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Level.037 科学の力ってすごい


 楽園の旅人と呼ばれるアプリを導入した翌朝。


 朝目が覚めた鹿謳院は想像を絶する現実に直面していた。


「は、はわわわわ」


 生まれてから一度も出した事のないキャラクター崩壊を疑われるような声を口から漏らした彼女は、スマホ画面に見慣れぬ通知がある事に気が付き、何だろうと思ってタップした。


 セレナ:おはようダリちゃん! 今日も一日頑張ろうね!


 通知をタップすると同時に楽園の旅人アプリが自動的に起動して、チャットを表示したのである。


「おはようございます!」


 そんなチャットを見た鹿謳院は両手で持ったスマホに向かって挨拶をしていた。


「あ」


 だがしかし、大きな声で挨拶をした直後に色々と気付いたらしい。


「チャ、チャット、チャット、チャット」


 寝起きのせいで若干頭が回っていないのか。


 壊れたロボットのように同じ言葉を繰り返した鹿謳院は、セレナに挨拶を返そうとチャットを打ち始める。


「(何と言う事でしょうか。朝起きて遠く離れた妻と挨拶を交わせるだなんて、何と素晴らしい事でしょう。これがSNS。これが夫婦の会話。人類の科学はここまで進化していたのですね)」


 少しだけ朝に弱い鹿謳院ではあるが、スマホに届いたセレナからのおはようチャットを見た瞬間に意識は完全覚醒。


「五時過ぎですか。何と気持ちの良い朝でしょう」


 普段はしばらく布団の上でゴロゴロとしてから着替える彼女の顔は、起床直後だと言うのに活力に満ち溢れている様子。


 いつもであれば目を覚ます為に浴びているシャワーも、この日は完全に目が覚めている状態で気持ち良く浴び。


 上機嫌に鼻歌を奏でる彼女の様子に、和服姿の凛とした使用人の多くもその頬を緩めていた。


「ふむふむ」


 だがしかし、シャワーを浴び身支度を整え朝食を取った後。


 そろそろ学校に行こうかと言う時間になっても、セレナからの返事はなく。


「おひいさま、如何なさいましたか?」


「いえ、たいした事ではございません」


 いつもは興味すら示さないスマホを持ち歩き、ヘアセットの間も両手で大切に持ったスマホを眺めるお嬢様を見た使用人達も首を傾げ始める。


 いつもと違う様子のお嬢様。


 何かを待つような、どこか浮ついたような、どこか浮足立ったような様子のお嬢様。


「婆や」


「はい、お嬢様」


「たとえば、朝の連絡を──いえ、忘れなさい。学園へ向かいましょうか」


「いえいえ。何か御座いましたら何なりと」


 何かを言いかけては言葉を飲み込むと言う、生まれてこの方、お仕えしてから一度も見た事もないお嬢様の挙動を目の当たりにした事で、使用人の間には僅かな緊張が走る。


 そして、多くの使用人は何処か落ち着きのない様子のお嬢様を見て思っていた。


 これはもしかしてアレじゃないの? 


 氷美佳お嬢様が誰かに懸想されているのではないか、と。


 いつかはそんな日も来ると思っていた。


 寧ろ、高校二年までそんな兆候が見られなかった事に若干の不安を覚えていたものの、いざこの時を目の当たりにすると何と声を掛けるべきかがわからない。


 そんな事を考える使用人達は、とりあえず見守る事に。


 自分たちがお仕えする若く美しい主にも、遂にこの時が来たのだと。


 主の乗る車を見送った使用人達は、車が見えなくなると同時に盛り上がった。


 氷美佳お嬢様は家臣からの信頼も大変厚く、皆大好きなお嬢様の御様子を見た家臣は口々にきゃーきゃーと盛り上がっていた。


 もちろん、完全に間違っているとは言い切れないものの、現実は少し違う。


「(セレナからの返事がありません。何か嫌われるような事をしてしまったのでしょうか。い、いえ、私はただセレナの挨拶に返信をしただけで、何も可笑しな内容は送っていないはずです。ここで続けざまにチャットを送信する手もありますが、しつこい男は嫌われると申しますし、ですが──)」


 学校へ向かう車の中、スマホ画面を凝視する鹿謳院氷美佳ではあるが、残念ながら彼女がいくら待った所で、セレナこと近衛鋼鉄からのチャットがあるはずはない。


 四時に起床してからしばらくの間、近衛は肉体の鍛錬に勤めている。


 故に、おはようチャットを送った後は鍛錬が終わるまでスマホを見る事は絶対に無い。


 対して、ようやく昨日、本当の意味で初めてSNSに触れた鹿謳院。


 彼女がSNSを始めばかりの人にありがちな、返信が来なくて不安になる状態に陥っているのに対して、近衛は多少なりともSNSを使いこなして現代に適応している為、上手にSNSと向き合っている。それだけの違い。


「お」


 とは言え、ダリちゃんからのチャットはやはり嬉しいようで、鍛錬を終えてスマホを確認した近衛はすぐに返事をする。


「なるほど」


「(五時過ぎに起きるのか。ダリちゃんも早起きをするタイプなのだな、好感を持てる)」


 チャットが送信された時間を確認した事で、規則正しくきっちりとした人間を好ましく思う近衛は、マンダリナが早起きするタイプの人間だと考えて好感度を上昇させる。


 そして、その後いつも通りシャワーを浴びれば、一人でササっと朝食を取った近衛は、いつもより楽しい気分で学園に向かった。

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