Level.049 色んなスイカ
四苦八苦しながら砂浜の上に大きなシートを敷き終え、その中心にスカイをちょこんと置いた柳沢と橘が戻れば、いよいよ待ちに待っていないスイカ割がスタート。
「今更やる事を反対しないが、初手にスイカ割と言うのもどうなんだ」
「そ、それは私だって最初にやるつもりなかったですけど。ミカちゃんと鋼鉄君が何かよくわからない事ばっかり言うから、勢いで最初になっちゃっただけですよ」
目隠しをした橘が砂浜に突き立てられた木刀の周りを百回転している光景を見ながら、だらだらと話す近衛と柳沢。
「目隠しをした橘君をスイカの有る方向へ導けば良いのですよね?」
「そ、そうだよー」
「頑張って導いてみせますね!」
「う、うんー」
そんな近衛と柳沢から少し離れた場所では、優月に向かって満面の笑みを浮かべて話しかける鹿謳院と、そんな彼女から若干距離を置こうとしている優月が会話をしていた。
そして、そうこうしているうちに橘蓮が百回転を終えたのだが──。
「どっど、どああっ!」
流石に百回転はいくらなんでも回り過ぎだったようで、橘がその場でフラフラと転がりそのまま終了。
改めてスイカ割の公式ルールを柳沢が持ってきていたスマホで検索した所、回転は右に五回と三分の二回転だけで良い事が判明。
と言う事で、理不尽に失格した橘の次は選手を交代して、柳沢美月が挑戦する事に。
「(ふむ。水着姿の柳沢が目隠しをして回転する姿は、中々に悪くないな)」
「(うわ、柳沢先輩すご)」
男子二人が柳沢の胸部を見ながら、思い思いの感想を頭の中に浮かべ。
「(……ま、まさかとは思いますが、私もあれをやらないとダメなんでしょうか。鹿謳院家の次期頭首候補筆頭たるこの私が? 水着姿で? 目隠しをして? 木刀の周りを回転するのですか? そ、そのような真似が許されても良いのでしょうか)」
鹿謳院は少し離れた場所で行われている非現実的な謎の儀式に驚愕。
「お姉ちゃんそのまま真っ直ぐー! 」
スイカがある方角とは真逆に進むように指示を飛ばす優月。
それぞれが好き勝手に考え、好き勝手に遊ぶスイカ割は、橘に続いて柳沢、鹿謳院と失敗。
最後は応援係の優月を飛ばして、近衛鋼鉄が挑む事に。
「思ったより何も見えんな」
目隠しを付けた近衛がボソリと呟き、木刀を中心にグルグルと回転を始めれば、ゲームスタート。
「さあ、指示を出せ。この俺を誘導する権利をくれてやる」
しかし、回転を終えた近衛はそう言うと、周囲の者が指示を出すより前にしっかりとした足取りで真っ直ぐスイカに向かって歩いて行った。
「近衛先輩! そのまま真っ直ぐです!」
「違いますよー! もう少し左です左ー、こっちこっちー」
「いいえ、副会長。そのまま真っ直ぐに行けば宜しいかと」
「駄目だよ! コウちゃん騙されないで! 右だよー!」
四方から聞こえる適当な指示に耳を傾ける近衛だが、実際には誰の指示も聞いておらず。
「(十回転しようが百回転しようが千回転しようが、この俺の三半規管は騙せん。目隠しをしていようともスイカがある方角など手に取るようにわかる。しかし、正しい指示を口にしているのは橘だけか。全く、どいつもこいつ嘘が下手だな)」
まるで目が見えているかのように、スタスタスタと真っ直ぐにスイカに向かって歩く近衛は、四人の中で橘だけが真実を口にしていると考え、益々信頼度を上げていく。
だが、橘と同じ指示を口にしているはずの鹿謳院の事は何故か嘘つき判定していた。
「(鹿謳院め、何が真っ直ぐに行けば宜しいだ。この俺が貴様の指示に従わぬと踏み、敢えて正解を口にする事で間違いに誘導しようと考えたようだが甘いな。貴様の考えている事など手に取るようにわかる、先程自分がやられた事をそっくりそのまま返したいのだろう? ふっ、負けず嫌いめが)」
先程、鹿謳院の順番の時。
自分以外の三人には間違った誘導を徹底させ、近衛だけが正解の指示をだした結果。
近衛の言葉に従いたくなかった事と、彼が本当の指示を出しているとは考えられなかった鹿謳院は見事に騙され、彼女の振るった木刀は見当違いの場所に打ち付けられてしまった。
「(或いは鹿謳院より前に俺が挑戦していれば、騙される可能性もあったかもしれん。だが、どちらにせよ橘は俺に嘘の誘導などするはずがないからな。雑音に耳を傾けず、橘の声だけを聴いていればそれでいい)」
そう考えた近衛は、真っ直ぐにスイカに向かって歩いていたのだが──。
「見事な指示でしたね、橘君」
「え? あ、はい! 近衛先輩もう少しです!」
ポツリと呟いた鹿謳院の言葉が耳に流れ込んだ瞬間に、嫌な予感が脳裏をよぎり、ピタリと足を止めてしまう。
「(……確かに、橘は俺に嘘を吐かないだろう。だがそれは、あくまでも日常生活の場合に限る。これはただの遊びだ。盛り上げる為にブラフを織り交ぜるのは当たり前の話だ。──橘の指示であれば俺が疑わないだろうと見越して結託したか、鹿謳院)」
もう少しでスイカに到着すると言う所で、立ち止まった近衛は自身が鹿謳院の巧妙な罠にかかっているのではないかと、疑心暗鬼に陥ってしまう。
「(さあ、副会長。後は御自身で判断なさって下さい。先程はしてやられてしまいましたので、意趣返しといこうではありませんか。どちらが上か白黒をつけましょう、副会長)」
目隠しで木刀を構えたままピタリと止まった近衛が首筋に汗を流すと、その様子を見た鹿謳院がクスリと笑う。
「(もちろん、私と橘君は嘘を一つも吐いておりません。示し合わせたわけでもありません。ですが、副会長は今こうお考えになっておられるのでしょう? “鹿謳院と橘が結託して自分を陥れようとしているかもしれない”と。強固な軍を外から打ち破る事は叶いませんが、一度疑心暗鬼に陥った軍は木偶にも劣ります)」
たかがスイカ割、されどスイカ割。
「(橘君と私が別々の指示を出していれば、副会長の事ですから迷わずに橘君の誘導を受け入れた事でしょう。或いはそうですね、橘君の声色から嘘を感じ取る事で私が本物の指示を出している事にも気付けた可能性もありますね。ですが今、私と橘君は嘘を吐いておりません。私はただ、橘君の指示を褒めただけ……どうして褒めたのでしょうね、副会長)」
先程、近衛によって良い様に騙されてしまった鹿謳院は、そこに橘と言う手駒を加える事で、全く同じ手段を用いて近衛の心の中に一つの不安の種を植え付ける。
「(橘と鹿謳院が結託しているのは間違いない。いいや、それも確定ではない。今の会話自体が俺に不安を与える為のブラフだとすれば? だが、いや、しかし──)」
初めは全否定していたスイカ割だが、なんやかやで鹿謳院と近衛が一番エンジョイしていた。