Level.001 氷鉄の仮面夫婦
衝撃の展開に脳を揺さぶられた、セレナこと近衛鋼鉄。
「(俺とダリちゃんが同じ学校だったからと言って、それがどうしたと言うのか。聖桜の高等部は一学年に二百人強、全学年合わせて六百三十人以上の生徒が在籍している)」
ディスプレイに映る楽園の庭のゲームを見つめながら、彼は冷静に考える。
「(その中でどれだけの生徒がこの大人気ゲーム『楽園の庭』をプレイしていると思っている。この俺ですら遊んでいるゲームだ。全校生徒が遊んでいても不思議ではない。その中からたった一人、セレナの中の人である俺を探し出せるわけがない)」
そして、探りを入れていく。
セレナ:でも古文の川島先生ってちょっと話し方が独特ですよね!
マンダリナ:確かにな。俺も慣れるまでちょっと時間かかったわ
「(川島は今二年の古文を担当している。その授業を受けていると言う事はつまり、ダリちゃんは俺と同じ高校二年である可能性が高い、か? まずは学年を特定する情報が欲しいな)」
同じ学校のあるある話で盛り上がりつつ、必要以上にリアルを詮索しないように見せかけて、実際には質問をしながら範囲を狭めているセリナこと近衛鋼鉄。
しかし、それは相手も同じ事。
マンダリナ:でも授業自体はわかりやすいんだよな。教科書使った事一度もないけど、各大学の入試問題を解説しながら授業進めるから、授業も新鮮でいいんだよな、あの先生
セレナ:そう言えばそうですね。それなのに定期考査は教科書からも問題でるんですよねー
マンダリナ:それなw
「(川島先生が過去問を使った授業をするのは特進クラスのみ、即ち1,2,3,だけです。つまり、セレナは特進のいずれかのクラスに所属していると考えて良いでしょう。いえ、他のクラスの状況を聞いた事があると言うだけの可能性もありますね。何か、セレナのクラスを確定できるような情報はないでしょうか)」
セレナがダリちゃんの中身を探るように、彼女の質問を受け取ったマンダリナこと鹿謳院氷美佳は、返す刃で更に範囲を絞っていた。
「(担任を聞くのが一番早いのですが、それを聞けば最後、私の情報を話す必要も出て来ましょう。そも、真実を話すとも限りらない上に、何より、リアルの詮索はセレナに気持ち悪がられる可能性があります。俗に言う“直結厨”と間違われてセレナに嫌われる事は死んでも嫌です)」
直結厨とは!
ネットの世界、主にネットゲーム内で使われる用語であり、やたらとリアルの性別を気にしたり中身が女性とわかるや否や、性欲丸出しでオフ会をしたがるお猿さんの蔑称である。
「(いっそのこと、実は女性ですと告白してしまうのも──)」
そこまで考えた鹿謳院は軽く頭を振ると、脳内に生じた愚かな考えを頭の外へとはじき出す。
「(いえ、いえ、いえ、それは否です。最善手とは言えません。確かに、セレナは私の事を好いてくれていますが、それは私が演じているマンダリナと言う男性キャラクターに対して向けられている感情です。中身が女性であると判明した後も、今までと同じ関係が保てる保証はありません)」
左手の人差し指をはむはむと甘噛みしながら、睨みつけるようゲーム画面に視線を向ける鹿謳院氷美佳は、次の一手を考えるべく頭を回転させる。
セレナ:同じ学校に通っているなら、私達も何処かで会ってるかもしれないですよね!
マンダリナ:どうだろうなー、でも会ってそうではあるw
何処かで会っているかもしれない。
そんなチャットを打ちつつ、近衛鋼鉄にはまるで見当がついていなかった。
「(確かに、出会っている可能性はある。だが、ダリちゃんのような性格をした男子生徒が全く思い浮かばない。自慢ではないが俺には友と呼べる存在が居ないからな。幼稚舎から聖桜に通う生粋の内部進学者──『純血組』であるにもかかわらず、友が存在せぬ人間は俺をおいて他に居ないだろう)」
純血組とは!
聖桜学園に幼稚舎、初等部から通っている内部進学の生徒を指す聖桜学園用語である。
「(ダリちゃんも初等部から聖桜に通っていると言うのであれば同じ純血組で間違いない。絶対に知っている人間であると言う自信がある。或いは、俺以外の純血組であればダリちゃんのチャットを見ただけで、何組の誰であるかがわかるのかもしれない)」
しかし、悲しい事に近衛には皆目見当が付かない。
こんな事なら女性キャラクターなんて演じなければよかった──。
そう考えた近衛鋼鉄は、かぶりを振って愚かな思考を頭の外へと追い出す。
「(いや、しかし、こうやって自分と違う素直で可愛いセレナを演じているからこそ、ダリちゃんと言う優しいゲーム内彼ピッピと上手くやれているわけだからな。仮にゲーム内でも現実と同じ近衛鋼鉄だったとして、こんな人間を誰が相手にすると言うのか。少なくとも俺は関わりたくない)」
セレナ:何か、ちょっと緊張しちゃうねw
マンダリナ:いやー、流石にこれはちょっとなw
セレナ:でも、同じ学校だったったってだけで、私達はいつも通りだよね?
マンダリナ:当然。俺とセレナは何も変わらないよ
セレナ:うん
マンダリナ:まあ、今日はちょっと衝撃的すぎてリアルの話が多くなっちゃったけどさ、楽園の庭ではそう言うの関係なくいつも通り遊ぼうな!
セレナ:うん!
現実と違うからこそゲームは尊く、ゲームと違うからこそ現実は尊い。
ちょっとした衝撃を受けたセレナとマンダリナではあったが、仲良しの二人はその後、同じ学校に通っていると言う事実なんてスッパリと忘れてしまったかのように、いつも通りに楽園の庭を楽しんだ。
デイリーミッションと呼ばれるゲーム内コンテンツを二人でこなして。
二人だけでは遊べない、複数人で攻略するダンジョンと呼ばれるコンテンツに共通のフレンドと一緒に潜って。
戦闘コンテンツだけではなく、武器や道具、料理や薬を作成する為に必要となるアイテムを二人で取りに行ったり、と。
現実の事など忘れて、同じ学校である事など忘れて。
まるで何事も無かったかのように、いつも通りゲームを楽しんだ。
少なくとも、表面上は。