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Level.052 新しいステージにようこそ


 マンダリナ:いやー、暑いの苦手でさー

 セレナ:わかるw 夏はエアコンの効いたお部屋から出たくないよねw

 マンダリナ:それな。もちろんずっと家に居るのはまずいと思ってるんだけど、快適過ぎてw

 セレナ:夏休みは何処かに遊びに行く予定はないの?

 マンダリナ:一応最初の方に軽く遊んだんだけど、後は特にないかなぁ。ってか、毎日こっちにログインしてるからわかるだろ?w

 セレナ:ごめんなさいw でも、私も全然遊びに行く予定ないから一緒だね!


 ゲーム画面でマンダリナの情報を回収しながら、ノートパソコンとスマホで柳沢美月の情報に探りを入れていく。


「(撮り貯めの可能性も確かにある。だが、普通に考えれば柳沢の投稿は全て夏休みに入ってから実際に行った内容と考えるのが妥当だ。であれば、日々を楽園の庭で過ごしているダリちゃんと柳沢が同一人物であると言う線は、今この瞬間に消滅する。──やはりな)」


 柳沢美月が投稿したリットリンクの内容の一つ。


 昨日参加したと言う事になっている花火大会の内容について調べれば、結果はすぐに出る。


「(この投稿は間違いなく昨日の花火大会で確定だ。柳沢は目立つからな。あいつが動けば周囲に群がる有象無象がその反応をリットリンクに残す。柳沢が昨日、花火大会に参加していた事は疑いようもない。……そして、ダリちゃんでは無いと言う事も確定した)」


 調べてしまえば簡単な事。


 収束思考、水平思考を得意とする近衛が少し冷静になってしまえば、結論は一瞬。


 これまで学校生活と統苑会で圧迫されていた思考領域。


 それが夏休みに入ってリフレッシュされた事で、今一度冷静になった近衛鋼鉄はついに、ようやく、やっと、柳沢美月とマンダリナが同一人物ではないと言う結論に到達する。


「(バイアスとは恐ろしい。結論ありきで物事を考える恐ろしさには気を付けていたつもりだったのだがな。思えば俺は、橘がマンダリナであれば嬉しいと考え、柳沢がマンダリナであれば楽しいだろうと考えてしまっていた。感情が介在した時点で、そこに論理は存在しないと言うのにな)」


 マンダリナから得たリアル情報を基に、中身の可能性がある人間を推理する。


 そこまでは何の問題もない。


 しかし、可能性のある人物とマンダリナを結び付けて考えてしまった事が最初の失敗。


 可能性はあくまでも可能性に過ぎないのだから。


「(今回は自分の能力の低さをよくよく理解させられた。そう言う意味では悪くない数ヶ月だったと言えよう。物事は多角的に考えてこそ、その輪郭が浮かび上がる。橘と柳沢のどちらかがダリちゃんであると考える事自体は問題なかったが、それを馬鹿正直に真正面から探りを入れるなど、どうかしていたとしか思えん)」


 ゲーム画面でいつも通りにしているマンダリナとチャットを楽しみながら、近衛は自身の愚かさに向けて溜息を吐き出す。


「(まずは可能性を潰す事が大切だった。橘が、柳沢が、どちらかがダリちゃんである可能性を詮索するのではなく、二人がダリちゃんではない可能性を見つける事が大切だった。そうすれば、リットリンクの投稿を漁るだけでこんなにも簡単に否定材料が見つかったように、無駄な時間を過ごさずに済んだ)」


 セレナ:それじゃあ、今日はちょっと早いけど一度落ちようかな!

 マンダリナ:はいよ。夜はまたログインする感じ?

 セレナ:わからないけどたぶん! しなかったらごめんね?

 マンダリナ:大丈夫だって、俺も適当にストーリー進めとくから

 セレナ:うん!


 投げキッスのモーションでお別れをするセレナと、それを受け止めて微笑むマンダリナ。


 ここ最近はいつも朝から晩までネカフェに入り浸る近衛だが、この日は昼過ぎに一度退店。


 帽子も日傘も無しに炎天下の街を汗一つかく事なく、涼しい顔で堂々と歩く近衛鋼鉄に街行く人々が自然と視線を送る。


 空に浮かぶ真夏の太陽よりもなお眩しく、地に落ちた星の如く周囲を照らす近衛のオーラに周囲の者は自然と道を開け、老若男女を問わずその美しさに魅了されるのはいつもの事。


 街を歩く度に毎度スカウトマンや逆ナンに遭遇するが、何も言わない近衛がただ視線を動かすだけで彼ら彼女らは頭を下げて退散していってしまう。


 そんな、何人も近寄りがたい神秘的なオーラを纏う男は目的地に向けて黙って歩く。


「(しかし、なるほどな。こうして一度冷静になると最近の俺は全くどうかしていたとしか言えん。物事は肯定から入るべきではあるが、論理思考においては否定こそが重要だ。否定の積み重ねた先に残った肯定こそが真実なのだからな)」


 ここ数ヶ月思い悩んでいた問題が一つ解決した事で、肩の荷が下りた近衛。


 そんな近衛がこれまでの自分を恥じるように口許を軽く緩めれば、周囲に居る人間がドキリとトキめく。


「(だが、遠回りの時間も悪くは無かった。ダリちゃんをただの男と考えた事が既に彼の術中だったのだろう。聖桜学園に所属する純血組が常人であるはずが無い。それも、統苑会の情報を事細かに把握する人間だ。聖桜でも指折りの生徒と考えるのが普通だった)」


 橘と柳沢がマンダリナの中の人間ではないと分かった今、近衛には一分の隙も無かった。


「(これまで得たダリちゃんの情報から橘と柳沢に絞り込んだが、実際にはまだもう一人いる。それは無いと思い込み、最初に除外してしまったが、それこそが間違いだった。後はもう、お前しか残っていなんだよ──『一条いちじょうしずく』。これでチェックだ、ダリちゃん)」


 否、隙だらけだった。


 遂に橘と柳沢の可能性を除外した近衛が新たな勘違いに片足を突っ込み、不敵に笑いながら街を歩く、一方その頃──。


「……そう、ですか。やはり、美月では無かったのですね」


 ──慣れない手つきで柳沢美月のリットリンクを確認していた鹿謳院氷美佳もまた、近衛と同じタイミングで真実に一歩近づいていた。


 こうしてステージを新たに、近くて遠い夫婦の『探り愛』は静かに続いて行く事となる。

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