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Level.020 おもしれー男


 セレナ:副会長さんって図書室に良く献本してるのかな?

 マンダリナ:うーん、俺も又聞きした話だから詳しくはわからないなー

 セレナ:へー? ダリちゃんって会長さんと時々話したりもするんだっけ?

 マンダリナ:時々話すってか、まあ何回か話した事がある程度だよ。ああ、会長さんがそんな話してたのかな?

 セレナ:そんな話?

 マンダリナ:いやいや、副会長さんが図書室に献本する的な話

 セレナ、あ、うんうん!


「(ダリちゃんの話している内容は筋が通っている。だが、あの女は高等部に上がってから男子と碌に話していないと言っていた。当然だ、学校に居る間の殆どの時間を統苑会の執務室で過ごして茶を飲むだけの女だからな。そんな女と会話をする機会がある男子生徒と言えば……。やはり、統苑会に所属する誰か、もしくは下部組織である生徒会の誰か、と考えるのが妥当であろう)」


 天を走る雷鳴が如く思考を巡らせ、物事の解答へ瞬時に至る掛け値なしの天才である鹿謳院と違って、近衛鋼鉄の思考はそれ程に早くはない。


 天賦の才を持たないが故に素早く答えを出せない近衛に出来る事は、幼少期より鍛え上げた、複数の思考を同時に巡らせ、数多ある問題を同時に解決する思考力。


 そんな近衛が今、単純な道を複数用意して掛け合わせる事で出来上がった思考の迷宮を用いて鹿謳院を迎え撃つ。


「(会長について質問……と言よりも、統苑会についての言及が増えてきたと言うべきでしょうか。容易いと思いましたが、中々どうしてガードが堅い。けれど、まだまだ甘いですねセレナ。会長の話題に副会長の話題、如何にも聖桜の生徒が食いつきそうなお話ですが、貴女の話からは統苑会への興味がまるで感じられません。話題に出すからにはそこに感情を乗せて然るべきです)」


 女性特有の細やかな感受性を持って、普段のチャットの違いを感じ取る鹿謳院。


「(ですが、そうですよね。わかりますよ。統苑会にその身を置く者であれば、その感情も不自然ではありません。当事者として語るのですから、そこに憧れや興味と言った感情が乗らないのは当たり前の話ですものね。聖桜の生徒が出す話題として最も共感を得やすいから、だから統苑会の話をしているだけ。私が貴女の中身を探っているとは思いもしないのでしょうね、セレナ)」


 セレナの中の人物。


 その人物が統苑会に所属する者であると考える鹿謳院は、静かに微笑む。


「(知らぬ、存ぜぬ、誰かに聞いた。実に分かりやすいブラフだな、ダリちゃん。だが実に良い、ダリちゃんが素直で気持ちの良い男であるからこそ、俺にはその嘘が手に取るようにわかる。第一に、俺が読み終えた本を献本する情報だが、これを知るのは統苑会に居る者だけだ。なんせ俺が献本した事は一度もないからな。学園の記録上でも俺がした事にはなっていない。故に、一般生徒が知るわけがない)」


 マルチモニターの一つにゲーム画面を映しながら楽しいチャットを続け、その他のモニターでは判明した事実と確定した事実、そこから推測される可能性が記されたメモ帳にびっしりと文字が書かれていた。


「(特に気になるのは先日俺が読み終えたラノベ『神様の手違いで死んだ俺の異世界ハーレム無双 ~魔王、なにそれおいしいの? 俺はチート能力を使ってモテモテハーレムライフを送る~』に対するダリちゃんの反応だ)」


 視線を動かした近衛がメモ帳に記されたダリちゃんの発言を見る。


 セレナ:なんて言うかね、広報さんがちょっと露出の多い女の子が表紙に載っているライトノベルを献本してて、大変そうだなって思っちゃったw

 マンダリナ:うわーマジか、それは可哀想に。副会長が読んでた本なんだよね?

 セレナ:うんうん、多分そうだと思う。広報さんはああ言うの読まなそうだしねw

 マンダリナ:確かにな、でも副会長に付き合ってあげるとか、広報さんはやっぱ優しいよなー

 セレナ:えー、私も優しいと思うけどなー

 マンダリナ:もちろんセレナが一番だからw


 このチャットをした時、鹿謳院は柳沢美月が変なラノベを献本させられて大変だった、と言う共感がして欲しくて話したのであろうと考えた。


 だが、実際には違う。


「(俺は勿論だが柳沢もあの時『神様の手違いで(以下略』なんて献本していないからな))


 ダリちゃんが漏らしてしまった致命的なヒント。


 その事実に気が付いてしまった近衛は、どうにか気持ちを落ち着かせようと大きく深呼吸をした。

 

「(そもそも図書室に持って行ってすらいない。なんせあの時はまだ読みかけている最中だったからな。故に、どうせ献本するのであれば全巻読み終えてからする方が良いと判断した俺は、途中で教室に置いて来た。それも、ダンボールに入った状態で。一条のような例外を除き、俺の置いたダンボールを無断で物色する傑物が聖桜に居るとは思えん。──この俺が『神様の(以下略』を読んでいた事を知っている人間はあまりにも少ない))


「──ふっ。なるほど、運命か。悪く無い響きだ」


 まさかとは思った。


 可能性としては有り得るが、それだけは無いと思っていた。


「(俺があのラノベを読んでいた事を知っている人間は限られている。俺があのラノベを読んでいた期間に、統苑会の執務室に足を運んだ誰か。即ち、鹿謳院氷美佳と柳沢美月の二人、それからあのラノベを買って来させた一条雫。──後は『橘蓮』だけだ)」


 近衛はいつも、本を読み終えた後に本の表紙を撮影して感想を書いた後、リットリンクを通じて同じ本好き仲間である(と勘違いしている)橘蓮へ報告する事が日課となっている。


 故に、橘蓮のリットリンクの履歴には近衛鋼鉄が読み終えた本の写真とその感想が延々と綴られており、読書感想文の課題が出た時に末代まで困る事がないだけのストックが溜まっている。


「(思えば、俺の話をいつも笑顔で楽しそうに聞いてくれる橘あの姿勢。今こうしてセレナがする話を楽しそうに聞いてくれるダリちゃんと全く同じではないか)」


 ゲーム画面に目を遣ると、そこには日頃のちょっとした愚痴やゲーム内の話をする近衛鋼鉄のチャットが流れており、それをマンダリナが楽しげに聞いている光景があった。


「(現実世界と比べると少々チャットの口調が違う点は気になるが、俺は常々橘に対して自信を持てと言っているからな。まずはこの世界でその練習をしているのかもしれん。そもそも、ゲームの世界と現実の人間は別物だ。セレナとて現実の俺とは多少キャラクターが違うのだから、ダリちゃんと橘のキャラクターが多少違ったからと言って気にする程の事でもあるまい)」


「事実は小説より奇なりとは、よく言ったものだ」


「(これまでダリちゃんが漏らした現実の情報、そして俺が持つ現実の情報。二つの現実を照らし合わせ情報を精査。確実な情報にはマルを、不確実な情報にはバツを。炙り出され残った情報を繋ぎ合わせればおのずと現実が見えて来る。あらゆる不可能を消去した先、その果てに残ったものが如何にあり得ぬとしても、残ったものは間違えようのない“真”である。見つけたぞ、ダリちゃん──いいや、橘蓮)」


「やはり橘は面白い。恐るべき運命力を持つ男だ、何処までも俺を驚かせてくれるではないか」


 こうしてまた一つ、世界に勘違いの歴史が刻まれた。


 そして、椅子に腰かけた近衛鋼鉄が珍しく声を出して笑っていた頃。


「(やはり美月で間違いないでしょう、なんせこんなに可愛いのですから。後は現実で証拠を探すだけ、ですね)」


 時を同じく椅子に腰かけゲーム画面に相対していた鹿謳院氷美佳もまた静かに笑っていた。


 思い込みとは斯くも恐ろしい。

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