Level.047 水着拝謁権
いよいよ海水浴!
かと思いきや、ここで柳沢から待ったが掛かる。
「ストップです! ミカちゃんと副会長は何か忘れています!」
そんな柳沢の声が聞こえた事で、彼女のすぐ隣にいた鹿謳院と少し前を歩いていた近衛がぴたりと止まると首を傾げる。
「移動中のトランプ大会でビリだったミカちゃんと下から二番目だった副会長。二人はトランプで何を賭けたのか覚えていないんですか?」
「あ、そう言えば、近衛先輩と会長さんは“時間”を賭けたんでしたっけ?」
「……ああ、そうだ」
「コウちゃん可哀相ー。でもユヅ一番だったから関係ないかもー」
自分の手を引っ張って歩いていた優月から、憐みの視線を向けられた近衛は顔を引きつらせ。
「と言う事で、ミカちゃんと副会長への最初の命令はクーラーボックスを始めとしたパラソル他レジャーグッズの運搬になりまーす!」
「わ、わかりました。その程度、どうと言う事は御座いません」
柳沢に元気よく荷物運びの命令をされた鹿謳院も、ぎこちない笑顔を浮かべていた。
時間を賭けるとはどう言う事かと言う話だが、その話は車内の賭けトランプまで遡る。
移動中の車内で開催されたトランプ大会の賭けではあるが、当然ながら金銭の授受を含む賭博をするわけにもいかない。
なので、近衛達が車内で行ったトランプ大会では自分達の『時間』を賭けていた。
時間と言うからわかり辛くなるけど、要は自分の時間を使って雑用を引き受けると言う話。
つまり、車内トランプ大会で圧倒的な最下位だった鹿謳院と、圧倒的な四位だった近衛は、二泊三日のこの旅行中に限り、上位二名の命令には絶対服従する罰ゲームを背負っている。
とは言っても、もちろん出来る事と出来ない事はある。
そんな訳で、全ての命令に服従する必要はないが、荷物運びや洗い物の処理と言った本来であれば一緒に来ている使用人に任せるような雑用を命令された場合は、全て引き受けなければならない。
ちなみに、車内トランプ大会で圧倒的な戦績を納めた一位は柳沢優月で、その次が美月、丁度真ん中だったのが橘蓮である。
ついでに言うと『金より貴重な物と言えば時間だ。スリリングな賭けをしようではないか』と発言した馬鹿が近衛。
そして『それでは、負けた者は旅行中の雑用を全て引き受けると言うのはどうでしょうか』と言って、近衛の挑発に乗っかった馬鹿が鹿謳院である。
そんな馬鹿な二人は、左右に分かれてクーラーボックスの取っ手を持ち、二人で一緒に浜辺に運搬を開始。
それと同時に、近衛が重たいパラソルとビーチチェアを、鹿謳院が浜辺に敷く為のレジャーシートを運んでいた。
「よもや、この俺がこのような雑用をするとはな」
「敗者は奪われ、勝者は得る。世の摂理でありませんか」
「なるほど。敗者が板に付いてきたな、鹿謳院」
「ト、トランプに慣れていなかっただけです。花札であれば私の勝利は揺るぎませんでした」
「おお、何やら聞こえて来たな、負け犬の遠吠え──おっと、済まない。鹿謳院の鳴き声であったか」
「……宜しいのですか、そのような事を仰られて。貴方も敗者である事に変わりはありませんのに」
「俺は敗北を悔しく思う事こそあれ、恨み言は述べぬ。そこが俺と貴様の器の違いだ」
「私は恨み言を述べたわけではなくですね」
「わかったわかった、そう熱くなるな。ただでさえ暑いのだから静かにせんか。ほら、もう良いから貸せ、この程度なら俺一人で運べる」
「あ、私も──」
鹿謳院の制止を振り切り二人で運んでいたクーラーボックスを奪い取った近衛は、涼しい顔をしたまま、少し前に見える柳沢達を目指して砂浜を歩き始める。
その後ろを、なにやら不機嫌そうな表情を浮かべた鹿謳院が、トボトボとついて歩いていた。
「(言葉一つ、行動一つ、何を取っても本当に憎たらしい男です。──ですが、何より腹立たしい事は、この私の水着姿を拝謁する栄誉ある機会に恵まれたにも関わらず、賛辞の一つも呈さぬ点です)」
ただし、鹿謳院が不機嫌な理由は若干ズレていた。
「(鹿謳院家の女子が肌を晒していると言いますのに、なんたる態度。いえ、それはもちろん、そうですね、わかりますとも。美月の水着の様な布面積の狭いビキニタイプの方が男性の視線を惹きつけやすい事は理解しておりますとも。けれども、露出が全てでは無いではありませんか。私とて異性に水着を晒すのは初めてなのですよ? わかっておられるのですか? この男も、橘庶務も、私の水着姿を拝める事がどれ程の奇跡なのかを理解していないのでしょうか)」
そんな事を考えながら、クーラーボックスとパラソルとビーチチェアを器用に運ぶ近衛の後ろを歩く鹿謳院。
別にあんたの為に水着になったわけじゃないんだからね!
でも、褒められたりデレたりされないのは、それはそれでムカツク! 許せない!
と言う、非常に面倒臭い乙女心理を爆発させて不機嫌になっている鹿謳院。
しかしながら、そんな彼女の少し前を歩く男とて、何も考えていないわけではない様子。
「(やはり、鹿謳院は良い乳をしているな。夏服に着替えた時も思ったが、着やせするタイプであったか。だがしかし、ドレスタイプの水着ではいまいちわからん。折角良い物を持っているのであれば、それを全面に出してこそだろうに)」
尤も、考えている事は割と酷いので、これをそのまま口に出す事は絶対にないわけだが。
「(鹿謳院家の者は普段は和装ばかりしていると聞く。だが、それが好きかどうかは別の話なのだろう。存外、この女もフリルやレースのような少女趣味な衣服が好きなのかもしれんな。正直似合うとも思えんが──……いいや、割と似合うか?)」
柳沢のリットリンクで入手した知識と、セレナを創り上げる過程で身に付けた可愛い服への造詣の深さ。
培ったノウハウを活かした近衛が、脳内で鹿謳院に可愛い服を着せてみると、そこには大変に可愛らしい鹿謳院氷美佳の姿が浮かび上がる。
と言う事で、ファンシーな衣装も鹿謳院であれば結構似合う、と言う結論に達した近衛が口を開く。
「鹿謳院」
「如何なさいましたか」
「今後は好きな衣服を身に纏うがよい。俺が許す」
「……えっと?」
「気にするな。好きな服を着ろと言っただけだ」
「はい。貴方に言われずともそのつもりです」
近衛なりの賛辞は非常にわかり辛かったようで、この男は突然何を言ってるんだ? と首を傾げる鹿謳院の耳に柳沢達の声が届いた。
「おっそーい! コウちゃんこっちこっちー!」
「ミカちゃんもダッシュダッシュ! さあレンレンと副会長でパラソル上手に立てて下さいよー?」
「あ、はい! でも、どうやって立てるでんですか? スコップだけ僕が持って来たんですけど」
「任せろ、橘。この俺が教えてやる」
そうして合流した面々が思い思いに会話を始め、近衛と橘がビーチパラソルを四苦八苦しながら立てた所でようやく海水浴が始まった。




