなくネットカフェに行くような用事があるのかどうか、と言う意図以外には有り得ない。


 それがわからない近衛ではないが、返答はただ“ネットをしに行く”だけ。


 要は、これ以上踏み込んだ質問をして来るなと言う意味を含んだ返答である。


 ここでもし“そんな事は分かっているけど、ネットカフェじゃないと出来ない事があるんですか?”みたいな質問をしようものなら、待っているのは冷酷な対応。


 柳沢くらいの仲良しさんであれば『くどいぞ』程度で終わるが、あんまり仲良しじゃない場合は『目障りだ、失せろ』とか『お前の息は臭い』とか言われてしまう恐れがある。


 尤も、これが橘の場合は『実は少し調べる事があってな。それよりネカフェは良いぞ、橘。ドリンクバーを知っているか』と言って、笑顔を浮かべてくれると思う。


 近衛鋼鉄のその辺の面倒臭さと言うか、付き合う上でのバランス感覚を理解している柳沢は、どうやら目的を言う気が無い彼への質問をそこで打ち切った。

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