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Level.022 真剣に空回る二人


「副会長の言葉ではありませんが、橘君が良く働いて下さるので助かっていますよ」


「あ、でも、僕は言われた事をやってるだけって感じなので。統苑会の仕事とか庶務とか言われてもよくわかってないと言いますか……」


「言われた仕事をこなせているのであればそれで十分ではありまんか」


「でもなんか、指示待ち人間って言うか。会長も近衛先輩も、一条先輩だっていつもキビキビしてるじゃないですか」


「ああ、そう言う事でしたか。そうですね、世の中には言われないと何も出来ないのかと憤る方や、言われた事しか出来ない者を責める方が居ると聞きますが、私には少々理解しかねる思想です」


「そうだぞ、橘。──ええい! いい加減にやめんか!」


 一条の魔の手からすり抜けた近衛が、彼女の両手を掴み上に持ち上げながら口を挿む。


「下々の者が天に向かって不満を述べるのは当然の権利だ。だが、その逆だけは論外だ。天に生きる者が地に生きる民に唾を吐きかけるなど、本来それだけは決してあってはならん事だ」


「え、でも、大体みんなそうじゃないんですか? 上司が部下を怒る、みたいな?」


「違うな、橘、その認識は間違っているぞ。上の人間には下の人間を正しく使う権利があるだけだ。自身の無能さ故に上手く使えぬ駒を相手に、不満を述べる事は許されん暴挙だ。俺は民を愛するが、民からの愛を求めた事は一度も無い」


「なる、ほど?」


「副会長の言っている事は少々極端な話なので聞き流しても構いませんけれど──」


「──聞き流すな。俺の言葉を信じてついて来い、橘」


「え? あ」


「誰しも性分と言うものがあり、それは特性と言い換えられるその人が持ち得る個性です」


「あ、はい」


「要は、人間には使う側と使われる側の二種類が存在すると言う話だ」


「自分で考えて動くと言う個性を持つ方もいれば、誰かの指示を受ける事で真価を発揮する方もいます」


「平民が王になれると思うか? その治世は、王となるべく育て上げられた者を凌ぐ程の成果をあげられると思うか?」


「文系を得意とする方と理系を得意とする方がおられるように、特性や才能は人の数だけあるのです」


「人には生まれ持った領分が存在する。天に生まれた者は地上の人々を正しく導く義務があり──」


「ですので、言われた仕事を正しく遂行出来るのであれば、それは十分に──」


 鹿謳院と近衛の二人から話しかけられる橘は、どちらの話も頑張って聞こうとする。


「(なんかいい感じの事を言ってるのかもしれないけど、同時に話されても全然わからないですって)」


 だが、結局よくわからなくなって、引き攣った笑顔を浮かべるいつもの流れになってしまった。

 

「……少しお静かにして頂けませんか? 今は私が話している最中ですよ、副会長」


「鹿謳院こそ口を慎め。今は俺が橘と話している所だと、見てわからぬか」


 珍しく椅子の背もたれに身体を預けるように腰かけ、合わせた両手を口元まで持って行き“いただきます”をするようなポーズを取りながら、強い視線を投げかける鹿謳院。


 そして、そんな鹿謳院に冷ややかな視線を送る近衛は、相変わらず一条の両手首を掴んで脇腹をくすぐられないようにと上に持ち上げていた。


 緊張感があるような無いような。


 両者の微妙な睨み合いは、しかし──。


「こんにちはー! って、雫と副会長はなにやってるの、それ?」


 ──柳沢美月の登場によって益々よくわからない感じになった。


「あ、レンレンだ! 失礼しまーす! いえーい!」


「い、いえーい」


 しかし、何となく雰囲気が良くないような気がすると思いながらも、近衛と一条が持ち上げている腕のアーチを潜り抜けた柳沢は、久し振りに顔を合わせた橘蓮とハイタッチする。


「なんか中等部で仕事してたんでしょう? 今度写真撮りに行こうと思ってるんだよね」


「あ、中等部との話は一応終わった感じなので、写真はもう撮らなくていいかもです」


「えー、そうなんだー」


 橘蓮と柳沢美月。


 仲良く話し始める二人を目の当たりした事で、お互いに強い視線を送り睨み合っていた鹿謳院と近衛は、見つめ合う視線はそのままに瞬時に目だけで会話を始めた。


「(美月も来た事ですし、先程の話はもう終わりに致しましょう。話の途中で割り込んでしまうような無粋な真似をした事を謝罪いたします)」


「(そうだな。柳沢も来た事だ、無駄ないがみ合いはよそうではないか。それに橘と先に話していたのは鹿謳院だ、俺の方こそ割り込むような形を取って済まなかったな)」


 超能力者もびっくりな目だけの会話を瞬時に成立させた二人。


 その目的ははっきりしていた。


「こんにちは、美月。軽く議事録を確認しますので、宜しければ一緒に確認しませんか?」


「と言うわけだ、橘。紅茶でも飲みながら中等部での詳しい話を聞こうではないか」


 二人の目的。


「(あんな男に構っている暇はありません。橘君と話したいのであればどうぞご勝手にして下さいませ。その間に私は美月と距離を詰め、セレナに繋がる確定情報を入手させて頂きます)」


「(この女の相手など時間の無駄だ。こいつが柳沢と話している間に俺は橘に探りを入れ、ダリちゃんとの共通点を見つけ出す)」


 それは勿論、楽園の庭における自身の相方探しである。


「ごめんなさいミカちゃん! 私は昼休みに仕事をしないと決めているのでー、放課後にちゃんと目を通しますから!」


「あ、ごめんなさい! 近衛先輩! 議事録なら今会長さんに渡しましたので、詳しい内容はそちらで確認お願いします! 僕はちょっとトイレに──」


「うんうん、私も雫探してただけですから。私達はもう行くので、とりあえずミカちゃんと副会長で確認して貰って、ついでに定例会までに纏めておいてくれると助かるかもです!」


「え?」


「おい、何を勝手に」


 しかし、全ての物事が必ず想定通りに運ぶとは限らない。


 特に人の動きを完全に制御するのは中々に難しい。


「何、美月。私に用事?」


「用事って程でもないけどいくつか話があってー」


「そう言う事なので、議事録の確認は会長と近衛副会長の二人でやっていて下さい。私は美月と行きます」


「それでは僕もこの辺で! また今度紅茶御馳走になります!」


「ちょっと美月──」


「いや待て、橘──」


 会長と副会長に笑顔で挨拶をして退室する三人の生徒。


 それを見送る二人の男女は感情の抜け落ちた表情で、静かに閉じていく扉を眺めていた。


「──副会長のPCにデータを共有致しますので、早く済ませてしまいましょうか」


「──うむ。よいだろう」


 昼休みが終わるまでの間、二人は無言で仕事をした。

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