Level.055 除外された正解
近衛鋼鉄が変な女に翻弄されていた頃。
セレナ:お外暑いー! 助けてダリちゃんー!w
愛する妻からのチャットを受け取った鹿謳院は、完全に覚醒していた。
疑念が芽生えたのは旅行の時。
セレナと柳沢美月の中にある僅かなズレが脳裏をよぎったあの瞬間。
浮かれるあまりに放棄された思考が活動を再開した事で、鹿謳院の頭はようやく新たな段階に進んだ。
「(そも、セレナの中身が女性であると決まったわけではありません。いいえ、女性である可能性の方が低いはずです。ネトゲの女性キャラの中身は全員男性であると考えた方が早い程に、男性で溢れ返っていると聞きます。普通に考えて、セレナのような可愛らしい女性が現実にいますか? 居るわけがありません)」
スマホを片手にセレナのチャットに返信をする鹿謳院。
高速で動く指が瞬時にマンダリナとしての返事を作成して、それを送信する。
「(ですが、セレナのアバターは誰がどう見ても美月を参考に作られています。ここに間違いはありません。中身や口調もかなり美月に寄せていますが、寄せていたからこそ、そのズレに気付く事ができました。美月とセレナの中にある僅かなズレがあります。意識しなければ気付けない程の完璧なトレースですが、確かにズレはあります)」
長い付き合いがあるからこそ柳沢の事がよくわかるようで、これまで浮かれるあまり些細な矛盾や違和感を全て無視していた鹿謳院は、思考の暴走を停止。
一度冷静になった頭は色々な事実や矛盾を感じ取れてしまうようで、旅行から帰り体調が戻って以降は近衛同様に柳沢について調べていた。
そして今日、セレナと柳沢が別人であると決定的な確信を得るに至る。
「(そもそも、セレナが今日ログインした時点で美月である可能性はゼロになりました。あの子は今頃飛行機の中ですからね。全くもって恐ろしい話です。この私とした事が思い込みで結論を急ぐなんて。未熟な身を恥じるばかりです)」
柳沢美月そっくりのアバターに、彼女そっくりの口調と性格。
統苑会に所属している事は間違いなくて、近衛鋼鉄に近しい人間の誰か。
「(たったこれだけの事でセレナと美月を同一視してしまうなんて。ですが、よい勉強にもなりましたので、落ち込んでいても仕方がありません。幸い、セレナもまだこちらの中身に辿り着いていない様子。時折ではありますが、探りを入れるような会話が続いている事がその証拠)」
相変わらず寝巻のままでパソコンに向かう鹿謳院。
ゲーム画面や攻略情報が閉じられたデュアルモニターには、聖桜学園の制服を着た男女の写真がズラリと並んでいる。
「(良いでしょう。私も本気を出させて頂きます。セレナに対する我が愛に一片の曇りもありませんが、美月の皮を被った狼を見つける事はまた別の話。もし何か不穏な動きがあればいつでも止めを刺せるように、銀の弾丸を探すと致しましょう)」
デュアルモニターに並べられているのは八名の写真。
それは、聖桜学園統苑会に所属する、鹿謳院氷美佳を除いた役員の写真
「(かなり高い確率で、セレナが統苑会に所属している。これは間違っていないはずです。つまり、私のセレナはこの中にいます。まずは海外旅行の最中である美月は除外。同様の理由で会計の『愛理』も除外で構わないでしょう。雫は動きが全く読めませんので保留するとしまして──)」
一度冷静になった頭は、正解に向けて急激に選択肢を絞っていく。
「(──ああ、それから近衛君も除外ですね)」
と思ったが、そこまで冷静でもなかったかもしれない。
特に理由もなく、深く考える事なく、ただの流れでセレナの候補から外されてしまう近衛鋼鉄。
こうして近衛同様、正解を欠いた盤面を眺める馬鹿が一人、絞り込まれた不正解を見ながら無意味にほくそ笑む。
「(書記、文界、武界、そして庶務。議長の雫を含めて五人。書記と武界は見当もつきませんが、文界の『桜花』であれば今から探りを入れても……。いえ、そうですね、今は夏期休暇ですからね。無理な接触はせず、全員のリットリンクを確認しながら休み明けを待つとしましょう)」
中身が男であれ女であれ、誰であれ。
それでセレナに対する想いが消えるわけではない。
だから、夏休みの間は無理に中身の特定をせず、ただゆったりと遊ぼうと考える鹿謳院。
だが、波乱含みの夏休みはまだ始まったばかり。
のんびりとした休息など夢のまた夢だったのだと、この時はまだ知る由もなかった。