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Level.039 ダメになってしまった夫婦


 三学期制ではなく二学期制を採用している聖桜学園も、七月の中盤。


 直に夏期休暇に突入する前期の中盤を迎えていた。


「副会長」


 今まで緑茶の入った湯呑を両手で持って窓を見ていた鹿謳院は、湯呑の代わりにスマホを両手で持つようになり。


「なんだ。俺は今忙しい」


 それまで左手で本を持ってのんびりと読書をしていただけの近衛は、今まで通り左手に本を持ちながら右手にスマホを持つスタイルに変化。


 読書とチャットを同時にこなすようになっていた。


 要するに凄く馬鹿になった二人ではあるが、やっている事自体は中々に高度かもしれない。


「直に夏期休暇に入りますが、その前に一度、生徒総会を開きまして、聖桜の規律を説こうかと考えております」


「夏休みに羽目を外し過ぎるな、と言うアレか。小学生ではあるまいし、中学高校にもなって分別のつかぬ馬鹿共の為にわざわざ時間を割く必要はない」


「一部同意致しますが、それでも、生徒に正しき道を示す事も統苑会の務めです」


「統苑会にそのような義務はない。我らは生徒の意思を汲み取りそれを総括、決定。学園側に意思を伝え、教師陣経営陣を服従させる為にある」


「……いえ、そのような組織でもありませんよ。それは副会長が勝手にやっている事であり、統苑会の職務から逸脱しているのでお気を付けください」


 生徒総会を開く為にはあれやこれやと書類を作成したり、講堂の使用許可を始めとした様々なスケジュール調整をする必要がある為、微妙に面倒臭い。


「(会長である私が総会を開くと言えば黙って準備に取り掛かれば宜しいのに。もちろん、私が動いても構わないのですが……。この所少々立て込んでおりますからね)」


「(何が生徒総会だ。休暇をどのように過ごすかなど各々の好きにさせれば良い。俺に演説をしろと言っているわけではないから動いてやってもいいが……。最近は少々忙しいからな。総会を開きたいなら勝手に準備をしろ)」


 氷の会長と鉄の副会長。


 氷鉄の統苑会と呼ばれ聖桜の生徒より莫大な尊敬を集めている二人であったが、楽園の旅人と呼ばれるアプリをスマホに入れて以降、鹿謳院と近衛はちょっと駄目な人間になっていた。


 いや、割とダメな人間になっていた。


 初めこそSNSに変な嵌り方をするなと注意する側だった近衛も、毎朝の”おはようチャット”や”一日頑張ろうねチャット”や”今日も良い天気だねチャット”をする度に、全力で返信をくれるダリちゃんとのやり取りに嵌っており。


 セレナ:だからね、運営さんにはその辺りを頑張ってほしいなって

 マンダリナ:そこまでアバター装備に拘ってない俺でもそこは同意だな

 セレナ:だよねだよね! 髪型を変える装備を頭に着けちゃうと他のアクセサリが頭に付けられないの絶対勿体ないよね


 プレイ時間はそれなりに多いと言え、必ずしも毎日一緒に遊べなかったセレナとマンダリナにとって、ゲームにログイン出来ない日でも毎日チャットで繋がれるようになった今は、新婚生活のようなもの。


 ゲームに対する些細な愚痴をセレナが溢して、それを肯定して受け入れてくれるマンダリナの優しさに、近衛が気持ち良くなっているように。


 マンダリナ:てかさ、うちのレベルの高校でも全然言う事聞かない我儘ばっかり言う奴時々いるけど、マジで意識高く持って欲しいよな

 セレナ:わかるー! こっちは忙しいから色々考えて話してるのに、自分の事ばっかり考えてる人いるよね

 マンダリナ:マジでそれw 時々こっちが間違ってるのかなって思う事もあるけど、変な奴いるよな

 セレナ:うんうん。ダリちゃんの感覚が普通だよ!


 現実の愚痴を軽く溢せば、それに共感して慰めてくれるセレナの優しさと器の大きさに、鹿謳院が気持ち良くなる。


 尤も、鹿謳院が溢す現実の愚痴の大半は近衛に対するもので、それをセレナが慰めているだけではあるが。


 何はともあれ、お互いに目の上のたんこぶである人間と常に同席しているせいでストレスが溜まっている鹿謳院と近衛にとって、いつでもどこでも自分を励ましてくれる妻(夫)とのやり取りは最高に楽しく、嵌らないわけがなかった。


 だがしかし、何事にも限度はある。


 現実で言い合いを続けながらスマホで楽しくチャットをしている、わけのわからない二人の耳に、コンコンと執務室のドアを叩く音が聞こえてきた。


「どうぞ」


「こんにちはー!」


「失礼します!」


 入室を促す近衛の声を聴いて執務室に足を踏み込んで来た生徒は二人。


 統苑会広報の柳沢美月と、統苑会庶務の橘蓮。


 全く関係ないのに、鹿謳院と近衛のいざこざに巻き込まれて色々と疑われている二人が姿を現した。


 そんな二人の姿を確認するや否やチャットを終了して、アプリを落とし慌てて机の上にスマホを置いた鹿謳院と近衛。


「ああ、なんだ、良いところに来たな」


「(あぶねえ! 橘にせよ柳沢にせよ、移動しながらチャットをしているとは思わなかったぞ。仕方ない、今度チャットする時はそれとなく注意をしてやるか。歩きスマホは危険だからな)」


「いらっしゃい、美月、橘君」


「(危うく朝食べた物が口から躍り出る所でしたよ、美月。チャットの最中にこちらに赴くとは、今のは中々に肝を冷やしましたね)」


 などと考え、どんな時でも超然としている鹿謳院と近衛は僅かに目を泳がせる。


 鹿謳院はともかくとして、普段は愛想笑い一つ浮かべる事のない近衛が左手の本を机の上に置いてぎこちない笑顔を浮かべる、と言う微妙に挙動不審な二人の様子にツッコミを入れるべきか迷う柳沢と橘。


「(なんこの空気……。え? ミカちゃんと副会長もしかしてナニかやってた? 大体いつもこの部屋で二人きりなのは知ってるけど、え、そう言う感じ?)」


「(今日の近衛先輩はなんだか機嫌が良さそうかも。何か良い事でもあったのかな)」


 と思ったが、微妙な空気に気付いたのは柳沢だけで、橘は全然感じ取っていなかった。


 昨日今日聖桜に入ってきた橘が、二人の愛想笑いを見抜けないのは仕方ないと言えば仕方ないのだが、付き合いの長い柳沢には全然通じていない様子。


「……ミカちゃんと副会長、スマホで如何わしいサイトでも見てました?」


「開口一番なんだそれは」


「ふふ、私はメールチェックをしていただけですよ」


「ですよねー! それじゃあいいんですけど、副会長の紅茶貰ってもいいですか? ありがとうございますー」


 軽く質問をした柳沢はそれ以上の追及を避け、いつも通り過ごす道を選ぶ。


「(なーんか、隠してるっぽいけど……。怖いし、いっかー)」


 いくら仲良しの友達とは言え“親しき中にも礼儀あり”である。


 近衛家と鹿謳院家にたてつくような真似はしないし、藪蛇だけは避ける柳沢。


「許可を出す前に勝手に茶を入れるな。何をしに来たんだ、全く」


「あ、それそれ! そうですよ、忘れる所でしたよ」


「来て早々忘れるな、何の用だ」


 マイカップにティーバッグの紅茶を淹れてゆっくりソファーに座る柳沢と、とりあえず近衛の近くに移動して黙って立っている橘。


「そろそろ夏休み入るんで、総会開くんですよね?」


「ええ、今丁度その話をしていた所ですよ」


「そうなんですか? もおー、話してたなら早く指示下さいよー」


「それは、その、申し訳ございません。一応副会長に指揮をお願いしようと思っていたのですが」


 チラリと近衛を見る鹿謳院と、その視線を無視する近衛。


「俺以外の者に伝える時間くらいはあったはずだぞ、鹿謳院。最近の貴様は暇があればスマホを手にしているが、統苑会の会長ともあろう者が職務怠慢ではあるまいな」


 そして、自分の事を棚に上げた近衛はそのまま鹿謳院を責める。


 非常に最低な行為をしている近衛ではあるが、鹿謳院としても最近の自分が学校でスマホばかり触っている事を自覚している為、ゴクリと唾を飲み込む事しか出来ずにいた。

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