Level.035 楽園の旅人
ところ変わって『楽園の庭』。
平和な時間が流れる幸せな世界、仲良し夫婦の間にも新たな進展があった。
セレナ:公式アプリですか?
マンダリナ:そそ。あんま考えた事なかったんだけど、これが中々便利でさ。セレナも知ってるのかなって思って
セレナ:あれだよね? 『楽園の旅人』だよね?
マンダリナ:そうそう、それそれ
セレナ:だよね、少し前にリリースされたもんね!
マンダリナ:らしいな。今年の四月頃で丁度色々と忙しかった時期だったから、あんまりゲーム追えてない時だったんだよなー
セレナ:うんうん。すれ違いが多くてちょっと寂しかったよね
学校でスマホを弄っている際にゲームのアプリを見つけた鹿謳院は、早速その話題をセレナに持ち掛けていた。
マンダリナ:俺もセレナと遊べなくて寂しかったけど、四月はどうしても忙しくなるからなー
セレナ:あ、責めてるとかじゃないからね! 私もあんまりログイン出来てなかったし!
マンダリナ:わかってるわかってるw
セレナとマンダリナのデートスポットとなっている、草原の片隅にある一本の大きな木の足元。
遠くに見える動物やモンスターや、それらを狩っている初心者と思しきプレイヤーを眺めながら、ゆったりと落ち着いたチャットが展開されるゲーム画面とは裏腹に。
「(ようやく“ウォーカー”の話題を振って来るとは。思ったより時間がかかったな、ダリちゃん)」
ゲーム画面に映るマンダリナを見る近衛の表情は、獲物を前にする狩人然としていた。
「(だがそれも仕方あるまい。四月と言えば統苑会が多忙を極める時期の一つだ。それも中学からの内部進学ではなく高校から入学した外様である橘であれば、環境の変化について行くのがやっとだろう。仮にダリちゃんが橘ではなく柳沢だったとしても、四月の入学直後の広報はかなり精力的に動くから、やはり忙しい。二人が忙しいのは納得できる)」
マンダリナの中身を橘蓮か柳沢美月のどちらかまで絞り込んだ近衛は、マンダリナがゲーム外アプリである『楽園の旅人』の話を振って来るのを、結構前から今か今かと待っていた。
私達はお互いにゲームの外側についてはあまり詮索しないようにしようね! と。
自分からそう言ってしまった手前、お互い同じ学校に通っている事が分かった直後にゲーム外でもチャットできるアプリを使おうなんて提案すれば、リアルに興味津々である事がバレバレになる。
と言う事で、あくまでも現実のダリちゃんに興味のない振りを続ける為にも、彼の方から話を振って来るのを我慢強く待っていたのである。
「(ダリちゃんが橘であっても柳沢であっても、アプリをインストールしたと言う事実さえ入手できればそれで良い。後はスマホを確認する機会を待つだけで俺の勝利が確定する。このルートも考えていないわけではなかったが、まさかこうも簡単に決着が付くとはな)」
「ふふふ」
紅茶を片手に不敵に笑う近衛が勝利を確信していた、一方その頃。
「(だ、大丈夫ですよね)」
セレナの反応を窺いながら慎重にチャットを進める鹿謳院は、ゲーム画面を見ながら唾をのみ込んでいた。
「(いきなり楽園の旅人の話題を出して、それを勧めるだなんて。私が現実のセレナと繋がりを得たいと考えていると、引かれていないでしょうか。これも全てはセレナと私の将来の為なのです。美月がセレナであると分かれば、私も自分の事を打ち明けるつもりですので、リアルを詮索するような真似をどうか許して下さい)」
ゲーム内では、マンダリナが楽園の旅人と呼ばれる便利なアプリについて力説。
それを“ふむふむ”と頭を軽く揺らす可愛らしいエモートをしながら聞いているセレナがいる。
「(やはりセレナはあまり興味がないようですね。プライベートの時間だけではなく、学校にいる間もスマホを使ってチャットをしたり、ゲームのアイテムを取引するだなんておかしいですよね、わかります。スマホでゲームをするだなんて、そんな事は普通ではありませんものね。ですが、電話とメールと写真、最近のスマホはそれ以外にも色々な事が出来るのですよ、美月)」
平成中期からタイムスリップして来たかのようなスマホ知識の鹿謳院は、頑張ってアプリを勧めようとチャットをする。
今やオタクかどうかに関係なく、中高生がスマホで簡単なゲームをするのは当たり前なのだが、鹿謳院がそんな事を知っているはずも無かった。
「(楽園の旅人はフレンドとチャットをするだけのアプリではないのです。アカウント連携をする事でゲーム内のキャラクターが保有するアイテムの在庫を確認できて、それをマーケット掲示板に登録して売買取引が出来たり、アプリを連携するだけでゲーム内のキャラクターインベントリが少しだけ拡張される大変お得なアプリなのです。私はこのお得なアプリを美月に勧めたいだけなのです)」
ゲームの公式もびっくりするような見事なプレゼンをチャットで展開するマンダリナと、それに聞き入るセレナ。
だが、鹿謳院が知らないだけで当然ながらマンダリナの目的とセレナの目的は一致している。
セレナ:えっと、ダリちゃんもウォーカー入れたんだよね?
マンダリナ:うむ。さっきスマホに入れたばかりでまだ使ってないんだけど
セレナ:おー! あ、ホントだ! ダリちゃん表示されてる!
マンダリナ:表示?
セレナ:うんうん、私も今入れてみたよー!
と言う事で、鹿謳院が半日かけて掛けて考えたプレゼンチャットではあるが、そんなに力説しなくてもスムーズに進んだ。
むしろ、この手のアプリに慣れていない鹿謳院はここから先の勉強をしておくべきだったかもしれない。
マンダリナ:表示表示ー
セレナ:ウォーカー連携してるフレンドはフレンド同士で表示されるんですね!
マンダリナ:おー
たった今アプリを入れた様子のセレナ。
そんなセレナがゲーム画面できゃっきゃきゃっきゃと楽しそうにチャットをする様子を見た鹿謳院は、PCモニターを見ながら両手に持ったスマホを眺めていた。
「えーっと……?」
スマホに入っているアプリは電話、メール、写真以外に知らない。
唯一スマホに入っている『lit-LINK』と呼ばれる若者に人気のSNSアプリも、自分で導入したわけではない。
柳沢美月が導入して使い方を懇切丁寧に教えてくれた事で、どうにか『いいね』をタップ出来る状態。
果たしてそんな鹿謳院氷美佳が、オンラインゲームと連携する事でチャットや取引やアイテム管理と言った多種多様な機能を持つアプリをいきなり使いこなせるだろうか?
「(表示……表示? フレンドフレンド、フレンド……これ、触っていいのでしょうか)」
普通に無理だった。