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Level.045 一滴の疑問


 数時間掛かる車での移動も遊んでいれば一瞬。


 ブラックジャックやポーカー、それにババ抜きとその他にもいくつか行われたトランプ競技のお陰で、移動時間は退屈せずに済んだ。


 全ての競技で負け越した鹿謳院と近衛が『そんな馬鹿な……!』と落胆を顕わにして、わなわなと身体を震わせているうちに目的地へ到着。


 前面に海を、背面に山を。


 自然豊かな立地に建てられた柳沢家の別荘に到着した面々は車を降りると、軽く解すように身体を動かした彼らは、各々楽しそうな表情を浮かべていた。


「中々に良い場所ではないか、柳沢」


「良い休暇になりそうです。誘っていただき感謝いたします、美月」


「日本にこんな場所あるんですね! ここから見ても綺麗な浜辺だってわかりますもん!」


 近衛、鹿謳院、橘がそれぞれに感想を口にする。


「でっしょー? 私もここ割と好きだからわかるー」


「まずは海に行きたいと思います! ユヅはあんまり泳げないんだけどね、えへへ」


 すると、三人の言葉を聞いた柳沢美月と、まだまだ遊び盛りの小学五年である柳沢優月が、そっくりな笑顔を浮かべながら返事をした。


「いいだろう。優月には特別に、この俺の水泳技術を見せてやろうではないか」


「聖桜学園は水泳の授業がないから泳ぐ機会全然ないですもんね! 近衛先輩!」


 やたらと優月に甘い近衛と、近衛の言葉を聞いてすぐに参加表明をする橘。


「……まあ、そうですね。これだけ綺麗な海水浴場ですから、泳ぐ事に抵抗は御座いませんが──」


 優月と一緒にはしゃいでいる近衛と橘の方にチラチラと視線を向けながら、微妙に歯切れが悪い鹿謳院。


「うん? ああ。大丈夫だよ、ミカちゃん。ここの浜は、えっとー、ほら、あっちの方とかもうちょっと先の方にも見えるけど、この辺に別荘持ってる人達しか使えない海水浴場だから。水着になっても全然恥ずかしくないよー!」


「い、いえ、水着になる事を恥ずかしいとは思っておりませんが……。いえ、そうですね、ええ、はい、わかりました。折角の海ですものね」


「うんうん! 副会長もレンレンもちゃんと水着持ってきてるよねー?」


「当然だ。俺を誰だと思っている」


「持ってきてます!」


「コウちゃんとレンレンの部屋に案内してあげるねー! 進め進めー」


 柳沢の言葉に返事をした近衛と橘は、自分たちの腕に飛びついてぶら下がっている優月の相手をしながら、別荘の中へと消えていく。


「……優月ちゃんは、その」


「ああ、ユヅはいつもあんな感じだから放っておいて大丈夫大丈夫。誰とでも仲良くなる子ですからねー」


 どうやら仲が良いらしい近衛はともかくして、今日初めて会ったばかりのはずの橘とも打ち解けた様子の優月を見て、どうして自分は少し警戒されているのだろうかと思う鹿謳院。


「(美月の家にお邪魔した事は何度かありますが、いつ行ってもすぐに逃げ出してしまうのですよね。車内でもあまり目を合わせて下さいませんでしたし。私だって優月ちゃんを抱っこしてみたいです)」


 誰とでも仲良くなるはずの優月に割けられている鹿謳院は色々と考え、ある言葉を思い出していた。


 それは、いつぞやのセレナの言葉。


 ゲーム内で統苑会の会長について知っているか、と尋ねた時の事。


『うん、知ってるよ! 怖い人だよね?』


 ゲームの中でセレナに言われた言葉が、ふいに彼女の頭の中に蘇る。


「(怖い人。……怖い人、ですか。聖桜の方々に近寄りがたいと思われている事は承知しております。それ故に優月ちゃんからも距離を置かれている可能性はありますよね。……ですが、それよりも、美月がセレナであるとするならば、もしそうとするならば、私は多少なりとも美月から怖い人であると思われているの、ですよね?)」


「どしたの? 私達も水着に着替えましょー! 今年の水着は今日が初お披露目だから、鋼鉄はがね君とレンレンは見た瞬間に鼻血吹き出すかもー! あはは!」


「え、そ、そんなに過激な物を用意したのですか?」


「いえいえ、普通ですよー。ミカちゃんはどんな水着なんだろ? 何気に初めて見るかも、視線全部ミカちゃんに持って行かれそー」


「私はそんな……。まあ、その、普通の感じかと」


「どれどれー、私が隅々までチェックしてますから行きましょー!」


「ちょ、ちょっと美月──」


 優月に言われるがまま別荘の中へと入った近衛達に続いて、腕に絡んだ柳沢に引っ張られるようにして別荘に足を踏み入れた鹿謳院。


「(果たして、この美月が私に対して怖いなんて感想を抱いているのでしょうか。内心は誰にもわかりませんから否定も肯定も出来かねますが、何か……。そうですね、何かが引っかかる気がします)」


 楽しそうに笑う美月に引っ張られて別荘の中を案内されながらも、鹿謳院は頭の中にポタリと落とされた一滴の疑問が、ジワリジワリと全身に広がって行くのを感じていた。


「(セレナの中身が美月である可能性は極めて高い、それは間違いありません。楽園の庭でセレナが口にした話題の中には、統苑会の者でなければ知り得ない情報や出来事がいくつかありました。確定的な情報なくとも、断定するに申し分ない証拠は揃っているはずです。後は隙を見て美月のスマホを覗いてアプリを確認するだけ、それだけのはず)」


「浜辺も殆ど人居ない貸し切り状態ですから、盗難の心配とかは全然ないんですけど、どうします? スマホ置いて行きます? 持って行きます? 置いて行くなら充電しときますよー」


「そう、ですね。折角の海水浴ですもの、スマホはこちらに置いて何も気にせずに楽しみましょうか」


「はーい! 私は持って行きますけどねー!」


「それは構いませんが、私の水着姿は撮らないで下さいね」


「えー、撮るのはよくないですか? 絶対にネットに上げたりしませんから!」


「と、当然です! 鹿謳院家の令嬢が大衆に肌を晒すなどあってはなりません!」


「(直近ではスマホアプリを介したやり取りも始まりましたが、目の前に美月が居る時にチャットが送られて来る事はありません。今日だって朝はチャットが送られてきましたが、車内の移動中は一度たりとも送られてきません)」


 柳沢と会話をしながらも、頭の中では何かの引っ掛かりを感じ始めていた鹿謳院。


「(今しがた確認した際も、セレナからのチャットは何一つとありませんでした。もう確定しても問題がないだけの証拠は揃っています。スマホを見るまでもありません。セレナは美月です。そのはずなのです。──けれど……どうしてでしょうか、どうしても何かを見落としているような気がしてなりません)」


 一度は確定したはずの情報。今尚、間違いないと考える結論。


 常人の何百倍もの速さで思考を走らせる超人的な鹿謳院の頭脳が、彼女の意思とは関係なく思考の綻びを指摘する。


 何かが違う、その結論は間違っている、と。


 優月ちゃんが中々自分に懐いてくれない事を寂しく思っただけ。


 そんなほんの些細な出来事から生じた壁のシミ程の疑問を切欠に、鹿謳院の無意識がここ数ヶ月暴走気味にあった論理の隙間を突くように覚醒を始める。

 

 かつて統苑会次期会長選挙において、無敵の神である近衛鋼鉄を打ち負かしたもう一人の天才が、無意識ながらも新たなる勝利の方程式を構築し始めた。

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