Level.048 時には気が合う事も
周辺の別荘を保有する者以外が利用できないビーチと言う事もあって、砂浜は殆ど貸し切り状態。
全く利用者が居ないと言う事はないにせよ、遠く離れた場所にチラホラといくつかのグループがある程度。
なので、気兼ねなく羽を伸ばせるプライベートビーチに近い。
「──スイカを割るなど有り得んな。あれは切って食う物だ。柳沢も橘も、そんな事も知らんのか」
「そうですよ、美月。フィクションで語られるスイカ割ではありますが、実際にやると不衛生である事は勿論、可食部分を無駄にする事もあります」
そんな金持ち限定ビーチの片隅に集まった高校生+一名の小学生からなるグループは、少し揉めていた。
「あー、うーん、海って言ったらスイカ割なのかなって思ったんですよね」
「そうだよねー、レンレン! ミカちゃんも副会長も全然海の事わかってないですよー!」
「スイカ割やるのー? やらないのー?」
スイカ割をするかしないか。
普段の鹿謳院と近衛が対立する統苑会執務室の構図──ではなく、珍しい組み合わせに別れたスイカ割推進派とスイカ割否定派。
「何を言うかと思えば、海は泳ぐための場所だ。そしてスイカに求められるのは体温を下げる役割であり、遊具として割られる為にこの場にあるわけではない」
「食べ物で遊ぶのはよくはありませんからね。何でしたら、私が別荘までスイカを持ち帰って切り分けて来ても構いませんよ」
「私もレンレンもスイカを玩具にしようとか考えてないよねー?」
「あー、いえ、そうなんですけど。僕はやるのかなと思っただけで、どうしてもやりたいと言──あっ! ちょっと?!」
「ほら、レンレンもやる気満々だよ!」
どうしてもスイカ割がしたい柳沢は、スイカを持ったままフラフラと近衛の近くへ行こうとした橘を抱き寄せる。
すると当然、水着姿のままで抱き寄せられた橘は思わずドキドキしてしまい、口を閉じる。
「全く理解出来んな。何故スイカを割りたがる。大人しくスイカと橘をこちらに渡せ柳沢」
「逆にどうしてそんなにスイカを割りたがらないんですか。スイカですよ? 夏の海ですよ? 何の為に私が木刀を持ち歩いていたと思ってたんですか」
「知るか。痴漢撃退用のアイテムだと思っていたが、よもやスイカ割などと言う下らぬ事を考えていたとはな」
「下らなくないですー。そんなに嫌ならもう私とユヅとレンレンでスイカ割ってるんで、ミカちゃんと副会長は二人で泳いでればいいんですよ」
そう言った柳沢はプイと顔を逸らしてしまう。
そして、その様子を見た近衛は心底面倒くさそうな表情を浮かべたかと思うと、深く長い溜息を吐き出して口を開いた。
「わかった……。付き合ってやろうではないか」
「あら? よろしいのですか、副会長」
「これ以上不毛な問答をするのも疲れる。それに、ここは柳沢が提供した場だ。多少の我儘は許容してやろうではないか」
「まあ、副会長が折れるのであれば、私も一人で反対するわけにはいきませんからね。構いませんよ、美月」
「な、なんでスイカ割をしようって言っただけで、そんなに責められないといけないんですか」
「単に不衛生だからだ。それにスイカを木刀で割る意味も全く分からん」
「普通に切って食べた方が綺麗で食べやすいかと思いますよ、美月」
「もういいです! わかりました! レンレンは私とスイカ割の準備するよ!」
「あ、え、はい!」
鹿謳院と近衛の淡々とした言葉を受けた柳沢は、プンプンと怒りながら橘を引きずって、スイカ割ように持ってきていたシートを風に飛ばされないように設置しようと、悪戦苦闘。
「ユヅもどっちでもいい派なんだけど、コウちゃんはスイカ割したくないの?」
「さてな。夏場の浜辺で行う儀式的行為である事は把握しているが、割るよりも切って食べた方が断然良いだろう」
そんな柳沢と橘の様子を眺めている近衛の腕に、優月がしがみ付く。
「ユヅの事を気遣って言ってるなら別にいいんだよ?」
「ふん。そう言う訳ではない。俺は誰かに気を遣うような真似はせん」
「コウちゃん面白いよね、ふふふ」
「俺を面白いと評する人間はお前くらいだ、将来は大物になるだろうよ」
腕をぐいぐいと引っ張りながら話す優月に、一瞥をくれた近衛は多くを語らず。
「(どうして優月ちゃんは私から隠れるように身体を隠されるのでしょうか。……そ、そんなに私は怖いでしょうか。いえ、いえいえ、そんなはずは。少なくともこの男よりは親しみやすいはず……と、信じたいのですが)」
そんな事を考えながら、控えめな視線を優月に送りつつ微笑みかける鹿謳院。
しかし、目が合った途端にさっと視線を逸らされてしまう繰り返しで、その度に内心に大ダメージを負っていた。