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Level.038 裏と表と夫婦の会話


「相変わらず無駄に朝の早い奴だ」


「おはようございます、副会長。本日もゆっくりと登校されたのですね」


 統苑会執務室に到着した近衛がノックもなしに扉を開けると、そこにはやはり鹿謳院がいる。


 いつも通り、早朝の登校マウントと言う死ぬ程どうでも良い挨拶が交わされるのだが……。


「(スマホか。珍しいな)」


 執務室に入った近衛がチラリと鹿謳院を見ると、普段はパソコンで何らかの仕事をしているか、茶を飲んでいるだけの女が両手でスマホを持っている光景が目に入る。


「(あの様子は何かの連絡待ちと言った所か。待てを強要されている犬ではるまいし、スマホなど通知音がなるか暇な時に見るだけにすればいいだろうに。……多少なりともSNSに慣れておけと言ったのは俺だが、変な嵌り方はしてくれなよ)」


 そんな事を考えつつ、両手で持つスマホをじっと見つめる鹿謳院の様子を不気味に感じながらも、自分の執務机に着いた近衛もまた──。


「(登校早々スマホですか。珍しいですね)」


 ──鹿謳院から見られていた。


「(スマホを見る時間があるなら本を読むと仰られていた副会長にしては珍しい……と思いましたが、電子書籍でも読んでいるのでしょう。最近はスマホで本が読めると聞きま──あ!)」


 セレナ:朝の学校って静かでいいよね!

 マンダリナ:わかる。放課後の校舎ともちょっと違う静けさがあるんだよな


 セレナからのチャット通知がスマホ画面に現れた瞬間、鹿謳院の指は高速で動き出す。


 スマホの操作に慣れていない?


 それは昨日までの鹿謳院氷美佳である。


 常人の何百倍、何千倍もの速度をもってあらゆる全てを学習する彼女が一度その気になれば、スマホのフリック入力操作のマスターなど朝飯前だった。


 片手操作が主流となっているスマホの操作も、効率を求める彼女は両手を巧みに使う事で、俗人では到底不可能な人ならざる速度でチャットを打つ。


 今の鹿謳院は、フリック入力の世界大会があれば軽く優勝出来る程にマスターしている。


「うお」


 読書の前に軽く話題を振っておこう。


 そう思った近衛だったが、ダリちゃんに向けてチャットを送信した彼が瞬きをしている間に返信の文章が現れた事で、思わず声を出して驚いてしまった。


「如何なさいましたか、副会長」


「どうもせん」


「そうですか。であれば、個性的な声を出すのをお辞め下さると助かります」


「口から少し声が出ただけだろうが、いちいち五月蠅い奴め」


「意味もなく奇声を上げられそれを聞かされる身として、一言ご注意をと思っただけですよ」


「何が奇声だ。吐息や溜息程度誰でも溢すだろうが。貴様が気にし過ぎているだけだ」


 いつも通り下らない言い合いをする両者が見つめる先にはスマホがあって、鹿謳院と近衛が現実世界で言い合いを続けるその裏では、セレナとマンダリナが仲良くチャットをしていた。


 セレナ:びっくりしちゃった、ダリちゃん返信はやいねw

 マンダリナ:ほら、あれじゃん? 普段からスマホは使い慣れてるしさw

 セレナ:そうなんだ? 私は程々だからちょっとチャット遅くてごめんね

 マンダリナ:チャットなんて急いで打つようなもんじゃないんだから、時間ある時に返してくれればいいって

 

 現実世界で言い合いを続ける一方で、楽園の旅人アプリの中では仲良くチャットをする。


 最早よくわからない事になっている二人の関係ではあるが、二人の顔がいつもよりもずっと楽しそうな色を浮かべている事は間違いなかった。


 そうしてチャットを続けていると、今や様々なSNSで当たり前となったスタンプと呼ばれる可愛らしい絵を送る機能を、何となくセレナがポンと使う。


可愛かわっ」


 すると今度は、セレナが押下した『楽園の庭(エデンズガーデン)』のマスコットキャラクターである、太った鳥のスタンプを見た鹿謳院が変な声を上げた。


 多くの女子がそうであるように、鹿謳院氷美佳も可愛い物は好きな方である。


 そんな訳で、スタンプと呼ばれる機能を知らなかった彼女は、突然チャット欄に現れた楽園の庭のマスコットキャラである『デブバード』を見て、目を輝かせてしまう。


「何を奇声を上げている。気味の悪い奴め」


「……失礼致しました」


 だがもちろん、そんな声を上げれば当然ながら突っ込まれてしまう。


 その結果、セレナとのチャットで盛り上がった気持ちを、セレナの中の人間である近衛によって盛り下げられる、と言う複雑な会話が成立していた。


「人に奇声を上げるなと言っておきながらそれか」


「声が漏れてしまう事はよくあると、副会長も申されていたではありませんか。そうですね、今日は少し喉の調子が悪いのかもしれませんね」


「俺の場合は溜息だったが、先程貴様が漏らした声は奇声だ。何がカワッ、だ。鹿謳院家の者が女子のような声を上げおって」


「(女子ですけど?! よりにもよって喉の調子が悪いかもしれないと言っているのに、出て来る言葉がそれですか? この男、私の事を何だと思って──は! アプリチャットですとこのようなスタンプが沢山が打てるのですね! 何と言う愛らしさでしょう、セレナにぴったりではありませんか!)」


 マンダリナ:マジでウォーカーアプリ入れて良かったわー

 セレナ:うんうん、でも何だか照れちゃうよねw 同じ学校の何処かにダリちゃんいるんだなーって思っちゃうw

 マンダリナ:それはある。でもまあ心配すんなって、セレナの事探すとかそう言うのはしないからさ

 セレナ:うん!

 マンダリナ:インベントリのアイテムを取引掲示板に登録出来るから、昼の間に要らないアイテム捌けるのもいいよな。夜にその手の作業してると遊ぶ時間ちょっと減るしさ


 好きな人や仲の良い人とするチャットは楽しく、思わず時間を忘れてしまう。


 特に今まで碌にSNSに触れてこなかった鹿謳院にとって、現実の世界のスマホを使ったやり取りには未知の楽しさが有る様子。


 その為、SNSでのチャット慣れをしていない人にありがちな“何処で会話を終わればいいのかわからない現象”に陥っている彼女は、セレナのチャットに全部全力で返信していた。


「(この怒涛のチャットは橘ではなく柳沢とのやり取りを彷彿とさせるが……。ダリちゃんめ、この調子では日中もずっと俺とのチャットをするつもりではないだろうな。妻として悪い気はせんが、学校にいる間は学業に専念すべきだろうよ。橘にせよ柳沢にせよ、ゲームやSNSで身を崩すような阿呆ではないだろうが、些か舞い上がっているように感じるな)」


 そんな事を考えながらスマホを操作する近衛の視界の端には、初めて本格的に触れたSNSに舞い上がっている阿呆が、心底楽しそうにスマホ画面を見ていた。


 セレナ:じゃあ、今日も一日学校がんばろー! またお昼か夕方にね! 勉強頑張らない人は嫌だからね?

 マンダリナ:当然w 授業中は授業に集中するって、それじゃお互い頑張ろうな


 デフォルメされた楽園の庭のNPCキャラクターが『えいえいおー!』と手を挙げるスタンプをセレナが送れば、少し遅れてマンダリナも同じスタンプを返す。


 そうして、セレナとのチャットを楽しんだ鹿謳院に近衛がチクチクとした言葉を浴びせる。


「スマホばかり見ていないで、もう少し為になる時間の過ごし方を心掛けた方が良いぞ、鹿謳院」


「副会長こそ──いえ、何を糧とするかは人それぞれでしょう。インターネットを通じて他者と繋がる事は、現代社会を生きる人類に必要な素養ではないでしょうか」


 自分だってスマホばかり見てるじゃん!


 と言おうと思ったが、いつの間にかスマホを机の上に置いて左に持った本に視線を向けていている近衛を見た鹿謳院は、自分を肯定する言葉を並べた。


「一理あるな。だが、何事も過ぎれば毒となり得る。気を付けろよ」


「言われずとも存じております」


 とか偉そうな返事をした鹿謳院だったが、この日の学校は殆どの時間でスマホを見て過ごす事となって、使用人同様にクラスメイトもざわついていたとか、いないとか。

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