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Level.060 人は見たい物だけを見る


「(日頃あの暴君に仕える雫にとって、楽園の庭の中だけが癒しの空間だとすれば? ゲームを始めた理由にも頷けます。悩み事があると言っていましたが、ええ、そうでしょうね。この男に仕えているとなれば悩み事の一つや二つ、百や千はあるでしょう。副会長に対して優しいと評価した点や、私に対して怖いと評価した点も、理解は出来ます)」


 たとえゲームの中であったとしても、主を悪し様に罵る真似は出来ない。


「(夫の中身が聖桜学園に通う生徒であると判明した時……。あの時点でマンダリナの中身を警戒していたとすれば、いつか身バレをした際の事を考えて副会長の事を褒めるしかなかった。そして、主の為にも宿敵たる会長たる私の事を責めざるを得なかったのでしょう)」


 これまで溜め込んで来た情報をいい感じに解凍していけば、あら不思議。


「(そうですね。セレナが雫であっても何ら不思議ではありません)」


 メニュー表からチラリと覗かせた目で、エヴェリーナに扮した可愛らしい一条を見つめた鹿謳院は、彼女とセレナを同一人物であると考え始める。


 とは言え、一見すると鹿謳院の目はサングラスのように曇ってしまったように思えるが、実際にはそうでもない。


「(──と。もちろん、確定ではありませんけどね。ですが、安易に可能性を排除して喉元に牙を突き立てるくらいであれば、有り得ない仮定を組み立てでも警戒する方が良いでしょう)」


 つい先程、安易に近衛鋼鉄の可能性を排除してしまったわけだが、一条に対する警戒は緩めていない様子。


「(相手は近衛鋼鉄の懐刀。仮にセレナの中身が雫であったとすれば、マンダリナの中身が私であると気取られるわけにはいきません。少なくとも、こちらがセレナと雫を確定させるまでは絶対に知られてはならないでしょう)」


 柳沢美月の時には思わず舞い上がってしまって、思考の大部分を放棄してしまった鹿謳院だが、元来の彼女は大変に優秀。


 柳沢の時に暴走気味だった思考も今回は反省して、思考ロックに陥らないように、程好い距離から俯瞰して思考を展開する事に。


 こんな感じで、近衛鋼鉄とは違う本物の天才である彼女は、一度冷静になって思考を展開してしまえば、先程海に投げ捨ててしまった『近衛=セレナ説』のように、割と簡単に正解に到達出来てしまう。


 尤も、それは彼女が冷静であればの話だが……。


「(次に運ばれて来た料理は、千年塔エレドノーカをモチーフにしたパフェですか……。私とセレナが一時期籠っていたコンテンツですね。悪くないチョイスですよ、雫。私も同じ物を注文致しました)」


 一条の注文したメニューが気に入ったのか、ニコリと微笑む鹿謳院。


「(いいですよ、雫。帝政(ていせい)十二卿(じゅうにきょう)が一人、ゼクト卿は私のお気に入りですからね。彼をモチーフにしたドリンクを注文するとはわかっているではありませんか)」


 その後も、一条と近衛のテーブルに運ばれていく自分好みのメニューの数々に、サングラスの奥にある鹿謳院の瞳はキラキラと輝いて行く。


「(ウルグラドレンジと言えばやはり、女神の──)」


「(ラジヘレス戦役ではボスの──)」


「(聖アズナミは私達にとっての故郷ですから──)」


 二人のテーブルに運ばれていく料理が悉く好みだったのか、店員さんが運んでいく度に料理に付随する思い出を脳内で再生。


「(どれもこれも、私とセレナにとって馴染み深い場所の料理ばかりではありませんか。──ふふふ、全く雫ったら。この場にマンダリナが居るとも知らず、油断してしまったのですね。油断大敵ですよ。ですが、そう言う所はセレナらしくて悪くはありません)」


 その結果、行き着く所までいってしまっていた。


 自分一人で食べきれないから注文を控えていたが、もし食べられるのであれば注文しようと思っていた料理の数々。


 それらが悉く運ばれていく様子に、鹿謳院のテンションは爆上げ。


 確かに、注文しているのは本当に近衛セレナなので、鹿謳院マンダリナのツボを押さえているのは当然の話であり、彼女のテンションが上がっちゃうのも仕方がないのかもしれない。


「(それにしても、副会長が何も知らないからと言ってここぞとばかりに好きな注文をなさいましたね、雫。夫たる私以外の者と食事を共にしている点は頂けませんが、それでも、その男の命令には逆らえないでしょうからね。──嗚呼……そう言う事、だったのですね)」


 どう言う事だったのだろうか。


「(日頃、その男に仕えさせられている貴女は辛い現実から逃げる為に、楽園の庭に来たのですね。セレナとして、全く違う自分として、現実にはない癒しを、求めていたのですね)」


 そう言う事だったらしい。


「(いいえ、普段の毅然とした雫こそが演じられている姿。本当の貴女は、そう、天真爛漫な美月に憧れていたのでしょう。せめて、楽園の庭の中に居る時だけは暗君より離れ、本当の自分、ありのままの自分で居たいと。マンダリナに癒しを求めていたのですね。わかりますよ、雫)」


 何もわかっていないけど、鹿謳院さんが楽しそうなのでそれも有りだと思う。


 そんなこんなで、何かわかった気になっている鹿謳院がウンウンと頷いている視線の先。


「──次のコスプレには、こちらランドリークの乙女など如何でしょうか」


「そんな服を着て街を歩いてみろ、捕まるぞ」


「その点はどうぞご安心ください、ホテルで披露致します」


「安心の意味がわからぬのであれば、今後は辞書で引いてから使え」


 鹿謳院が言う所の暗君に従わされているらしい雫は、スマホ画面に映るやたらと布面積の少ない女性キャラクターを近衛に見せて、次回のコスプレを提案。


 席が遠くて鹿謳院には聞こえないようだが、近くの席の者は延々と繰り広げられている美女の口から只管飛び出してくるセクハラトークを、少し恥ずかしそうに聞いていた。

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