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Level.056 仲良し夫婦の見つめる先


 思わぬ衝撃に見舞われた近衛が現実逃避をして、早数日。


 偶然に偶然が重なった事で、マンダリナと一条雫を結び付けて考え始めている近衛。


 柳沢とセレナが別人であると結論付けて、新たな候補をゆるりと探し始めた鹿謳院。


 昼はネカフェ、夜は家で楽園の庭に入り浸るネトゲ廃人と、朝から晩まで自室に籠ってネトゲに興じるダメ人間の二人はこの日も仲良く遊んでいた。


 セレナ:次の土曜日は少し予定があるから遊べないかもです!

 マンダリナ:はいよ。つっても、俺もその日はちょっとログイン出来ないかもしれないから、丁度良かったかも

 セレナ:そっかー、それじゃあその日はお互いリアルの用事優先って事でー。最近毎日ログインしてたから、たまにはエデンから離れるのも悪くないねw

 マンダリナ:だなw リアルの用事もちゃちゃっと済ませるかー

 セレナ:一応、もしかしたら夜はログインできるかもなんだけどね? わかんないんだけどね?

 マンダリナ:俺も夜なら行けると思うんだけど、昼間はちょっと無理かなーって感じ


「ふむ」


「(……ダリちゃんも次の土曜日はログインしないのか。非常に残念な事に、仮にダリちゃんの中身が一条だとすれば辻褄は合ってしまうな)」


 場所は夜の自室。


 ゲーム画面で楽しくチャットをしながらも、近衛の脳内では一条についての情報が巡っている。


 どうにかして、マンダリナと一条雫が別人である決定的な証拠を探そうとしているのだが、上手く行かず。


「(俺がアプリを起動してダリちゃんにチャット送れば、一条の奴も毎度確実にスマホを手にしている。こんな偶然がそう何度もあっていいのか? だが、一条とダリちゃんが同一人物と言う可能性は出来れば排除したい。そんなはずは無いと信じたい。勘違いであって欲しいと考えている)」


 それを証明する為には行動あるのみ。


 そう思った近衛はとりあえず一条を誘って出かける事にしたのだが、今度こそ正真正銘の偶然が発動してしまう。


 近衛が一条を誘ったその日、どう言う訳か鹿謳院もゲームにログイン出来ないかもしれないと言い始めてしまったのだ。


 だがしかし、偶然と言ってもいざ中身を覗いてみれば、そこは微妙な裏事情が垣間見える。


「天使の羽休め。とても楽しみです」


 セレナとのチャットを楽しむ鹿謳院が、ボソリと呟いた視線の先。


 二枚あるPCモニターの内、楽園の庭をプレイしている別のモニターには、何処かのカフェのホームページが開かれており、それを見た鹿謳院が幸せそうに目を細める。


「(楽園の庭(エデンズガーデン)のコンセプトカフェ『天使の羽休め』。前々から興味はあったのですが、次の土曜日からは来場者にアイテムコードが配布されますからね。ファッションアイテムですので、私はそこまでの興味はありませんが……。それでも、セレナはきっと喜んで下さいます)」


 コンセプトカフェとは!


 特定の世界観、コンセプト、テーマ、ルールに基づいて営業されるカフェの事。


 天使の羽休めはMMORPG『楽園の庭』の世界観を忠実に再現したコンセプトカフェとなっていて、カフェ内で提供される飲物や食事は全てゲーム内に登場する物だけ。


 非常に高い再現度の各種メニューと店員教育のお陰でリピーターが後を絶たず、若者にも足を運んで貰う為に価格帯が低めに設定されている点も高評価な優良店。


「(一度の来店で受け取れるアイテムコードは、全五種類のアイテムの中から二つだけ。ランダムではなく選択可能な点は有り難いですが、全種揃えるには最低でも三度の来店が必要。期間限定と言うわけでもありませんので急ぐ必要はありませんが、夏期休暇を逃しますと来店機会がぐっと減りますからね)」


 スーパーダーリンである鹿謳院は、全然興味の無いファッションアイテムを愛妻の為だけに全種揃えてプレゼントしようと考えていた。


 飛び跳ねて喜んでくれるであろうセレナの事を考えながら、鹿謳院が軽く口角をあげていた、一方その頃。


「(どのような反応をするのか正直見当もつかんが、何かしらの反応はあるはずだ。探りを入れる場所としては完璧だろう──『天使の羽休め』は)」


 近衛もまた、鹿謳院と同じサイトを見て口角を持ち上げていた。


「(有難い事に、橘は楽園の庭を遊び始めたらしいからな。利用するには丁度良い逸材だ。何処までも俺の為に尽くす忠義の男とは、正にあやつの事よ。お陰で一条を上手く招待出来た。コンセプトカフェに連れ込めば、何かしらボロを出すだろうよ)」


 最近とあるネトゲを始めたと言う橘蓮。


 その話を聞いた近衛鋼鉄は、日頃努力している彼の為に全然知らないし全然興味もないそのネットゲームで何かお返しが出来ないだろうかと考えて、仕方なく重い腰をあげて調べ物を開始。


 そして、全然興味はないんだけど、調べてみればそのゲームにはコンセプトカフェなるものがあって、なにやらアイテムが貰えるとか貰えないとか。


 一人で行っても貰えるアイテムは少ないから、暇だったら手伝え、一条。


 そんな感じの設定を話した所、一条は喜んで近衛の誘いに食いついた。


 単純に近衛からの食事の誘いを断ると言う概念がないだけで、橘がどうのこうの、ゲームがどうのこうのと言う部分は全て聞き飛ばしていたが、とりあえず一緒にご飯に行く事を二つ返事で了承。


 近衛はあくまでも橘の為に行くだけで、楽園の庭については何も知らないと言う設定。


 何やら人気のゲームらしいが。一条、お前は知っているか? 


 みたいな感じで誘ったのが、つい先日。


「(もし一条が楽園の庭を楽しむ『天使』であれば、揺さぶりをかけるのにこれ以上の場所はないだろう。天使であれば、コンセプトカフェでテンションが上がらないわけがあるまい。コンセプトメニューはどれもメインストーリーで登場した物が中心となっているから、妻たるこの俺との思い出を大切にするダリちゃんであれば必ず心を揺れ動かすであろう)」


 天使とは!


 楽園の庭のプレイヤーを指す言葉。


 楽園の庭ではプレイヤーは天使と呼ばれており、人間界を守る為に日夜頑張っているのである。


 そんな訳で、楽園の庭で遊ぶ人達は天使と呼ばれているので、何かと天使にちなんだイベントが開催される事が多い。


 と言う事で、偶然と言えば偶然なのだが、半分必然みたいな感じ。


 何もわざわざコンセプトカフェになんて行かなければ良かったのに。


 しかも、アイテムコードの配布が開始される日から行くとか馬鹿じゃないの?


 もしかしたら鉢合わせになるとか考えなかったの?


 とか思うかもしれないが、近衛は一条=マンダリナ説を否定するのに必死で、鹿謳院はセレナに喜んで貰おうと必死。


 世の中、自分が冷静であると考える者に限って、冷静さを欠いている事はよくある話。


「だらだらと探りを入れていても埒が明かぬからな。一条の確認は短期決戦で決める」


「(先日のスマホのやり取りが偶然であれ必然であれ。一条が本当にダリちゃんであれば必ず尻尾を掴んで引きずり出してやろう。……それはそれとして、何を注文するのか今のうちに考えておくか。思いの外メニューが豊富なようだからな。どれ、確認しておこうではないか──)」


 マンダリナやフレンドとダンジョンを攻略しながら、別のモニターに映るコンセプトカフェのメニュー表に近衛が心を躍らせていると思えば。


「(そう言えば、こういうお店は普段着で行っても良いのでしょうか?)」


 セレナ達とゲーム内で一緒にダンジョンを回る鹿謳院が、軽く首を傾げる。


「(コンセプトカフェと宣うからには、客もまたそれに則った装いをするのでしょうか? 日ノ本には“コスプレ”なる文化があると聞きますからね。コンセプトカフェもコスプレもどちらも同じ“コ”から始まる横文字、恐らくは似たような成り立ちなのでしょう)」


 横文字に対する感性が完全に死んでいるが、これでも英語と中国語とスペイン語がペラペラなのだから世の中は不思議である。


 だがこれに関しては、日本で使用される意味不明な横文字と英語を完全に別物として捉えている、と言う点が大きいかもしれない。


 そんな世間知らずな氷美佳お嬢様は、近衛と全く同じサイトをチラチラと眺めており。


 ドレスコードを確認する為に後で運営に問い合わせようとか、そんな事を考えながら、楽しそう口許を緩めていた。

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