表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/80

Level.018 鋭利すぎる懐刀


 しかし、橘蓮は根っからの凡人である。


 本来であれば、社会の上澄みに生きる者が集う聖桜学園の敷居を跨ぐ事すら許されない凡人が、一体全体何がどうしてこんなにも恐れられるようになったのか。


 原因はいくつかあるわけだが、一つ言える事があるとすれば。


「庶務が言いたい事はこうです。『お前ら全員揃いも揃って能無しか? ちっとは無い頭絞って考えろよ』と──」


「庶務は嘆いています。『俺がこの場に居るのは近衛副会長の代理としてだ。だったら、この場には近衛副会長がいるものと考えて会議を進めろ。だらだらと話す事は許されんぞ』と──」


 それは、橘蓮が聖桜学園に入学して以降、常に彼の隣を歩く女生徒『一条雫』の存在が大きい。


 古くより近衛家を主君と仰ぐ歴史ある従臣の中の一つ、一条家。


 そんな一条家の三女として生まれた雫は、近衛鋼鉄に与えられた唯一人の従者である。


 しかも、一条雫はただの従者ではない。


 恐ろしい事に、生きるも殺すも近衛の自由であり、主の命令には本当の意味でどのような内容でも従ってしまうと言う、現代社会にあってはならない強固な主従関係で結ばれている、コンプライアンス的にも人道的にも完全にアウトな存在が一条雫である。


 何者をも信じようとしない近衛鋼鉄に仮に懐刀がいるとすれば、それが彼女である。


 ただし、近衛家と一条家の関係は当然ながら隠蔽されている。


 その為、表向きでは鋼鉄と雫はただの学友として通っており、その関係性を知るのは近衛家と同等の力を持つ鹿謳院家を始めとした一部の歴史ある大家だけ。


 なので、近衛や鹿謳院と同じ純血組である柳沢美月ですら、両家の関係を知らないのが実情である。


 聖桜学園において、近衛鋼鉄の最も身近に居ると言っても過言ではない柳沢美月ですら関係を知らないように、表向きでは近衛鋼鉄と無関係を貫いている一条雫。


 そんなわけで、表向きでは近衛鋼鉄と無関係を貫く必要がある一条雫は、近衛の力を借りることなく、自身の力だけで、聖桜学園の生徒を束ねるべく選ばれた精鋭のみがその名を連ねる事を許される『統苑会』へ所属するに至っている。


 要するに、彼女自身もまたエリートの中のエリート中のエリートに他ならない。


 近衛家の家臣となる者はただの腰巾着ではない。


 その全てが、一人で大成するだけの力を有した者達ばかりなのである。


 そんなエリート中のエリートである一条が、今現在受けている命令は唯一つ『学園内で橘蓮をフォローする事』のみ。


「庶務が言いたい事はこうです『聖桜学園さいこー、お前らも超さいこー、近衛副会長マジさいこー』と」


 と言う事で、副会長より『中等部生徒会の会議への参加、これを掌握せよ』と命じられた橘のフォローをする為に、今も緊張で上手に話せずにいる橘に代わって、彼の心の声を上手に翻訳して中等部の生徒に伝える形でフォローをしている。


 近衛や鹿謳院、柳沢と同様に生徒より絶大な支持を集める一条雫を顎で使い従える外様の生徒。


 当然ながらそんなヤベー生徒が居れば、皆一歩引いて見てしまう。


「ありがとうざいます! 橘先輩!」


「あざっす! 俺達これからも頑張ります!」


「近衛副会長、最高!」


 その結果、今では近衛鋼鉄ですら逆らう事が出来ない外様の生徒、と言う根も葉もない噂までもが流れていて、少なくとも中等部の生徒で橘に逆らおうとする者は誰も居ない状況になっているとか。


「庶務も喜んでいます『俺もお前らの事が好きだ』と」


 盛り上がっている中等部生徒会の勢いを見た橘少年が顔を引きつらせながら笑うと、その笑顔を翻訳した一条が口を開く。


 自らの口で直接話すのではなく、一条を挟んで下々に言葉を伝える事で、自分自身を一段上の人間として演出する完璧な印象操作。


 そして、一条を通して伝えられる心に響く熱い言葉。


 橘蓮による中等部の統率は完璧と言っても過言ではない。


「(この人もうヤだ!)」

 

 否、過言であった。


 一条によるハチャメチャな翻訳のせいで、橘蓮と言う生物はよくわからない怪物に成長。


 誰も彼もがお金持ちや名家の出身ばかりの聖桜学園の中、対等に話せる相手が居ない橘は、噂話を強く否定する事も、強く肯定する事も出来ず。


 目じりに涙を溜めながら笑顔で頷く以外に出来る事は何も無かった。


 尤も、多少無茶が過ぎるとは言え、近衛と一条の二人は橘の事を信じているが故の無茶振りだったりもする。


 まあ、一条に関して言えば近衛の為に働けないストレス発散を兼ねて、橘で遊んでいる節もあるが。


「いつまで机に突っ伏しているのですか。下校の時間ですよ、橘庶務」


「……やっと帰れるんですね」


「本日もお疲れ様でした。この調子であれば上手く纏まるでしょう」

 

「あの、僕全然話してないんですけど、居る意味あるんですか……」


「理解出来る日が来るのはずっと先になるかと思いますが、大切な意味があります」


「意味があるなら……。まあ、その、頑張ります」


「その意気や善しです。ゆくゆくは近衛副会長の頭をしばけるくらいまでに成長して下さい」


「生まれ変わっても無理ですよ!」


 聖桜学園高等部一年統苑会庶務、頑張る凡人『たちばなれん』。


 聖桜学園高等部二年統苑会議長、近衛鋼鉄の懐刀『一条いちじょうしずく』。


 バラエティ豊かな統苑会のメンバーは今日も各々の業務に邁進する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ