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Level.040 反省


 近衛に責められた鹿謳院は何一つ言い返せず。


 上手くこの場を逃げ切ったかに思われた近衛だったが、今この部屋にはそんな近衛の言葉に物申す者が一人存在した。


「あ、でも、近衛先輩も最近なんだか返信遅いような、ですよね?」


「……なに?」


 近衛が座る椅子の斜め後ろに立つ男、橘蓮。


 近衛家や鹿謳院家の事を全然よくわかってない彼は、ある意味この中で最も強いジョーカー的な存在と言っても過言ではない。いや、過言かもしれない。


 しかし、無知故に発せられる言葉は思いの外に辛辣である。


 滅多に無いとは言え、たとえ失態があったとしても早々に責められる事のない近衛に対して遠慮なく指摘をする橘は、色々な意味で場を引っかきまわす事がある。


「あ、いえ! 統苑会の夏服移行について事後処理を頼まれて、それで一条先輩と一緒に仕事してたんですけど──」


「そうですよー! レンレンわからない事があって副会長に質問したのに返信なくて、雫に聞いたり私に聞いたりしてたんですよ? 返信しないとかひどー」


「なん……だと……?」


「いえいえいえ! 先輩が酷いとかそう言うんじゃなくて、僕は近衛先輩が忙しいのかなって思って、それで柳沢先輩に聞いた感じで」


 橘の話した内容に軽く目を開いて驚く近衛は、急いでスマホを手にする。


「(しまった。そうだ、リリンクに来た橘の質問を見ると同時にダリちゃんからのチャットも送られてきて、そちらに気を取られた俺は返信した気になって……。そうか、そうだな。そうだった。なんたる失態か)」


 右手に持ったスマホを操作して、数日前に送られてきた橘の質問を確認した近衛は左手で軽く顎を撫でる。


「済まなかった、橘。色々立て込んでいたものでな。以後気を付けよう」


 そして、鹿謳院相手であれば中々出て来ないであろう謝罪の言葉を、素直に橘に述べる事に。


 だがしかし、それが良くなかったのかもしれない。


「あら? 最近の副会長は、常にスマホを片手に読書をされおいででしたのに。スマホを手に持ちながら後輩からの便りを見逃すなど、可笑しな話ではありませんか。何がそんなに忙しかったのでしょうね」


 自分が責めればぜっっったいに謝罪の言葉を口にしないであろう近衛が、後輩男子にあっさり謝罪を述べた事が面白くなかった鹿謳院。


 更に、つい先程も職務怠慢であると突かれたばかりで若干ムカついていた事もあってか、重箱の隅をレイピアで突き壊すように近衛を詰める事にした。


「貴様が人の事をとやかく言えるのか? 何に嵌っているのかは知らんがスマホばかり手にして、統苑会の会長が聞いて呆れる」


「その言葉をそのまま返して差し上げても宜しいのですよ? 副会長こそ、日がな一日スマホを眺めて笑みを浮かべてばかり、歴史ある神聖な統苑会執務室でどのようなサイトをご覧になっている事やら」


「鹿謳院こそどうなんだ。気色の悪い声を上げたかと思えば口許を緩め、なんと締まりのない」


「口を開けば他人の粗を指摘してばかり、なんと狭量な方でしょうか」


「指摘されるような粗を見せるなと言っている」


「その言葉そっくりそのままお返し致します」


 互いに溜まっている鬱憤を吐き出すように、静かな口調で繰り広げられる口喧嘩。


 しかし、研ぎ澄まされた刃のような眼光を静かに結ぶ鹿謳院氷美佳と近衛鋼鉄から放たれるオーラは、尋常ではない。


 静かな怒りを眼光に乗せた、視線だけで相手を殺さんばかりの眼光は物理的な力を持っているかの如く、執務室の空気を凍てつかせる。


 鹿謳院と近衛、かつて学園を二つの派閥に真っ二つに引き裂いた統苑会次期会長選挙の空気を知っている柳沢美月は、今の二人が纏う空気にその時の面影を感じえ、ただ唾を飲みこむ事しか出来ず。


 しかし、どうやって場を鎮めようかと考えた柳沢が動く前に、平然と口を開いた者が一人。


「ちょ、ちょっと駄目ですって! 喧嘩はよくないですよ! 近衛先輩も会長も、二人とも最近スマホ見過ぎ何だと思います! あ、その、いえ、勉強とか仕事に影響出るような使い方は良くないと思いますよ? 僕もテスト前にゲームやってると親に怒られますから、強くは言えないですけど。良くないと思います!」


 うわー、この二人また喧嘩してるー。


 と思った橘蓮は、鹿謳院と近衛の周囲の者達が言いたくても言えなかった言葉をさらりと口にした。


 橘蓮は確かに凡人ではあるが、優しい両親に育てられた彼の中には善悪の区別がしっかりと出来上がっている。


 悪い事は悪い、ダメな事はダメ、良い事は良い、楽しい事は楽しい。


 と言う事で、今の二人は普通以下に駄目な生物なので、普通に注意しただけの話。


「……そう、ですね。庶務の仰る通りかと。少々度が過ぎていた事は……はい、自覚しております。統苑会の会長ともあろう者が節度を忘れ娯楽に耽るなど、返す言葉も御座いません」


「……まあ、なんだ。確かにお前の言う通りだ、橘。それと鹿謳院も悪かった、このところ俺も少々気が緩んでいた事は認める。ツールは使う物であり、それに振り回されてはならん。当然の話だった」


 一般庶民である橘からの裏表も何もない叱責。


 ただ上流階級に属するだけの人間であれば煩わしいと感じて終わる叱責も、真に天上に生きる二人にとっては、民からの叱責は中々に堪えるものがある。


「(鹿謳院家たるこの私が平民から諫言かんげんを立てられるとは……自覚がある分、自身の未熟が身に沁みますね。我を忘れる程にスマホに熱中してしまうとは思いもしませんでした。……この私を惑わすだなんて、魔性を秘めた子ですね、セレナ)」


「(流石は橘、この俺を相手に堂々たるものだ。しかし、民に指摘されるレベルでスマホにのめり込んでいた事は反省せねばな。ゲーム内のチャットをゲームの外で、スマホで出来るだけだと侮ったか。よもやこの俺をここまで夢中にさせるとは、恐ろしい男だ、ダリちゃん)」


 橘蓮に普通に叱られた事で我に返った鹿謳院と近衛はその後、自省の念に駆られスマホでのチャットを控えるようになった。


 まあ、当然ながら辞める気などさらさらないわけだが。


 お喋り大好き女子である鹿謳院は微妙な所だが、少なくとも橘蓮に叱責された事で我に返った近衛鋼鉄は当初の目的を思い出したようで、スマホにインストールされたアプリを軸に再びの侵攻を開始する事を決意。


 ぐねぐねと脱線を重ねた夫婦特定ゲームは、二人が冷静になった事でいよいよもって決着の時が──!


 近付いていたら良いなと思う。




 こうして始まってしまった、近くて遠い仲良し夫婦の『探り愛』。


 誰にも言えない二人だけの秘密の特定ゲームは、夏休みと言う新たな舞台に戦場を変えて、周囲の者を巻き込みながら緩やかに加速していく事となる。

STAGE.Ⅰ『合縁奇縁のセレナーデ』のクリア、おめでとうございます。


以下、STAGE予告。


次なる舞台は、海に花火にお祭りに大忙しな夏休み。

セレナの中身に急接近する鹿謳院に、姿を現す統苑会の残りのメンバー。


近衛鋼鉄に付き従う最強にして最狂の従者が盤面に降り立った事で、仲良し夫婦の『探り愛』は難易度を上げて、新たなSTAGEへ!


それでは続きまして、Level.40以上の方はどうぞ前へ。

混沌吹きすさぶ STAGE.Ⅱ『半知半解のカプリチオ』をお楽しみください。


仲良し夫婦の『探り愛』に興味を持って貰えれば、ブックマークして頂けると嬉しいです。

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