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Level.043 笑顔を浮かべる変な生物


 鹿謳院と近衛、各々に必勝の策を練り上げたホームグラウンドでの決着は叶わなかった。


 しかし、何事も全てが予定通りに進むと限らないのは当たり前の話である。


「コウちゃんはユヅの隣でいいよね?」


「なんだ、優月ゆづき。席の並びなど何でも良かろう」


 とは言え、予想外の出来事に直面した時、多くの人はその思考を一度停止させる。


 夏期休暇に突入した直後の週末。


 鹿謳院、近衛、柳沢、橘の四人は柳沢家の保有する別荘の一つで休暇を過ごす事となったので、今は別荘に向かう為に一度柳沢の屋敷に集まっている所。


 マイクロバスで移動するのは四人や運転手、道中での世話係だけではなく、もう一人。


「良くないよー、近くに来てくれないとコウちゃんの顔よくわかんないんだよー?」


「相変わらずうるさい奴だ。近くに来るなとは言っていない、俺の隣に座りたいなら好きにして構わん」


「うん、わかった!」


「ふむ。少し見ない間に背が伸びたか」


「139㎝だからもう大人かな?」


「いいや、大人を名乗るのであれば170㎝は欲しい所だな。励むがいい」


「コウちゃんもまた背伸びたよね?」


「俺か? そうだな、以前に優月と会った時よりは伸びたはずだ」


 私服姿の近衛鋼鉄の腕に、べったりと引っ付いて話しかけている女子が一人、その場にいた。


 柳沢美月を少しだけ小さくして幼くしたような女子は、近衛に会えた事が余程楽しいのか。


 ずーっと笑顔を浮かべたままで、その場に他にも人が居る事を完全に忘れているのか、ひたすらに近衛に話しかけてはニコニコしていた。


「柳沢先輩、あちらの子が此間話していた?」


「そそ、妹だよー。あの子昔から副会長にべったりだから放っといていいよ、無視無視。そのうちレンレンに気付いたら自己紹介してくれると思うー」


「優月ちゃんは今小学五年生でしたっけ」


「うんうん! ミカちゃんが前に家に来たのちょっと前だから、大きくなっててびっくりしたでしょー」


「ええ、少し。けれど、子供は少し目を離している間に大きくなるといいますからね。元気そうで安心致しました」


「元気元気! ちょー元気だよ。ちょっと歳が離れてるお陰で全然姉妹喧嘩とかはないんだけど、ちびっこのパワーはヤバイから二人とも気を付けてね!」


 近衛鋼鉄の腕にしがみ付いて、ぶら下がるようにして移動する柳沢美月の妹、柳沢優月。


 そんな二人の様子を少し離れた場所から見て、会話をする鹿謳院と柳沢と橘。


 和やかに進む三人の会話ではあるが、そんな中でも一人だけ頭の中がぐちゃぐちゃになっている人間が居た。


「(……何でしょうか、あの生物は。小さな美月みたいで可愛い優月ちゃんもそうですけど、優月ちゃんと談笑しているあの生物には見覚えがありませんね。普段、床上に積もる塵でも見るかのように人を見下す副会長が、あのような自然な笑みを浮かべられるとは珍しい……。いえ、初めて見ましたね。あのような表情も出来るとは想定しておりませんでした)」


 柳沢の妹に対し優しい眼差しを向ける近衛鋼鉄。


 近衛家に近付こうとする者や、単純にその美しい見た目に惹かれる者や、常人と異なる価値観で生きる様に憧れる者。


 近衛鋼鉄は男女問わずに強烈に人を惹きつける魔性の血をその身に流す人物ではあるが、彼自身は近付く人の全てを拒絶する。


「(あの男は、女子だからと情けや容赦を掛ける男ではありません。年若いと言う理由だけで子供に優しさを示す事もないと思っていたのですが、本当に意外です。優月ちゃんも痛く懐いている御様子ですけれど、私であればもっと甘やかして差し上げますのに。……どう言う訳か、優月ちゃんには昔から少し避けられているのですよね)」


 他者へ手を差し伸べる近衛を目の当たりにした鹿謳院は、笑顔はそのままに内心では酷く困惑していた。


「副会長と優月ちゃんは仲が良いのですね」


「仲が良いって言うか、ユヅが一方的にくっついてるだけかなー。副会長は構ってあげてるだけだろうけどねー。どうしたの?」


「いえ……何と言いましょうか。学園で見る雰囲気と少し違うように感じたものでして」


「あー、うーん、まあねー。近衛君ってば公私の区別が徹底し過ぎていると言うかー、昔からツンデレだしねー」


「ツンデレ?」


 ツンデレとは、ツンデレの事でしょうか? と、何やら意味不明な自問自答をする鹿謳院。


 そんな彼女の様子を見た柳沢がクスクスと笑うその近くでは、橘がそわそわしていた。


「(車で移動をすると聞いたからお菓子とトランプを持ってきたんだけど……。どうしよう、言い出すタイミングあるかな。想像していた車とちょっと違うのも気になるけど、近衛先輩が柳沢先輩の妹さんと喋ってるせいで、何をすればいいのかわからない。会長さんも柳沢先輩も綺麗だからちょっと近寄りがたいし、今更だけど二泊三日も何するんだろう、僕)」


 やたらと大きな家の庭先には移動用のマイクロバスが一台と、どうやら別荘でのお世話をする人達が乗った車が二台。


 煌びやかな男女の中に、ポツンと一人混ざっている自分と言う異物。


 そんな異物である自分の事を心配する橘は、ずっとそわそわしている。


「(それにしても、中学までは友達と泊りの旅行に行った事もなかったのに、やっぱり高校生は凄いんだ。泊りがけの旅行だなんて、そんなのアニメや漫画だけのイベントだと思っていたのに、本当にあるんだからびっくりだよ。でも、父さんも母さんもあんまり驚いてなかったし、このくらい普通なんだろうね。ちょっと緊張するし、何するのか全然わからないけど、生徒総会で壇上に立つよりは全然楽だから──うん、大丈夫そうだ!)」


 だが、多少そわそわしているものの、橘はやはりこの状況も受け入れてしまう。


 近衛鋼鉄に目を付けられて以降、数々の異常事態と非日常を目の当たりにしてきた彼にとって、学校の先輩達と泊りがけの旅行に行く程度の事はもはや異常としてカウントされなくなっている様子。


 ちなみに、両親は死ぬほど驚いていたが、それはアパレルブランド『UNLOCK YOU』の社長令嬢とお泊りの旅行に行く事に関してだけ。


 庶民である両親もまた近衛家や鹿謳院家の事など知っているはずもなく。


 なんだー、仲の良い友達グループで遊びに行くだけかー、びっくりちゃったー、と納得していた。


 と言う事で、橘蓮がそわそわしているのは緊張と言うよりもワクワクから来るものである。

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