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Level.021 調べてもわからない事はある


 いつも通りの統苑会執務室。


 茶を飲むだけの女こと鹿謳院氷美佳と、本を読むだけの男こと近衛鋼鉄の二人が静かな時間を共有する一室。


 そんな部屋にノックの音が響いた。


「どうぞ」


 来客への対応は下々の仕事。


 と言う事で、副会長である近衛鋼鉄が渋々声を出して入室を促す。


「失礼します」


「し、失礼します」


 すると、一拍置いて開いたドアから二人の生徒が姿を現した。


「中等部との調整を終えて来ましたよ」


 一人は、ゆったりと纏めたミディアムロングのローポニーテールを揺らしながら入室した女生徒、統苑会議長を務める才女“一条雫”。


「ありがとうございます。お疲れ様、雫。それから、橘君もありがとうございます。中等部の生徒会を相手に辣腕を振るわれる橘君の噂は、私の耳にもしっかり届いておりましたよ」


「あ! いえ! それは……えーっと、一応終わったと言えば終わったのですけど、殆ど一条さn──」


「庶務の手際の良さと豪胆さには、さしもの私も周章狼狽しゅうしょうろうばいを隠せず。ついて行くのがやっとでした。もう私のフォローなんて必要ないんじゃないですか、近衛副会長」


 そして、話している最中に一条に言葉を被せられ、何も言えずに笑顔を浮かべる事しか出来なくなってしまった男子”橘蓮”。


 統苑会役員の二人が久しぶりに執務室に訪れていた。


「中々に良い働きをしたそうだな、橘。統苑会に推薦した身として鼻が高い、流石は俺が見込んだ男だ」


 一条の言葉を無視した近衛は、鹿謳院や柳沢に話し掛けられても決して本から外そうとしない視線を橘に向けると、静かに頷く。


「あ、ありがとうございます!」


「学園側との交渉と調整はこちらで引き継ぎますので、雫と橘君は次の定例会議まで各自の仕事に従事して下さい。今回のこれも元々は副会長に頼んだ仕事でしたが、私の知らぬ間にお二人に譲渡されていたと知り大変驚きましたよ。……そうですよね、副会長」


「それでどうだったんだ、橘。一条が付いていたとは言え、中々にやり甲斐のある業務だっただろう? 有象無象の集まりとは言え、中等部の生徒会にもアレで多少は頭の回る連中もいるからな」


 鹿謳院の問い掛けを無視した近衛は、椅子から立ち上がったかと思うと橘の近くまで移動して、彼の肩に手を置きながら話しを続けた。


「いやー、えー、どうでしょうか……」


「謙遜せずとも良い。折角だ、紅茶でも飲んでいけ。以前話していたマカイバリ茶園の──おお、なんだ一条、居たのか」


「これはこれは、近衛副会長殿。私も副会長の指示で庶務と共に業務に当たったのですが、感謝の言葉の一つくらいはあってもいいんじゃないでしょうか」


 一条と鹿謳院を無視して橘にだけ話しかける近衛だったが、一条がずいずいと身体を寄せた事でようやく反応をする事に。


「そうか、御苦労。でだ、いきなりシルバーニードルでは面白味に欠け──ぁイって!? 何をするか、一条……! この俺の脇腹を小突くなど、神をも恐れぬ所業とは正にこのこt──あっ! 貴様! やめろっ!」


「なんと脇腹の弱い神でしょうか。──覚えておきなさい庶務、これが令和最新版の神殺しです」


 自分の事を蔑ろにする近衛に少々腹を立てた一条は、真顔のまま両手の人差し指で容赦なく近衛の脇腹を突きまわした。


「な、なるほど」


「私の代わりに会長にフラッシュメモリーを渡しておいてください」


「一条ッ! おのれ、この俺を誰だと──やっ、やめろっ!」


「私は神を殺します」


「……え、っと。わかりました」


 近衛の脇腹をくすぐる一条から、困惑しつつもフラッシュメモリーを受け取る橘。


 近衛鋼鉄の懐刀である一条雫。


 そのような命令をされる事は無いにしても、彼女は近衛鋼鉄が夜の相手を命じれば喜んで身体を差し出すし、死ねと命じれば何の迷いもなく即座に死んでしまう。


 そんな、現代日本では考えられない恐るべき忠誠心を持つ従者である。


 ではあるが、それはあくまで裏の顔。


 近衛家と一条家は表向きには何の関係もない事になっている為、特に学校生活のような不特定多数の勢力が入り乱れる場においては敢えて敵対派に所属する事で、一般人の認識をズラすようにしている。


 その為、二年前に行われた統苑会次期会長選挙においても、一条雫は鹿謳院派を率いる軍師として近衛と対立する道を選び、これに見事勝利した過去を持つ。


 故に、今でも聖桜学園における一条の立ち位置は、近衛ではなく鹿謳院の部下と言う事になっている。


「会長、中等部生徒会の議事録はこちらに全部入ってます」


「ありがとう、橘君。後で確認させて頂きますね」


「はい!」


 一条に脇腹をくすぐられて悶絶している近衛を背中に残して、会長へフラッシュメモリーを渡した橘は、大変だった業務がようやくひと段落した事に安堵する。


「(よし、これで僕の仕事は終わりだ。早く執務室から出て教室……は、怖いから図書室で本を読もう。近衛先輩が読んでたラノベ読んでみたかったしね)」


 平凡な家庭に生まれた橘にとって、聖桜学園は魑魅魍魎が跋扈する異界。


 右を向けば大企業の御令嬢が、左を見れば政治家の御子息が。


「(そう言う人達に比べれば近衛先輩とか鹿謳院先輩の方が全然マシだよね。でも、統苑会は凄い組織だとかも聞いているから、そこの会長と副会長ってなるとやっぱり凄い人なのかもしれないんだけど──)」


 ネットで検索したところで社会の舞台裏に潜む近衛家や、表舞台から隠れて静かな世界に生きる鹿謳院家の情報は絶対に出てこない。


 なので、一般人が両家について知る事はまず有り得ない。


 真に支配階級に属する者はそれを一般人に知られる事すらないのである。

 

「(うーん、まあでも、近衛先輩はちょっと口悪いけど面倒見は良いしあんまり怖くはないんだよね。会長さんもいつも優しいし、どっちかと言うと一条先輩の方が怖い。……近衛先輩もやりたい放題されてるし)」


 脇腹をくすぐられる近衛を見て、そんな事を考える橘は少しだけ口元を緩める。


 それに付随する教養を持ち合わせ無い者が、絵画や陶器の芸術性を正しく理解出来ないように。


 現代における貴族階級の正しい知識を持ち合わせていない橘には、鹿謳院も近衛も”なんかよくわからないけど凄い人なのかもー”程度の認識しかなかった。

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