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Level.004 千里の道も一歩から


「(今日は放課後に運動部会の連中と、“武界ぶかい”を交えた打ち合わせがある。楽園の庭へのログインは遅くなりそうだ。ダリちゃんであれば待っていてくれるだろうが、余り遅い時間になるのも申し訳ない)」


「(本日は文化部会の各会長と、“文界ぶんかい”との調整会議があるので、帰宅は十八時を過ぎるでしょう。残念ですが、セレナに会うのは難しいかもしれませんね)」


 もちろん、自分たちの世界とは楽園の庭(ネトゲ)の事である。


 頭の半分を使って本の内容を楽しみ、もう半分の頭を使ってプライベートの予定を考える。大変に器用な二人。


「(そう言えば、今迄考えた事もなかったが、ダリちゃんのログインは平日であれば十七時前後か。多少の前後はアレ、早い時は十六時過ぎにはログインしている事もある。となると、つまり、ダリちゃんの中の人は部活には所属していない可能性が高いか? 或いは、活動頻度の低い部活に所属していると言う線もあるか)」


「(……調整会議。調整と言いますと、大抵の場合セレナはいつも私がログインする時には既にゲーム内にいる事が多いですね。休日も私がログイン可能な時間を伝えると、それに合わせてくれて遊ぶ時間を調整してくださいます。これだけ時間に融通が利く生徒と言う事は、部活には所属していないのでしょうか)」


 折角の天才的な頭脳を、ネトゲ内での結婚相手の中身を特定すると言う馬鹿みたいな事に使っているが、それでも誰にも迷惑を掛けているわけでも無いので問題はない。


「鹿謳院」


「如何なさいましたか、副会長」


「今日俺は運動部会との打ち合わせがあるわけだが、確か鹿謳院は文化部会との調整だったか」


「はい。私のスケジュールで副会長の後ろの壁に掛かっておりますので、わざわざ確認せずにそちらをご覧になってください」


「念の為の確認だ。いちいち話の腰を折るな」


「それは失礼致しました」


 近衛の言葉を受けた鹿謳院はわざとらしく笑顔を作ると、ニコリと微笑む。


「(ダリちゃんであればどんな話をしていても優しく促してくれると言うのに、この女は会話一つまともに出来んのか。今のはただの確認だろうが。いちいち五月蠅い奴だ)」


「(きつい言葉。他者への思いやりや優しさが欠片も感じられませんね。これだから粗野な男は苦手なのです。誰もがみなセレナのような優しさを持ち合わせていれば、世界はもっと平和になりましょうに)」


「聖桜学園は部活か、もしくは研究会へ所属を接触的に推奨しているだろう」


「はい。それが如何なさいましたか?」


「いやなに、部活に所属しないからと言って教師陣に咎められる事は無いにせよ、コミュニティには同調圧力と言うものが存在するだろう」


「そうですね。他者との差異は、社会生活を営む上で不和となり得る要因でしょう。個性を尊重する社会とは言いましても、人は自分と違うモノに対して違和感を覚えてしまう生物ですからね」


「同調圧力についての議論も悪くはないが、今回は見送らせて貰う。そうではなく、現在の聖桜学園において、部活動に所属していない生徒がどの程度居るのだろうかと。ふとそんな事が頭をよぎったわけだが、鹿謳院はどう考える」


「どう考えるとはつまり、それら部活動に未所属の生徒に対する私の考えを聞いているのですか?」


「それもある。だが、俺が疑問に思ったのは、この聖桜学園で部活動に所属していない生徒は実際にどの程度居るのだろうかと言う点だ」


「なるほど、実数の把握ですか。それは確かに気になりますね」


「だろう。部活動に拘るつもりもなければ強制する気もまるでないが、どの程度の生徒が部活に所属していないのか。その数と、それらの生徒が部活に所属しない理由が、ふと気になったと言う訳だ」


 読んでいた本を机の上に置いた近衛は立ち上がると、鹿謳院の側へと移動しながら話を続ける。


「どの生徒がどの部活に所属しているのかと言う話であれば、学校側に全てのデータが揃っておりますので調べる事はそう難しくはないでしょう。なんでしたら今すぐにでも調査は可能ですね」


「では、折角だ。部活に入っていない生徒を調べてみるか」


「そうですね。全ての生徒が部活をする必要はないと思いますが、未所属の方々を調べれば聖桜にどのような部活が足りていないのか、或いはその方々がどうすれば部活に入るのか」


「うむ。それがわかると言う事だ。聖桜は内部進学が基本だからか、受験に向けるエネルギーを部活や研究に宛てる者が殆どだろう。仮に若さを持て余している者がいるなら、彼らの為にも俺達統苑会がそのエネルギーの使い道を考えようじゃないか」


「ええ。統苑会は全ての聖桜生徒の為の組織ですからね」


 そうして、椅子に腰かけたままの鹿謳院氷美佳がノートパソコンを開いた横で、彼女の座る椅子に手を置いた近衛が、一緒にパソコンの画面をのぞき込む。


 パソコンを通じて職員室の教師と連絡を取って、必要となるデータを受け取りつつ、氷の会長と鉄の副会長は今日も今日とて聖桜学園の為に出来る事を静かに語り合った。


 とは言え、もちろん生徒の事など二の次三の次である。


「(まずは現時点で可能性のある人物のピックアップからだ。まだ見当もつかんが、直にわかるだろう。ダリちゃんのような良い男はそうはいないからな)」


「(部活や研究会に所属していない生徒はそう多くはありません。その中でセレナのような愛らしい女の子を探すだけの簡単な作業です)」


 その日の夜。


 部活動との打ち合わせや調整会議があったせいでログインが送れてしまったセレナとマンダリナ。


 セレナ:今日は運動会に向けた運動部会の打ち合わせがあってですね! それで──

 マンダリナ:まだ先だけど聖桜祭に向けた調整会議があってさ──


 自分の妻(夫)が部活動に所属していないと考えていた二人は、予想が外れた事に溜息を吐き出した。

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