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Level.024 夫婦の会話と吐血した夫


「(若い男が好きな女と交わりたいと思う事は健全だろうが。男女間における性交渉など、犯罪や強要でなければ当人の勝手にさせておけ。それを言うに事欠いて思春期の男子から性欲を失くそうなどと。……この俺をして恐怖させるとは、流石は鹿謳院次期頭首候補。大した女だ)」


「何を恐れる事があるのですか。真に相手を想う気持ちがあるのであれば、婚姻関係を結ぶまで互いに清い身体であってこそ健全な愛が育まれると言うものでしょう。婚前交渉など、何とはしたない行為でしょうか」


「貴様はいつの時代の人間だ。今の若者に必要とされるのは性の抑圧ではない、必要な知識を伝える正しい性教育だ。性交渉の否定をしても何も始まらん」


「(これだから、男の性欲について何の理解も許容もない古い価値観に縛られた金庫入り娘の相手は疲れる。ダリちゃんであれば、橘であれば同じ男として弾む話もあるだろうが、この女が相手ではな……)」


 鹿謳院家のお嬢様。


 結婚前の異性との接触を握手までしか許可されていない鹿謳院氷美佳にとって、キッスやエッチは結婚相手とだけする夫婦めおとの行為。


 尊き血をその身に宿す貴族階級の人間は、安易に他者との交わりを持ってはならない。


 そのような教えを受けた彼女は、鹿謳院家よりも長い歴史を持つ近衛家の人間であれば、同じ価値を共有できるであろうと思って話しかけたのだが、残念ながら玉砕。


「副会長は随分と性に関して奔放なお考えをお持ちなのですね」


「戯け。俺は価値観のアップデートをしろと言っているだけだ。知らんのか、今時の学生カップルは付き合ったその日からヤリまくりだと聞くぞ」


「ヤ──! ……不潔です」


「そうは言うが、当人が満足しているのであれば他人が口出しする程の事でもなかろう。精々、生徒総会ではその辺を踏まえた上で交際のあり方を説く事だな」


 視線を本に戻した近衛を見て、鹿謳院もパソコン画面に視線を戻す。


「(近衛の人間であれば多少は良い話をすると思いましたのに、口を開けば性を推奨する話ばかり。副会長も所詮は性欲に支配されたけだもの。婚前交渉を肯定するなど、なんと破廉恥な。……愛のある行為は互いの愛を誓いあってからするものでしょうに、自分自身の責任すら取れない子供が何も考えずに致すべきではありません)」


 爛れた現代を憂い、机の下で両足をペタペタと動かす鹿謳院。


「(やはり、この手の話を男性としても意味がありませんね。繊細な話は繊細な感性をお持ちの方としてこそ初めて意味を成すと言うもの。セレナ……そうね、美月とであれば有意義な話も出来るかもしれませんね)」


 と言う事で──。


 セレナ:男女交際についてですか?

 マンダリナ:そそ。最近友達の一人が交際を始めてさ、色々アドバイスを求められるんだよ

 セレナ:学校でも色んな人に頼られてるんですね!

 マンダリナ:つっても、時々だけどなw


 舞台を『楽園の庭(エデンズガーデン)』に移した二人は、どちらからともなく昼休みの話を再開した。


 聖桜の風紀が乱れぬように、と。


 統苑会の力を持って、一般生徒に対して清く正しい聖桜の在り方を啓蒙して欲しいと、そう頼んで来たのは柳沢美月である。


 であれば、本人に話を聞くのが一番手っ取り早い。


 と考えた鹿謳院は、友人に聞いた話と言う体で、美月と同一人物だと思い込んでいるセレナに対して直接話を聞いてみる事にした。


「(流石は我が夫たるダリちゃんこと橘だ。聖桜に入学してまだ三ヵ月も経っていないと言うのに、俺の知らぬ間に友人から相談を持ち掛けられる程に成長していたか。聖桜の生徒を相手に相変わらず面白い男だ)」


 美月に相談をするつもりでセレナに聞く鹿謳院と、橘と思い込んでいるダリちゃんの成長を喜ぶ近衛。


 マンダリナ:今日知り合いの男子が言ってたんだけどさ、あんまりセレナに言う話でもないかもなんだけど

 セレナ:なになに? 何相談されても全然大丈夫だよー

 マンダリナ:いやな? 俺ら高校生とかって、やっぱり交際してると色々あるだろ?

 セレナ:色々?

 マンダリナ:何て言うかな、恋のABCみたいな?

 セレナ:あー、うんうん。そうだよね、高校生にもなると色々あるもんね

 マンダリナ:セレナの周りでもそう言う話ってあったりする?

 セレナ:うーん、時々あるかな? 私はあんまり興味ないから詳しくはないけどねw


 否、興味津々である。


 鋼の精神を持つ鉄の副会長として畏怖される近衛鋼鉄も思春期男子。


 当然ながら、人並みにエロい事に興味を持っている。


「(今の俺は近衛鋼鉄ではなくマンダリナの妻であるセレナだ。幻滅されかねない発言は控えるべきだろう。だが、もしこれが現実であれば、俺も一度くらいはアレをやってみたかった。男の友人同士で発生すると聞く下ネタトークと言うものを)」


 近衛にそんな話が出来る友達はいなかった。


 マンダリナ:ああ、だよな! 悪い、やっぱやめとくわw

 セレナ:でも大丈夫! 詳しくはないけど、私で良かったらダリちゃんの相談に乗るよ!

 マンダリナ:うーんまあ、じゃあ軽く話す感じにしとこうかな

 セレナ:うんうん

 マンダリナ:相談して来た友達とさ、初体験についての話をしてたんだけどさ

 セレナ:へー?

 マンダリナ:いや! 俺はそう言うのまだ全然経験ないんだけどな?

 セレナ:あ、そうなんだ? ダリちゃん大人ーって思っちゃったよーw

 マンダリナ:いやいやw


「(……ふむ。橘が既に俺より先に行っているのかと思ったが、そうではないのだな。いや、もちろん、俺がその気になれば明日にでもそう言った経験は可能だ。そも、その手の行為に焦りがあるわけではない。それに、我が寵愛を受けるに値する女が現れるまで、この身は清廉であるべきだろう)」


 昼間の統苑会執務室で、鹿謳院の言葉に対して一般論を持ち出す事で時代遅れと切り捨てていた近衛であったが、こっちはこっちで割と拗らせていた。


 マンダリナ:俺はそう言うのはお互いの将来を考えて慎重にした方が良いって思うんだけどさ

 セレナ:うんうん!

 マンダリナ:でも、相談してきた知り合いが言うには、最近は付き合い始めてすぐにそう言う関係をもっちゃうカップルも多いとか言っててさ

 セレナ:うーん、まあ、そうかもだけどね

 マンダリナ:言ってる事はわからなくもないんだけど、もう少し考えてもいいんじゃないかなーって

 セレナ:だねー。結婚するまでそう言うのなしーって言うのはちょっと古いのかもだけど

 マンダリナ:おお

 セレナ:いやいや、私もまだそう言う経験あるわけじゃないからねw ただ、時代的にそう言う感じでもないのかなってw

 マンダリナ:ああ、なるほどなw


「(……後少しで口から心臓がまろび出る所でしたが、辛うじて吐血までに留められましたよ、セレナ。貴女の身体はまだ清いままなのですね、安心しました。──けれども、こんなにフワフワとした愛らしいセレナですら恋愛についてそのような認識を持っているのですね)」


 口元をハンカチで拭いた鹿謳院は、癪に思いつつも自信の考え方が時代に即していないと考え始めていた。


 セレナ:私とダリちゃんはこの世界での夫婦だけど、それでもいつも一緒にいるじゃないですか?

 マンダリナ:そうだな

 セレナ:だったらやっぱり、現実のカップルだっていつも一緒に居たいと思ったり、触れ合いたいと思う事もあるんじゃないかなって

 マンダリナ:あー、確かに。そう言われれば何となくわかるかも

 セレナ:ね! でも、私はやっぱりしっかりと考えた上で決断してくれた方が嬉しいかな?

 マンダリナ:俺も同意見だけど。でもまあ、自由恋愛はその辺も含めて自由なのかもなーって、何となくわかって来たかも

 セレナ:うんうん。人によって考え方は違うと思うから、ダリちゃんに相談してくれたお友達の事も否定するだけじゃなくて、まずは一度考えを受け入れてみてから相談に乗ってみるといいんじゃないかな?


「(橘が友人から受けた相談内容は詳しくわからない。だが、少なくとも多くの場合に相談者が求めているのは否定ではなく肯定だ。頭ごなしに否定をするよりも、まずは形だけでも肯定を示してから自分の考えを述べた方がいいだろう。しかし、恋のABCなどと言う古い表現が出て来るとは、流石は俺と同じく本を愛する男だ)」


 昼間、鹿謳院の意見を頭ごなしに完全否定した男はゲーム画面を見ながら、橘(と思い込んでいるだけの完全な別人)の成長に、静かな笑みを浮かべる。


 マンダリナ:おっけ! 何となく見えて来たかもしれん

 セレナ:良かったー

 マンダリナ:俺の方こそセレナに相談して良かったわ、ありがとな!


「(美月の考えは概ね理解しました。癪ですが、私も現代に合わせて多少は価値観のアップデートをしていくべきなのでしょうね。現代の若者の恋愛に対する価値基準。聖桜の地もまた、時代に合わせた変化が求められているのかもしれませんね)」


 鹿謳院もまた美月(と思い込んでいるだけの完全な別人)の意見を聞いて、今一度自身の価値観を見直そうと微笑んだ。

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