Level.063 輝ける美貌を持つ女
夏休みだからと言って、学生が全く学校に行かないなんて事は無い。
運動部に所属している者であれば、毎日のように登校して練習をする事もあるだろう。
文化部は全く学校に行かない事もあるかもしれないが、そこは部活次第なので何とも言えない。
そしてもちろん、そんな部活動に励む人間とは別に、部活に入っていなくても登校する者も居る。
「集まったのはこれだけか」
「おはようございます、近衛副会長。書記と会計は本日の定例会には不要かと思い、呼んでおりません。広報は知りません」
聖桜学園に到着した近衛が足を踏み入れた部屋には、歴史を感じさせる円卓と椅子が九つ並んでいるが、そのうちの三つが空席。
入室と同時に呟かれた彼の言葉に、議長である一条雫が返事をした。
「把握した。まあそうだな、今回の話し合いには不要か。柳沢は……まあ、好きにさせておけ」
九つある椅子のうち五つには生徒が腰かけていて、そんな円卓を取り囲むように壁際には十六名の生徒が後ろ手を組んで直立していると言う、物々しい雰囲気が漂う部屋。
シンプルに『円卓会議室』とだけ呼ばれているこの部屋は、代々統苑会と生徒会が定例会議で使用する為の部屋である。
多くの国会議員や首相はもちろん、世界に名立たる企業の代表取締役から芸術家に至るまで、かつて聖桜学園の統苑会と生徒会に所属していた猛者達が、未来について語り合った場所。
歴史ある聖桜学園の中でも一際に伝統と歴史が刻み込まれた場所が、この円卓会議室。
立ち入る事が許されるのは、統苑会と生徒会に所属する者のみとなっている。
そんな歴史ある円卓会議室の中でも、円卓に付く事が許された九柱の神が統苑会であり、その中の一柱が近衛に向かって元気よく話しかけた。
「おはようございます! 近衛先輩!」
「ああ。元気そうで何よりだ、橘。最近は良い感じのようだな」
「それを言うなら、近衛先輩も良い感じですね」
「そうであろう。橘も励むがよい」
六つの席に腰かけている神うちの一人、橘蓮は近衛が登場するや否や破願して声をかける。
この部屋に居る鹿謳院と近衛以外の全員が怖い橘にとって、とても面倒見の良い近衛の登場が心強いだけで、それ以上の意味は無い。
最近は近衛にメニューを考えて貰って筋トレに励む毎日なので、今の言葉も『近衛先輩(の筋肉)も良い感じですね』と言う意味の言葉。
だが、それを見た壁際に立つ十六名の生徒会役員は、こいつやべぇマジかよ、みたいな目で橘を見る。
あの近衛鋼鉄と対等に喋っている橘に度肝を抜かれていた。
「白川と鈴木も息災か。九月以降は貴様らの働きにも期待しているぞ」
「白川先輩と呼んで下さいといつも言っているではありませんか、近衛君」
「あ、はい。僕は言われた事をやるだけなんで……ははは……」
白川と呼ばれた女生徒は何処かしら海外の血が混ざっているのか、呼び捨てして来た近衛の方を向きながら、プラチナブロンドのロングヘアを軽く揺らして返事。
鈴木と呼ばれたのは、黒縁の眼鏡の上にボサボサの髪が少し掛かっている陰気そうな見た目の男子生徒で、未だに冬服を着ている彼は恥ずかしそうに頬をポリポリかいて返事をした。
「鹿謳院も、この暑さに溶ける事なくよくぞこの場に辿り着けたな」
「余計なお世話です。早く席について下さい」
最後に鹿謳院に声をかけた近衛が腰かけた所で一条が立ち上がると、鹿謳院と近衛の席の間に移動してから口を開く。
「これより定例会議を始めます。議題は言うまでもなく『聖桜祭』に向けてです。文界と武界よりそれぞれ報告を、私と庶務より聖桜生徒会の報告を。それでは、お手元の資料を──」
統苑会の定例会議は毎週木曜日に行われているが、夏期休暇の間は曜日の固定は無い。
在宅でのPCを使った会議もしなくはないが、統苑会のメンバーが四人以上参加する場合は必ず円卓会議室を使う決まりがあるので、大抵の会議はここで行う事になっている。
聖桜学園中等部と聖桜学園高等部の、合わせて六学年。
その中で最も優れた生徒だけが所属を許される、聖桜学園の意思決定権を持つ頂上組織。
それが聖桜学園統苑会。
そんな聖桜学園の統苑会に所属する九名には、いつの時代もいずれ劣らぬ英傑が選ばれる。
しかし、そんな優秀な者ばかりが参加している統苑会では、予定が立て込んでいる者も多々居るので、全員が毎週の定例会議に必ずしも参加できるわけではない。
その為、参加人数が多い時は円卓会議で、そうじゃない時はPCを使った通話会議でパッパと済ませてしまうようになっている。
今回集まったのは会長、副会長、議長、庶務のもはやお馴染みの四人、と!
文界の『白川桜花』と、武界の『鈴木健』の、二名を加えた計六名。
文界、武界とは!
統苑会において、文化系の生徒を纏めるのが文界、運動部系の生徒を纏めるのが武界となっており、文化系倶楽部と運動系倶楽部の頂点に居る人間と思ってくれたら大丈夫。
厳密にはもう少しあるのだが、大体そんな感じ。
「今この場に居る方々にする話ではありませんが、聖桜祭までの残り二月となりました。二月など瞬きの合間に過ぎて行きますわ。それも、夏期休暇を除けば準備期間は残り一月と考えるべきですわね。そこを踏まえた上で──」
聖桜学園高等部三年、統苑会文界、白川桜花。
鹿謳院や近衛に比べてしまうと、これと言った特徴の無い女生徒。
強いて特徴をあげるとするならば、サラサラ金髪の美少女であると言う事くらい。
後は、彼女が描いた絵が億単位で取引されると言う事以外に、これと言った特徴が無い女生徒。
そんな、これと言った特徴の無い女生徒こと白川桜花が話している内容は聖桜祭について。
聖桜祭とは!
聖桜学園の中等部と高等部が合同で行う文化祭……のような学校行事である。
恐らく多くの者が考えている文化祭とは様々な点で違うと思うけど、文化祭と言っても差し支えがないかもしれない聖桜学園の一大イベントの事である。
議長と庶務が用意した資料を片手に椅子から立ち上がった白川桜花は、そんな聖桜学園の一大イベントについて話しながら、円卓の周りをゆっくりと歩く。
すると、その動きに合わせて彼女の周りだけが明るくなるのだから、不思議な事もあったものである。
と思ったが、生徒会の人間が彼女の動きに合わせて照明とレフ版を持って移動しているだけなので、不思議でも何でも無かった。
白川桜花はいつも輝いているのである。