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Level.023 無垢なるかな


 先日、柳沢美月より相談事を受けた鹿謳院。


 一度引き受けた仕事はどのような内容であれきっちりとこなす彼女は、男女交際についての生徒の意識調査を行って、各種データを纏めたり。


 世界中の論文を参照しながら、清く正しい男女交際と不順異性交遊、不健全性的行為との違いは何処にあるのかを調べたり。


「副会長」


 身近に居るいつも本ばかり読んで暇そうにしている男子に意見を聞いたりと、熱心に仕事をしていた。


「なんだ。俺は今読書を楽しんでいる」


 近衛が選んだ今日の一冊は『触れられぬ神秘と現実、形而上学と言う哲学』と言う本。


 特にツッコミを入れる事なく楽しく読んでいた。


「副会長は、性交渉の責任についてどのようなお考えをお持ちでしょうか」


「──それは、俺に問うているのか?」


「はい。規律のある聖桜であっても、幾人かは既に性交渉を終えているとの調査結果が出ておりまして、それは何故なにゆえかと考えている所です。副会長の意見をお聞かせください」


「鹿謳院、貴様はそんなことまで調査していたのか」


「私とて人並みの性知識は持ち合わせております。故に、男性がその思考を性欲に支配されたけだものである事も理解はしております」


「なるほど、喧嘩を売りたいなら買ってやっても構わんぞ」


 ノートパソコンの画面から視線を外す事なく話しかける鹿謳院と、左手に持った本から視線を外す事なく返事をする近衛。


 いつも通りの会話が始まった。


「けれども、けだものとは言いましても、一応は人として理性を持ち合わせている事も存じております」


「そうだな。では、人として喧嘩を買おうじゃないか」


「真面目にお聞きくださいませ」


「聞いとるわ」


 近衛の態度に対してわかるかわからないか程度に軽く眉を顰める鹿謳院と、彼女の発言に対してこめかみの血管をヒクつかせる近衛。


「学生の身は、特に中学生や高校生の身は、責任の所在が不鮮明ではありませんか」


「俺や貴様ですら法律上は未成年だからな。責任と言う意味では他者に依存せざるを得ん状況は存在するだろうよ」


「であれば、何故に子を孕む危険性を伴う行為をそう易々と出来てしまえるのかと。私にはそれが不思議でならないのです」


「そうは言うが、避妊をしていれば問題はなかろう。そも、所詮は他人の色恋だ。気にする程の事でもあるまい」


「そうは申されましても、調べた所によりますと100%を保証する避妊方法は未だ確立されていないとの事です。限りなく100%に近い避妊は可能との事ですが、世の中には万が一と言う言葉ありますでしょう?」


「万が一に子供が出来た場合にどうするのかと言う話か? そんなもの本人同士で話し合えばいいだろう」


「ですから、そこに戻るのです。本人同士の話し合いとなれば、それは責任の所在が確かな成人した男女の話に限ります。私が申し上げておりますのは、責任の取れぬ学生の身分でそのような行為に至る精神性が理解出来ないと言う話です」


「ふん、何を今更。世の中は理解不能な事象で溢れているではないか。だが、鹿謳院が抱いている疑問の答えは明確ではないか」


「と、申されますと?」


 パソコン画面から視線を外した鹿謳院が、かすかに首を傾げながら近衛を見る。


「つい先程も鹿謳院自身が言っていたではないか。男性が肉欲に支配されたどうのと、つまりはそう言う事だろうよ」


「性的欲求、性的興奮を我慢できずに性交渉に至ると?」


「だろうよ。それ以外に何があると言う」


「万物の霊長たる人類が性欲に支配されるなど、愚かしい話です」


「そうは言うが、性的欲求が失われれば人類は滅ぶ。性欲に支配される事を愚かしいと嘆くのは結構だが、それなくして人類の存続は不可能だ。頭ごなしに否定する事でもなかろうよ」


「私はそれを否定しているのではありません。自身の責任すら取れぬ者が無責任に他者の人生に干渉すべきではないと申しているのです」


「たかが性交渉だろう。五十年前であればいざ知らず、自由恋愛が主流となった現代の日本において学生同士の性交渉など然程珍しくもあるまい」


「であればこそ、若者の意識を変えていくべきではありませんか。爛れた時代であるが故に、今こそ聖桜が民の模範となり、この大和の大地に聖なる桜を咲き誇らせるのです」


「大層な志を抱くのも結構だが、鹿謳院は結局この俺に何が聞きたいんだ」


「聖桜の男子生徒から性欲を失くす術を聞きたいのです」


 鈴の鳴るような声で並べられた言葉が室内に溶け込めば、ただでさえ静かな統苑会執務室は、耳が痛くなる程の静寂に包まれた。


「──……思えば、初等部より始まった鹿謳院との付き合いも、それなりに長くなってきたか」


「そうですね。不本意ではありますが」


「喜べ、鹿謳院。俺は初めて貴様を恐ろしいと感じた」


 恐るべき相談を受けた近衛が、ゆっくりと本から外した視線を鹿謳院へと向ける。


 すると、視線の先には不思議そうに首を傾げる美しい少女の姿があって、それを見た近衛は思った。


 この女イカれてやがる、と。

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