Level.025 氷鉄の統苑会
聖桜学園の中等部と高等部は多少の距離はあれども、どちらの校舎も同じ敷地内にある。
その為、校舎も離れていてそれぞれに運動場や体育館を持っているので、基本的に生活圏が被る事は無いものの、共同で使う施設も多々ある。
中高合同で行われる生徒総会が開かれる場所もその一つ。
席数約五千の『大講堂』と呼ばれる一際大きな建物。
中等部の校舎と高等部の校舎の丁度中間あたりに建っており、入学式や卒業式と言った式典や賞状やメダルの授与式は勿論。
『聖桜祭』と呼ばれる文化祭っぽい行事で、演劇や音楽の出し物の舞台として使われる事もある、そんな感じの建物。
そんな放課後の講堂では今、聖桜に所属する事を許された中等部と高等部合わせて約千人からなる選ばれし者が、映画館の座席を彷彿とする座り心地の良い椅子に背筋を伸ばして腰かけていた。
そして、背筋を伸ばして座席についた彼ら彼女らが緊張の面持ちで視線を向けるのは、講堂の前面にある大きな舞台。
舞台上には手を前に組んで立つ数名の生徒の姿があって、舞台の下では後ろ手を組んだ数十名の生徒が等間隔に直立不動で立っている様子が窺える。
舞台上に上がる九名の生徒と、彼ら九人を守護するように舞台下に立つ十六名の生徒。
彼らこそ、選ばし者のみが入学を許される聖桜の地において、その頂点に君臨する事を許された精鋭の中の精鋭。
聖桜学園の中等部と高等部を纏め上げる『統苑会』と、統苑会の指示を受けて生徒を統制する責を担う『聖桜学園生徒会』のメンバーである。
そして今、中高の生徒と教員を合わせて千人以上の人間が集う講堂はシンと静まり返っていて、舞台上の演説台に向かって歩く二人の生徒の静かな足音だけが響いていた。
「これより、特別生徒総会を開始する」
まず演説台に立ったのは、統苑会副会長の近衛鋼鉄。
「会長の言葉だ。片言隻語、漏らさず傾聴しろ」
ほんの一言、二言。
近衛鋼鉄が命令を口にすれば、教師を含むその場全ての者が彼の従者であるかのように、その言葉に従う事に対して疑問すら持たなくなってしまう。
「皆様ごきげんよう」
そして、近衛と入れ替わるように演説台に立った鹿謳院が優しい声を掛ける。
近衛から受けた過度な緊張を緩和する鹿謳院の美しい声が講堂に響くと、集団はまるで催眠にでも掛かるようにして彼女の話を聞き入れる。
ただそこに居るだけで周囲の人々を惹きつけてしまうと言う、ある種の呪いのような魔性のカリスマを持つ二人。
氷の会長と呼ばれ敬愛される、鹿謳院氷美佳。
鉄の副会長と畏怖される、近衛鋼鉄。
圧倒的なカリスマを誇る両名が所属する現在の統苑会は『氷鉄の統苑会』と呼ばれ、中等部や高等部のみならず初等部や幼稚舎、大学に至るまで。
聖桜学園に所属する多くの者が心惹かれてやまない。
若干一名、舞台上で青い顔をしている橘蓮と言う例外も居るが、統苑会に所属する者は聖桜の中でも精鋭の中の精鋭であり、その会長と副会長は皆の憧れの的なのである。
なので、会長の演説を聞いて尊みが溢れてぴえんする者もいれば、舞台上の副会長と目が合ったと錯覚するだけで気を失ってしまう女子もいれば、蒼褪めた顔をしている庶務を見て自分も頑張ろうと思う外様もいる。
「──私からは以上です。それでは皆様、どうぞ良き学園生活を心掛けて下さい」
要約すれば『男女交際をするのは構わないけど節度を持ったお付き合いをしましょうねー』と言うだけのお話。
それを二十分かけて話した鹿謳院が演説台から退けば、代わりに近衛が演説台に立って締めの言葉を口にする。
「特別生徒総会は以上だ。生徒諸君の今後の行動に期待する。くれぐれもこの俺を失望させてくれるなよ」
コツコツと足音を立てながら舞台裏に消えていく二人と、それに続いて順番に舞台裏へと消えていく統苑会のメンバー。
天上人たる統苑会の九人が舞台上から姿を消せば、後の処理は下部組織である聖桜生徒会が引き継いで、中等部と高等部の生徒がそれぞれに部活や帰宅に向けて移動をする。
入学式以来、久しぶりに開かれた生徒総会。
授業以外の殆どの時間を執務室で過ごすせいで、あまり会う機会の無い天上人のお言葉に、聖桜の生徒がきゃっきゃきゃっきゃと盛り上がった、その夜。
セレナ:じゃーん! 新しいコーデ出たから買っちゃったー!
マンダリナ:おおー! って、もう染色したのか。早いなw
皆憧れの会長と副会長は、現実とは逆転した性別のキャラクターを全力で演じながらオンラインゲームを楽しんでいた。
セレナ:ほら、今日総会あったでしょ?
マンダリナ:あったなー。でも、総会の間ずっと今日のアプデの事考えてたかも
セレナ:私も! いくつか新しいシナリオ来てたけど、先にコーデ染色しちゃったーw
マンダリナ:俺はまだパッチノート読めてないから、それ読みながらデイリー消化いくか
セレナ:はーい!
クイックパーティーを使って他のプレイヤーとダンジョンを攻略するセレナとマンダリナ。
多くの者より羨望の眼差しを向けられる事に慣れている二人にとって、たかだが千人強の同年代の男女の視線を受けたからと言って感じ入る所は何も無い。
とは言え、そんな生活を好いているかどうかはまた別問題。
セレナ:じゃあ今日はこの辺りで落ちますねー
マンダリナ:おっけ。俺も今日はここまでかな
鹿謳院氷美佳も、近衛鋼鉄も。
そもそも、全くテレビゲームに触れる事なく育ってきた二人が、どうしてオンラインゲームを始めたのか。どうして男女逆転して遊んでいるのか。どうして結婚したのか。
悩みを持たない人間は存在しないが、その悩みを打ち明けられる相手が居る人間は案外少なかったりもするわけで……。
「──明日は、一族の会合か」
ダリちゃんと笑顔でお別れのチャットをした後に、近衛が目を伏せたように。
「さて、勉強でもしますか」
セレナとの楽しいチャットを終えた後に、鹿謳院が退屈そうな表情を浮かべたように。
多くの人から尊敬される人生を送る者がいたとしても、その人が必ずしも幸福を感じているとは限らない。
まあ、そうは言っても、近衛鋼鉄も鹿謳院氷美佳も最近は割と楽しんでいるのかもしれない。