Level.057 不屈の従者と休まらない天使達
で! そんなこんなでやってきました、土曜日、快晴、お昼過ぎ。
楽園の庭のコンセプトカフェ『天使の羽休め』は、この日も大繁盛。
もちろん、そうは言っても、お店は予約制となっているので行列が出来るような事は無い。
炎天下の中で並ぶ事も無ければ、店の中で必要以上に待たされる事も無い。
なので、目立つ事なく、時間を無駄にする事なくすんなりと入店して食事や雰囲気を楽しめるのだが──。
「流石は鋼鉄様です。民の注目の的ではありませんか」
どう言う訳か、近衛と一条は店内の至る所から注目を浴びていた。
「それは貴様のせいだ。なんて格好してやがる」
「何を仰いますか。こちらは楽園の庭のメインキャラクターの一人“蒼鵠のエヴェリーナ”のコスプレですよ。ま、まさか、御存知ないのですか……?」
「知るわけがなかろう」
あろう事か、一条雫は楽園の庭に登場するキャラクターのコスプレをして登場。
黒と青の髪に、鳥の翼のような耳を持つゲームの中の美麗な女性キャラクター。
それを、公式コスプレイヤーも真っ青な異常なクオリティで完全に再現した謎の女が居るものだから、店内は騒然。
もちろん、公序良俗に反しない限りはコスプレでの来店が禁止されているわけでもないので、至って健全な衣装を身に纏った至って普通のキャラクターでしかないエヴェリーナのコスプレは、お店的にも全然オッケー。
「(……こ、こいつ。完全にこちらの動きを読んでいると言うのか? 誰も話しかけて来る事は無いが視線が多すぎる。こうも注目されていては迂闊に動けんぞ。こうなる事を見越して、そんなふざけた格好をしたのか? ──しかし、それにしても再現度が高いな。口さえ開かなければ、何処からどう見てもエヴェリーナにしか見えん)」
お店的には全然オッケーでも、近衛的には全然ノーオッケー。
予想外の注目を浴びているせいで、思うように身動きが取れなくなってしまっていた。
しかし、身動きがとり辛そうな近衛に対して一条は意気揚々としている様子。
「(庶務を出汁に使っておられましたが、鋼鉄様は本当に全く興味のない物であれば調べようともなさいません。何かしらの理由があってこちらの店に足を運ばれた事は間違いありません。或いは既にこちらのゲームをプレイしている可能性も御座いますが、近衛家の者がピコピコで遊んでいるなど恥ずかしくて口外出来ぬ事は承知しております。ここは私にお任せ下さいませ)」
であれば、従者である自分が実際にゲームをプレイして主君を楽しませるしかない。
その結論に達した一条は、コンカフェの誘いを受けた直後から『楽園の庭』のプレイを開始。
とりあえず、四十時間一切の休憩を取らずにぶっ続けでプレイをしてから、近衛の好きそうなキャラクターを選択。
エヴェリーナになり切る為に研究を開始。
分厚い公式設定資料から、プレイヤーメイドのR指定の薄い設定資料までを読み込み、キャラクター研究をする傍らで高速で衣装を作成して、今に至る。
近衛の力を借りる事なく、聖桜学園の頂上組織たる統苑会に所属するに至った類稀な天才である一条雫にとって、主の望みを汲み取りその為の努力を積み重ねる事など朝飯前と言う事である。
まあ、全然汲み取れてはいないのだけど。
「今日はエヴェリーナですので、私は豆を食べます」
「勝手にしろ。……それで、良くは知らんが、そのキャラクターの好物は豆なのか」
「よくぞお聞き下さいました。エヴェリーナは作中でも良く豆を食す生粋の豆好きです。食肉への興味が薄いようでして、他作品におけるエルフのような存在にあたる種族であるとお考え下さい」
「なるほどな。よくはわからんが……。まあ、似合っているのではないか」
「ありがとうございます。鋼鉄様には馴染みの無いゲームかと思いますが、少しでも楽しんで頂ければ幸いに御座います」
相変わらず他の客から注目を浴びているせいで、やり辛い事この上ない。
全く何をふざけた事をしているのだろうか、と。
そう思うものの、一条が何を考えてこんな事をしているのか理解出来てしまう近衛には、彼女を責める真似は出来ず。
軽く肩をすくめて労いの言葉を掛けた彼が小さな笑みを浮かべれば、普段ピクリとも笑わない一条もまた幸せそうな笑顔を浮かべた。
「(流石にこれは予想出来なかったが……いや、そうだな。そうかもしれん。少々特殊な変態ではあるが、一条の根底にあるモノとダリちゃんの優しさは、そうだな、まあ、同質のものと言えるかもしれん。どちらにせよ、ここまでされたら今日はもうよい。この女がダリちゃんかどうかではなく、俺を楽しませようとしている事には変わりはない。その気持ちは受け取ろうではないか)」
傲岸不遜にして唯我独尊と思われる事が多々ある近衛。
それはそれで実際その通りなのだが、だからと言って他者の好意を直接受け取って、それを踏みつけるような真似はしない。
いつぞやの橘から本を提供された時も然り。直接、面と向かって対峙する者には、そこに下心も何も無いとわかれば、それ相応の対応をする。
そんな訳で、一条とマンダリナの関係は今日にでも短期決戦で決め切ろうと考え、いくつかのトークテーブルとキーワードを用意して来た近衛だが、今回は見送る事にした。
「もちろん、設定資料その他を参考にインナーも完全再現しております。ご希望とあらば、後ほど二人きりの時に御覧下さいませ」
「うるせえよ」
どうあっても良い感じには決まらない二人の会話。
近くの席の者は控えめにその様子を見ているが、遠くの席の者はチラチラと大胆に。
ここはコンセプトカフェなので、来店客は楽園の庭のプレイヤー『天使』ばかり。
ゲームからそのまま飛び出してきたような、異常な再現度のエヴェリーナのコスプレをした美少女に、男女共に興味をそそられるのは当然の話と言うもの。
その上、コスプレイヤーの前に座っている男性もまた、ゲームキャラみたいな常軌を逸したイケメンなのだから、視線が吸い寄せられてしまうのも致し方ないと言うもの。
「(──い、意味がわかりません。ど、どう、ど、どのような状況ですか、アレは)」
そして、そんな視線が吸い寄せられてしまう来場客の一人。
両手で持った木製のメニュー表で顔を隠しながら、視線を下に向けている女子は、ゴクリと息を飲んでいた。
店内なのに帽子を被ったままで、料理が運ばれているのにサングラスとマスクを付けたまま。
シンプルなパンツルックにも関わらず、高貴さが溢れだして止まらない、光り輝く女子。
「(な、なぜ、雫と近衛君がこのようなお店に)」
近衛と一条から少し離れた斜め後ろの席に座っている鹿謳院は、背中に大量の冷や汗を流しながら、二人の様子をチラチラと窺っていた。