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Level.034 笑顔に理由を求めないで


 そして、そんな沈黙を破ったのは意外にも近衛の方。


「──……まあ、なんだ。大切なのは笑う為の環境づくり、笑う為の土台であろう。俺とて笑顔の価値は理解している。多くの民が笑顔を浮かべられる社会は理想そのものだからな」


「そうですね。今は技術の進歩に多くの人々の精神が追い付いていませんからね。特に年若い世代の者は、インターネット上に溢れる要らぬ軋轢に不要な不安を掻き立てられ、無用な悩みに苦しんでいると聞きます」


「ふむ、SNSの事か」


「はい。私には知識しか御座いませんが、太古より見栄と虚勢、虚飾に塗れたことでその身を亡ぼす方々は多くおられましたからね」


「全くだ。俺や鹿謳院の場合は立場上どうしても張らざるを得ない虚勢も存在するが。しかし、そうだな、個人間でのマウントの取り合いに疲弊している民を見ると何とも言えん気持ちになる事はある」


「同意致します。ですが、男性はSNSを使って好みの女性を漁られるのですよね? それもやはり見栄や虚勢に繋がる原因になっているのではないでしょうか」


「……時々気になるが、貴様のその知識の偏りは何処から来ているんだ」


 微かに首を傾げる鹿謳院を見て、近衛が溜息を吐く。


「中にはそういう男もいるだろうが、大多数はSNSで女漁りなどしとらん。第一に、現実の友人知人とネット上で繋がる事を目的とした者が殆どだ。そして、第二に共通の趣味嗜好を持つ見知らぬ第三者との接触。女漁りや男漁りは第三くらいの目的だろうよ」


「なるほど、友人知人との交流を目的としたツールだったのですね。ですから、私のリットリンクには誰からも連絡が来ないのですか」


 友達と呼べる存在が殆ど居ない鹿謳院氷美佳は近衛の言葉に感心して、両手で持っていた湯呑を置くと、代わりに持ったスマホ画面を見ながら小さく頷いた。


 そして、そんな彼女の様子を見た近衛は思う。


 友達いないんだな、と。


 だが、それを口にしたが最後、自分の頭にも鋭利なブーメランが刺さる事を経験上理解していた近衛は、黙ってやり過ごす事にした。


「現代人を自覚するのであれば多少はSNSにも触れておけ。年を取ってから嵌るような事になれば痛いだけでは済まない事もあり得るぞ」


「それは困りますね。そうですね、多少なりとも触れていく事に致しましょう」


「ああ、そうしろ」


 近衛の言葉に頷き、湯呑の代わりにスマホを両手で持った鹿謳院。


 しかしながら、普段から必要な事は電話とメールだけで済ませてしまう彼女は、スマホの必要性を全くと言ってよい程に感じておらず、スマホの操作もアプリの操作も覚束ない。


 そんな、現代日本の女子高生とは思えない覚束ない操作をする彼女を“マジかこいつ”と言う目で見る近衛。


「(まあ、そうだな。この女がスマホを触っている姿を見たのは、片手で数えられる程度だ。単純に使い慣れていないのかもしれんな。古典を愛する鹿謳院家の人間らしいと言えばらしいが、どうせ自宅での娯楽も綾取りや手毬、後は花札と言った所か。この女がテレビゲームなどやれば腰を抜かして、泡を吹きそうだな)」


 近衛がそんな事を考えながら再び読書に集中し始めた一方。


「(この男が言う通り、多少はこの手の玩具に慣れておく必要もあるとは思います。ですが、美月に言われていくつかのアプリを入れはしましたものの、正直言って使い方がまるで分りません。更に言うなら必要性すら感じません。日ノ本の民は、この高いだけの板切れの何処に楽しさを見出され……あ──)」


 何が楽しいのかわからないスマホについて、あれやこれやと考える鹿謳院。


 退屈そうにスマホ画面を眺めながらポチポチとタップをしているだけの鹿謳院だったのだが、ストアの中にあるアプリを見た瞬間に彼女の目は突然輝きを放ち始める事となる。


「(こ、こ、これは! 楽園の庭(エデンズガーデン)の公式アプリ! アカウント連携する事で様々な特典を受けられて、アプリを通じてゲーム内のフレンドとチャットが出来る事はもちろん! アプリを持っているユーザー同士であれば、ゲームにログインしていなくてもアプリ内でチャットが出来る、あの伝説の!)」


 伝説でもなんでもないただのチャットアプリを見つけた鹿謳院は、ワナワナと震える手でスマホを握り、常にキラキラと輝いている瞳を五割増しで輝かせる。


「(なんだ眩しいな……。ふん、鹿謳院の目が光っていただけか──って、そんなわけあるか! な、なんだあいつ?)」


 視界の端に妙な光を感じた近衛がふと目を遣ると、そこには光輝く鹿謳院の顔があり、思わず二度見してしまった。


「(ああ、スマホの画面に窓から差し込んだ光が反射してあの女の顔を照らしているだけか、紛らわしい奴め。あんなに嬉しそうな顔をして何を見ているのやら。視力が落ちるぞ)」


 珍しくスマホにかじりついている鹿謳院の姿がちょっと面白かったのか、軽く溜息を吐き出した近衛が再度本へと視線を戻す。


 そんな視線に気付く様子もなく、ストアに並んだ楽園の庭のゲーム連携アプリをタップして、アプリの詳細説明を読む鹿謳院。


「(現実の連絡先を聞き出すのは“直結厨”のそしりを受けてしまう恐れがある為、これまで上手く動けずにいました。ですが、公式アプリであればいけるのではないでしょうか? 思えば、ログイン画面にいつもアプリの宣伝が出ていた記憶もあります。……いつもゲームの中に入る事ばかりを考えていたせいで、完全に意識から外れておりましたね)」


 まるで初めて玩具を与えられた子犬や子猫のように。


 或いは親に買って貰ったゲームソフトの説明書を帰りの車の中で読む子供のように、と言っても令和に生きる少年少女にはどう言う状況か想像できないだろうけど。


 とにもかくにも、普段の彼女からは想像も出来ない程にウキウキな空気を纏っていたからだろうか。


「おい」


「は、はい! 如何なさいましたか」


 鹿謳院の事を執務室に置かれた喋る備品程度にしか認識していなかった近衛も、流石にその異変に気付いたようで、思わず声を掛けてしまった。


「如何も何もない。何をそんなに浮かれているのかと思ってな。口から涎が出ているぞ」


「ばっ! ……出ていないではありませんか」


 近衛の指摘に焦った鹿謳院が慌てて口元に手を遣る。


 しかし、どんなに浮かれていようが鹿謳院氷美佳がそのような失態を犯すはずがないわけで。


 普段なら引っかかるはずもない単純なからかいに、まんまと引っかかってしまったと知った彼女は、恥ずかしさから若干頬を赤らめて近衛を睨む。


「ふん。締まりのない顔はよせ、仮にも統苑会の会長だ」


「仮ではなく歴とした会長です」


「そう言えばそうだったな、失念していた」


「思い出して頂けたようで結構です」


 楽しい気分に水を差された鹿謳院は少し冷静さを取り戻す。


 と思いきや、アプリの詳細説明を見たり、ネット上に転がるアプリの評判を見ていると、また自然と口元が緩んでしまう事は防げないようで──。


「(……まあ、そうだな。それが心の内より生じると言うのであれば、やはり笑顔と言うのは中々悪くはないものだ)」


 いつもの作られた笑顔とは違う、自然で楽しそうな笑顔を浮かべる鹿謳院を横目で見た近衛の口元もまた、ほんの僅かに緩んでいた。

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