Level.064 白川桜花は夢を見る
「──以上の事から、今年の聖桜祭は例年の比ではない混雑が予想されます。そちらの対応については鈴木君に任せても良いのですよね」
「え? あ、えー、どう、なんでしょうね? いえ、やらないといけないなら、はい、頑張ります」
資料を片手にポージングを取りながら説明をした白川が、円卓をぐるりと一周して着席すると同時に声を掛けたのは、武界。
聖桜学園高等部一年、統苑会武界、鈴木健。
これまた近衛や鹿謳院に比べてしまうと、これと言った特徴の無い男子生徒。
身長はギリギリ167㎝になったばかりで、橘蓮よりほんの少しばかり小さいと言ったこと以外に、これと言った特徴の無い男子生徒。
強いて特徴をあげるとすれば、運動神経が良くて強い事くらいで、それ以外にこれと言った特徴のない男子生徒。
そんな彼は全然話を聞いていなかったのか、急に白川に話を振られた事で困ったような笑顔を浮かべながら、頬をポリポリとかいて返事をしていた。
「しっかりして下さいませ。困った子ですわね」
「め、面目ない。聖桜祭が近いと言う事は覚えていたんですけど、一体なにからやればいいのかわからず……」
「そこは気にするな。今回の警備計画書は橘が作成済みだ」
「いえ。私も手伝いましたよ、副会──」
「鈴木はただ命令を受けた際に対象を無力化、或いは国家権力が介入する前に排除するだけでいい」
「あ、はい、それなら簡単です! ありがとうございます!」
「気にするな。考えるのは苦手だろうからな、気楽にしていればよい」
「お気遣いありがとうございます、副会長!」
嬉しそうにペコペコと頭を下げる鈴木。
華麗に無視された事に思う所があるのか、黙って近衛を見る一条。
何も考えないように頭の中で一人しりとりをする橘。
皆の話を黙って聞きながら、静かにお茶を飲む鹿謳院。
統苑会は今日も平常運転。
「(今日は学校の用事があるから日中はログインできないと思いますと、セレナは言っていましたからね。やはり、雫とセレナの条件は当てはまってしまいます。確定には至りませんが、何事も小さな積み重ねでしょう。仮に雫でないとしましても、統苑会の中にセレナが潜んでいる事には間違いありません。……間違いない、ですか。けれどもし、この前提が間違いであるとするならば──)」
「(統苑会の連中はどいつもこいつも癖が強すぎる。やはり橘しか勝たんな。学園に居る間は一条も悪くはないが、この女の脳内はそれこそこの場の誰よりも異常をきたしていると言っても過言ではない。本当にこやつがダリちゃんだとすれば……。いいや、統苑会の中にあのダリちゃんが居るのか? まずその前提が間違っているのではないだろうか。いや、しかし──)」
鹿謳院と近衛の頭の中も平常運転。
二つ以上の事を全く同時に考える事が出来る天才達は、その頭脳を無駄な事に使ってネトゲ内で結婚している妻(夫)について思案。
もちろん、話しながら別の事を考える事など造作もない二人は、それを臆面にも出さない。
「──と言う訳だ。白川は今後も生徒会を自由に使え。生徒会の者は無理難題を押し付けられた時だけ俺か橘に言え。それ以外は各自で対処しろ」
「白川先輩とお呼びなになっても良いのですよ、近衛君?」
「桜花も多忙でしょうけれど、お願いしますね」
「はい。お任せ下さいませ、鹿謳院様」
近衛に呼び捨てにされて何やら言い返そうとした白川だが、鹿謳院に下の名前を呼ばれると、美しい顔を更に美しく輝かせながら喜んで返事をした。
これと言った特徴の無い白川桜花。
「(嗚呼、鹿謳院様は今日もお美しい。この世に完成された美が存在するとするならば、この方こそがそうなのでしょう。鹿謳院氷美佳と言う芸術に比べましたら、わたくしの絵画など子供の落書きでしかありませんわ)」
そんな彼女にも夢がある。
「(嗚呼。いつの日にか、鹿謳院様の裸婦画が描きたいですわ。近衛君でも良いのですが、御二人とも全く裸体を提供して下さらないのですから困ったものですわ。鹿謳院様も近衛君もどちらも今はまだ輝く美をお持ちですが、それらはいつか翳りゆく儚いもの。けれども、このわたくしであれば二人の持つ美を、不変の美として絵画に閉じ込める事が出来ますのに)」
『ら、裸婦ですか? 鹿謳院家の者は血族にしか肌を晒す事を許されておりませんので、申し訳ありません。え? い、いえ、そこを何とかと申されましても──』
『果たして、この俺の玉体を提供するに相応しい美を白川が表現できるかどうか、甚だ疑問だ。裸体の百や二百提供しても構わんが、まずはこの俺に貴様の芸術を認めさせろ。話はそれからだ』
鹿謳院と近衛が中等部に上がって来た直後。
初等部の頃とは別人のように成長した鹿謳院と近衛を見た白川は、初対面の年下を相手に土下座をする勢いで、思わず初手ヌードをお願いすると言う暴挙に出てしまう程に、美しい二匹の生物の虜になってしまった。
もちろん、了承されるはずもなかったが。
鹿謳院からはしばらく距離を置かれ、近衛からは相手にもされず。
弱冠十八歳にして、世界と言う巨大なキャンパスの上で数々の芸術を表現して来た白川桜花。
世界中から認められる彼女はしかし、本当に認めて欲しい二人からはまだ認められていない。
だからこそ、そんな白川桜花には夢がある。
彼女はいつか二人の天才に認めて──。
「(鹿謳院様と近衛君の裸が見たい! 二人の美しさは日を追うごとにその光を増していると言いますのに、何と勿体ない! 裸! 裸が見たい! この二人の服の下がどうなっているのか! わたくしは! それが! 見たいですわ!)」
──認めて貰えなくてもいいので、とりあえず二人の裸が見たいらしい。
人の夢はそれぞれなので、そこは好きにすればいいと思う。
「(ですが、近衛君は高等部を卒業して合法になったら提供してやっても良いと言ってくれているので、こちらの方は問題ありません。問題は鹿謳院様の方ですわ。将来結ばれる殿方以外に肌を見せる気が無いなどと、そんな勿体ない。斯くなる上は性転換をして婿になる他ありませんが……鹿謳院家への婿入りは我が白川財閥程度では不可能ですわね)」
これと言った特徴のない女生徒こと白川桜花だが、彼女は夢の為の努力を惜しまない。
ただ裸を見たいが為だけに、しれーっと性転換まで考えている頑張り屋さんでもある。
将来日本を背負って立つ子息令嬢が一堂に集う聖桜学園。
そんな天上人が集う学園において、彼ら天上人より一段上に座して学園を統治、掌握する統苑会と言う名の神々の集まり。
神話に語られる神々がそうであるように、統苑会に所属する神々もまた、普通の人間とは少しばかり違った感性を持っているのかもしれない。
「──以上を持ちまして、統苑会定例会議を終了致します」
きっちり六十分。一条が会議の終了を宣言すれば、そこで解散。
「近衛先輩! 一緒に帰りませんか!」
「うむ。構わんぞ、橘。共を許す。飯でも食って帰るか。鈴木はどうする」
「あ、僕はちょっとまだ夏休みの課題が残っているので。済みません、副会長」
「気にするな、鈴木。励むが良い」
「はい!」
近衛と普通に会話をして食事に誘われる橘に、近衛の誘いを普通に断る鈴木。
二人の様子を生徒会の十六名が戦々恐々を眺め。
「お疲れ様です、雫」
「会長もお疲れ様でした」
「鹿謳院様も一条さんも、もう帰られるのですか?」
「その予定でしたが、桜花は──」
仲睦まじい様子で微笑みながら話す三女神の様子に、心を洗われる。