Level.002 方針決定とゲームの開始
セレナ:それじゃあちょっと早いけど今日のこの辺りで! 晩御飯作らないとだ!
マンダリナ:もうそんな時間か。おっと、俺もなんか連絡来てたからここで落ちるかな
セレナ:そっかー、じゃあ二人ともお疲れ様だね! またね!
マンダリナ:だな、お疲れ様。またな
両手でハートマークを作って飛ばすエモートをするセレナと、それを真似して返すマンダリナ。
最後に笑顔になって終了するいつもの流れ。
概ねいつも通り。殆どいつも通り。
違う事があるとすれば──。
「(ダリちゃんには悪いが、これ以上身バレに繋がる情報は何一つとして渡せん)」
「(セレナは可愛いですが、やはり身バレは回避しなければなりませんね)」
いつもゲームを終了した直後は優しい笑顔を浮かべている二人が、何やら難しい表情を浮かべていると言う事。
そんな表情そのままに、楽園の庭を終了。
ゲーム画面を閉じた近衛鋼鉄と鹿謳院氷美佳は、それと同時にパソコン画面下部のタスクバーにショートカット登録されている、通話アプリを開いた。
二人が開いたアプリ『ライブリンク』は、主に会議に使用されるPCとスマホのどちらでも使える通話アプリであるが、機能は多岐に渡る。
大人数での通話は勿論、PC画面の共有、ファイルのアップロードやダウンロードが可能なので、簡単なリモート会議が出来る便利なアプリとして普及している。
そんな便利な会議アプリをゲーム画面の代わりに起動。
起動したライブリンクの中にあるグループに参加すれば、何処か緊張した表情を浮かべて姿勢を正している十六名の男女のバストアップ映像が、アプリ画面の下半分に映し出されているのが見て取る。
そして、そんな十六人が写っている画面の上部には、二人の男女が左右に分かれて大きく映し出されていた。
ライブリンクの画面上部に、大きく映し出された二人の男女。
「時間になりました。『統苑会』定例会議を始めます。副会長」
そのうちの一人、黒く大きな瞳から底知れぬ強さを宿した女生徒。
全てを見透かすような美しい瞳と、まるで芸術品のような綺麗な顔立ち。
十全十美にして有智高才。
全てを持つが故に恐怖され、全てを持つが故に愛される圧倒的なカリスマ。
世界的に有名な女優であると言われても、誰もが納得出来てしまう雰囲気を纏った浮世離れした女生徒。
強いて他の学校に当てはめるとすれば、生徒会準ずる組織『統苑会』の会長を務める『鹿謳院氷美佳』が口を開けば、パソコン越しであるにもかかわらず世界がシンと静まり返る。
「資料は昨夜送っている。全員既に目を通している事を前提に話を進めて行くが、通していない者は読みながら話を聞け。進行の邪魔はしてくれるなよ」
そして、鹿謳院氷美佳の指示を受けた副会長が、会長の意を汲み取り会議を進行する。
多くを語らず、されど必要な事はどんな事であれ語る。
相手が誰であろうと臆する事はなく、一度決めた事は必ずやり遂げる男子生徒。
厳正中立にして志操堅固の鋼の如き精神を宿した大和男児、近衛鋼鉄。
一度、彼が話しを始めれば生徒はもちろん教師であれ、誰も無駄口を挟む事が許されない。
だがそれは、誰もが彼を認めているからに他ならない。
何故なら、近衛鋼鉄の言葉にはただの一つとして間違いが無いのだから。
「──以上が今回の議題だ。教師陣に提出する予算案は既に橘が作っている。次はそれを見ながら話を進めていくが、ここまでに質問や疑問のある者がいれば特別に発言を許可する」
古くは華族の為に作られた、聖なる桜を胸に抱いた百五十年の歴史を誇る『聖桜学園』。
今日では大企業の跡取りや政治家の子供等、やがては日本を動かす立場になると目される若者が互いを高める為の学び舎となった学園。
統苑会はそんな歴史ある聖桜学園の中等部と高等部の生徒を纏める、生徒による生徒の為の組織であり、教師陣の進退決定権すら握る学園の頂上に位置する組織でもある。
そんな統苑会において、会長と副会長の座に君臨する者は並大抵の者ではない。
京都の大家、鹿謳院家の次期頭首候補筆頭と目される鹿謳院氷美佳。
そして鹿謳院家と同じく歴史ある名家、近衛家の次男として生まれた近衛鋼鉄。
『氷の会長』と『鉄の副会長』と畏怖される二人は、常人では同じ空気を吸う事すら許されない天上の住民に他ならないのだが──……。
「(ダリちゃんには悪いが、身バレだけは許されない。鉄の副会長たるこの俺が、近衛たるこの俺が、ネトゲで女子を演じていると知られればどうなるか。……それだけは断じて許されない)」
「(セレナには申し訳ないと思いますが、やはり私達は出会うべきではないのかもしれませんね。仮にも氷の会長として尊敬されている私が、鹿謳院たるこの私が、ネトゲで男子キャラを演じていると知られるなど。……考えるだけでも恐ろしい事です)」
たとえ、定例会議中ずっとこんな事を考えていたとしても、二人がとても優秀な若人である事に変わりはなく。
「(幸いにも、ダリちゃんはセレナの中身を女子だと思い込んでいる。こちらの身バレは万が一にも有り得んだろうよ)」
「(不幸中の幸いではありますが、セレナがマンダリナの中身を男子だと考えている点は助かりますね。今まで通りに過ごす限りにおいて、こちらの素性が気取られる可能性は限りなくゼロに近いでしょう)」
こんな事を考えているが、氷の会長と鉄の副会長が、皆に恐れられる傑物である事に間違いはない。
「(だが、万が一を考えてこそのこの俺だ。ダリちゃんが気持ちの良い性格をした男子である事は間違いないが、それでも近衛鋼鉄が──近衛家の人間が俗人に弱味を握られるなどあってはならない)」
「(ですが、物事は常に最悪を想定する所から始まります。たとえ、ふわふわと可愛らしいセレナがわざわざ私の素性を探るような事が無いとわかっていても、鹿謳院家の次期頭首候補筆頭として最善は尽くすべきでしょう)」
定例会議が終わりを迎えるまでの間。
「それでは、時間となりましたので終わりましょうか。副会長」
「うむ。そう言うわけだ。聖桜祭までまだ日はあるが、半年などすぐだ。各学年各クラス、先に述べた問題点について今一度洗い出しておけ。何かわからない事があれば全て、俺か橘、或いは白川に聞け。それから──」
鹿謳院と近衛の二人はパソコンに向かって顔色一つ変えることなく話をする。
その一方で、会議に参加している生徒に悟られる事なく、脳内ではずっと別の事を考えていた。
「(──となれば、やる事は一つしかないな。こちらのリアルが割られるより前にダリちゃんの中の者を特定し、万が一に備える。ダリちゃんの弱味を握るような真似はしたくないが、何事もなければ誰も不幸にはならならずに済む。これが最善策だろう)」
「(──であれば、やはりセレナの中身を特定する必要がありますね。セレナの事は信頼していますが、時として人は思いもよらない行動を取ります。マンダリナの中身が私であると露呈した際に、セレナがどのような行動を取るかは未知数。もしもの為の保険はあって然るべきでしょう)」
そうして、今後の方針を決めた二人がライブラインに不敵な笑みを浮かべた所で、統苑会の定例会議が終了した。
その後、残された十六人の男女は、最後にちょっとした笑みを浮かべた氷の会長と鉄の副会長の話題で大盛り上がりしていた。