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Level.050 唐突なお開き


「ええい! 橘! 指示を出せ! 俺はお前を信じる!」


「はい! もう少しだけ前です!」


 しばらくの逡巡の後、近衛の下した決断は初志貫徹。


 最後は自分の信念を曲げないと言う強い精神が、スイカに続くビクトリーロードへと近衛を誘導。


「後は振り下ろすだけです! 近衛先輩!」


「任せろ! 橘!」


 そして、覚悟を決めた近衛が裂帛の気合と共に木刀を振り下ろす。


 年齢の関係上、まだ剣道で三段までしか到達していない近衛鋼鉄。


 しかし、その剣圧は全国に並み居る上位段者を軽く凌駕する鋭利なものであり、同年代においては並ぶ者無しと謳われる無双の剣が、今スイカに振るわれ──。


 木刀でぶっ叩かれたスイカは、ぐっちゃ~っ! と四方八方に爆散。


「わっ」

「うわ」

「あー」


 確かな手ごたえと共に、周囲の者が漏らしたと思われる声を耳にした近衛が目隠しを取ると、そこには鹿謳院と近衛が最初に警告した通りの惨状が広がっていた。


 そうして、爆発四散したスイカを見た近衛が『だから言わんこっちゃない』と、そう思いながら周囲に目を遣れば……。


「コウちゃん、力強いね」

「な、ないすですー! 副会長」

「綺麗に決まりましたね、近衛先輩!」


 びっくりした様子の優月と、微妙な表情を浮かべる美月と橘。


 それから、半笑いの鹿謳院がいやらしい表情を浮かべている光景が、近衛の瞳に飛び込む。


「あらあら、副会長のせいでスイカがグチャグチャになってしまったではありませんか。何と言う事をしてくれたのですか」


「り、理不尽すぎるだろうが! せめて! 柳沢は全力で喜ばんか!」


 そうして、鹿謳院に半笑いで煽られた近衛が砂浜に木刀を突き立て、珍しく感情を全面に出して叫べば、全員が楽しそうに笑った。


 その後は飛び散ったスイカの掃除と、残った可食部の処理。


 ビーチバレーに遠泳と、お昼ご飯代わりのアイスクリームとジュースを口に入れ。


 夏の海を満喫した所で──。


「疲れちゃったー」


 優月の一声によりお開きとなった。


「柳沢は優月を連れてさっさと戻っていろ。後片付けは俺達がやっておく」


「それではお言葉に甘えてお願いしますね、副会長。あ、レンレンは一緒に帰ろー」


「おい、橘は置いて行け」


「何言ってるんですか、罰ゲームは副会長とミカちゃんの二人でしないと駄目じゃないですか」


「あ、僕は別に──」


「ほーら、レンレンも帰りたがってるー! それでは、後はお任せしますね!」


 何か言いかけた橘の口を塞いだ美月。


 右手で橘を、左手で優月を連れて別荘に戻って行く逞しい美月の背中を見送った二人は、まだ十五時過ぎのギラギラに暑い浜辺で、黙って後片付けを開始する。


 テキパキと片づけ作業をこなしていく近衛と、面倒臭いのか緩慢な動きで片づけをする鹿謳院。


 残された二人は相も変わらず言い合いを続けながら撤収作業をしていく。


「何故私がこのような……」


「口を動かす暇があるなら手を動かせ。動かさぬならさっさと別荘に戻っていろ」


「あら、副会長の方が口数が多いようですね」


「戯けめ。俺は口と手を両方動かし、尚且つ足も動かせる。口数の多さが労働力の減少に繋がるなどと、安易な発想は止める事だな」


「私の方が多く動いていると思いますが、気のせいでしょうか」


「何を言うかと思えば下らん事を。……もういい、鹿謳院はレジャーシートだけ持って帰っていろ。後は俺が片付ける」


「私の事を馬鹿にされているのですか? 鹿謳院たる者、与えられた仕事を投げ出すような無責任な真似は致しません」


「ふん。誰もそのような話はしていない。いいから貴様は帰れ」


「あのですね。あの、あっ、あの──」


 どうにかして、うるさい近衛に反論をしよう。


 そう思って、ゆっくりとレジャーシートを折りたたんでいた鹿謳院だったが、立ち上がると同時に彼女の視界はグラリと回り、身体を傾けてしまった。


「馬鹿者が!」


 そんな彼女の様子を逐一見ていた近衛は、一言叫ぶや否やパラソルの撤去作業を中断。


 フラリと立ち眩みをした鹿謳院の下に駆け寄ると、倒れる前にその身体を受け止めた。


「し、失礼。少し──」


「うるさい。もういいから、黙っていろ。だからさっさと帰れと言っていたと言うのに」


「あ、やっ、触らないで、ください。一人で、歩けます」


 近衛から距離を離そうとする鹿謳院だったが、抵抗する力は弱く。


 大きな溜息を溢した近衛が有無を言わさず、ひょいとお姫様抱っこで持ち上げると、そのまま別荘に向かって歩き出せば、近衛に抱きあげられた鹿謳院は力を抜いて身体を預ける事に。


「ありがとう、ございます」


「黙っていろと言っている。別荘までの間に倒れられるとこの俺が面倒だと言っているのがわからんのか」


「……申し訳、御座いません」


「ふん。はしゃぐ気持ちは理解するが、鹿謳院家の者が自身の限界を見誤るな」


 少々きつい言葉を投げかけながらも、腕の中で大人しくなった鹿謳院を見た近衛は内心で猛省する。


「(何をやっているんだ、俺は。この女が暑さに弱い事などわかりきっていたではないか。俺とした事が、優月の様子ばかり窺っていたせいで鹿謳院の体調の変化に気付くのに遅れるとは。……たかが数名すら碌に管理できんとは、なんたる失態か)」


 自身の監督能力の欠如に近衛が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるが、そんな彼をぼんやりとした視界で捉える鹿謳院も猛省する。


「(海で遊ぶのは初めて、でしたから。そうですね、浮かれてしまいました。それで近衛君に張り合って、その結果が、これなのですね。……結局、私はいつも負けてばかり、いつも助けられてばかりなのですね。たった一つ勝ち得た会長の座だって、本当は貴方が──)」


 別荘に到着するとすぐに柳沢グループの医療班が駆け付けたが、鹿謳院は軽い脱水症状と言う事でこの日の予定はそこまで。


 体調不良の娘を鹿謳院家が放置するはずもなく、二泊三日を予定していた旅行はここで強制終了。


 ヘリを飛ばしてやってきた鹿謳院の者に柳沢家の人間はたじたじになり、鹿謳院氷美佳は何度も謝罪の言葉を口にして、すぐさま帰宅する事となってしまった。


 自分のせいで旅行を台無しにした事に落ち込んでいる鹿謳院同様に、自分の監督下で体調不良者を出してしまった近衛鋼鉄も落ち込んでしまい、マンダリナとセレナの中身を特定する戦いは一時中断──するはずもなく。


 それはそれ、これはこれとして、鹿謳院が帰った後、柳沢美月のスマホを奪い取って中身を確認しようとした近衛だったが普通に失敗した。


 女子のスマホを勝手に覗こうとするなと、めちゃくちゃ怒られてしまい、旅行はぐだぐだのまま終わる事となってしまった。

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