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Level.015 お行儀の悪い事で


 セレナの中の人は柳沢美月である、そう確信している鹿謳院氷美佳。


 これと言って特別な事がある毎日ではないものの、そんな彼女にも最近は少し変わった事がある。


「副会長、紅茶貰ってもいいですか? ありがとうございますー!」


「おい、ふざけるな。毎度毎度、俺が許可を出す前に手に取るのを止めろ」


 昼休みの執務室でよく目にする光景。


「だってどうせ許可くれるじゃないですかー」


「では今日はやらん。大人しくこの部屋から立ち去れ」


「またまたー、そんな事ばっかり言っちゃってー。それで、副会長はおかわり飲まれますか?」


「うむ。淹れろ」


「りょうかいでーす」


 手に持った本から視線を外す事なく会話をする近衛と、そんな彼に対して笑いながら話しかける柳沢。


 そして、両手で持った湯呑を口に運びつつ、二人の様子を黙って眺める鹿謳院。


「(おのれ、無頼漢ぶらいかんめ……。我が妻を小間使いのように顎で使うとは何事でしょうか、看過し難き狼藉。如何ともし難い悪逆。許すまじ、近衛鋼鉄)」


 顔色一つ変えることなく二人の様子を眺める鹿謳院。


 だが、セレナの中の人が柳沢美月であると考えるようになって以降、時折ではあるが近衛を見る彼女の目が険しくなってしまう事が増えた。


「(詳しくは把握しておりませんが、SNS……リットリンクで美月が大変な人気者であると言う事は存じております。ですので、多くの友人に囲まれている彼女と学園で二人きりになる機会がそう多くない事も重々理解しております)」


 統苑会次期会長選で頑張り過ぎた事で、聖桜の生徒から、特に後輩からちょっと怖がられている鹿謳院と近衛とは違って、有名なインフルエンサーでもある柳沢は学園の内外から愛されるアイドル的な存在。


 鹿謳院と近衛と言うクソ面倒臭そうな人間二人を相手にして、楽しくお喋りをしている事からわかる通り、コミュ力も非常に高いので、とても人気者だったりする。


「(であればこそ、限られた人員のみが入室を許可される、この部屋で過ごす時間を大切にしたいと考えていますのに。セレナに繋がる情報を探りたいと言うのに、美月と話すあの男が邪魔で仕方ありません。と言うよりも、何故この部屋にいるのでしょうか)」


 もちろん統苑会副会長だから居るに決まっているのだが、鹿謳院は理不尽に近衛を睨んでいた。


 そして、椅子に腰かけ本を片手に優雅な昼休みを過ごす男も、色々な事を考えていた。


「(あの女は何故俺を睨んでいるんだ)」


 人の視線に敏感な近衛は、鹿謳院から放たれる異様な視線をがっつり感じ取っていた。


「(最近睨まれる事が増えたが、何を考えているのやら。アレか、聖桜の生徒に清く正しい男女交際を促す演説について相談された時に『鹿謳院が頼まれた仕事であれば俺には関係ない。その程度自分で考えろ』と言って無視したせいか?)」


 最近睨まれるようになった原因。


 左手に持った本から視線を外す事なく読書を楽しみつつ、同時に鹿謳院が不機嫌である可能性について考える近衛。


 複数の物事を全くの同時に考える事が出来る近衛鋼鉄の頭脳は、いつも通り下らない事に使われていた。


「(しかし、あれには仕方ない側面もある。恋愛経験のない俺が他人の恋愛に説教を垂れるなど何様だと言う話だ。確かに、俺が一言命じれば民はその言葉に咽び泣き、服従する事に喜びを感じるかもしれん。だが、中学高校にもなって他者に説かれなければならぬような恋愛しか出来ぬ者など、興味すら持てん。柳沢に頼まれたようだが、鹿謳院も下らぬ仕事を引き受けたものだ。──ほう、やはりここでその能力を使ったか、展開は安直だが悪くない。となると、次は……)」


 パラパラと本のページをめくり、本の内容に頭の中でツッコミを入れつつも近衛の思考は続く。


「はい、紅茶どうぞ」


「うむ」


「たまにはありがとうございますって言ってくれてもいいんですよ、副会長?」


「用が無いなら退室しろ」


「(また視線が険しく……なんだ? 鹿謳院は何に不満を抱いている。演説の件以外となると、思い当たる節は五十個弱しかないが、どれだ。──何故そこで助けに入る。どいつもこいつも物語の主人公と言う生物は要らぬ事をする。表現の限界に挑戦しろ、臆病者めが)」


 正直、鹿謳院がキレていようがいまいがどうでも良いと考えている近衛。


 そんな彼は、柳沢と会話をしつつ、本にツッコミを入れつつ、そのついでに睨まれている原因を探っていた。


「(いや待て、睨まれるようになったのはつい最近だ。そして今朝は睨まれていなかった。ここ最近あの女が俺にガンを飛ばすのは決まって昼休みの読書中。本日の執務室において朝と昼の違いと言えば、柳沢が居るか、或いは俺がこのライトノベルを読んでいるかのみ。──なるほど、そう言う事か、鹿謳院)」


「副会長ってホントに何でも読みますけど、電子書籍じゃ駄目なんですか?」


「どちらでも構わんが、休み時間は本屋で適当に買った本を読む事にしているだけだ」


「あ、そう言えばそうでしたね。どれどれー、最近読み終った本は何処ですかー?」


「読み終わったモノはそこの本棚に入れてある。読みたければ勝手に読め、読み終わったら図書室に献本しておけ」


「え、普通に嫌ですよ、手続き面倒ですし。……て言うか、その本も図書室に献本するんですか?」


「無論だ。橘なら笑顔で引き受けていただろうな」


「(鹿謳院は俺を睨んでいるわけではない。恐らく、今俺が読んでいるこのライトノベルに嫌悪感を抱いているのだろう。仮にも知識層たる者が、表題と表紙だけで全てを判断するとは嘆かわしい。この『神様の手違いで死んだ俺の異世界ハーレム無双 ~魔王、なにそれおいしいの? 俺はチート能力を使ってモテモテハーレムライフを送る~』と言う表題と、異様に肌色の多い表紙に嫌悪感を抱いているのだろう)」


 鹿謳院から向けられる険しい視線の原因に気が付いた近衛は、心の中で溜息を溢していた。


「(俺とてこの作品が面白いなどとは思っていない。だが、何処に需要があるかもわからんこの作品は現在十七巻まで出ており、コミカライズと映像化までされた人気作だと聞くではないか。民の間で流行している作品であれば一度は目を通して然るべきとは思わんのか。それに、ハレムを謳っておきながら十二巻まで読んで一度も本番行為が無い。であれば、これは健全図書であろう)」


 確かに、実際問題として鹿謳院が近衛の読んでいるライトノベルの表紙に多少なりとも冷ややかな感想を抱いているのは事実としても、彼女もまた近衛同様に文化物に対して一定の敬意を払う人間である。


 その為、たとえそれがラノベであっても絵本であっても大衆紙であっても、頭ごなしに否定する事はない。


 後にも先にも、鹿謳院が一度注意したのは近衛がエロ本を堂々と呼んでいた時だけである。


 と言う事で、そんな鹿謳院が近衛にガンを飛ばしている理由は当然そんな所にはない。


「(私のセレナとあんなにも親しげに話しているあの男が……憎い!)」


 彼女はシンプルに嫉妬していた。


「(ですが、美月も美月です。すぐ近くに最愛の夫たるこの私がいると言いますのに、何処の馬の骨ともわから──ない、事もありませんね。この男の骨にはきっと、家名が彫られている事でしょう。ですが、たとえ相手が骨に名を刻む駿馬であろうとも、夫以外の男に現を抜かすとは何事でしょうか)」


 椅子に腰かける姿勢は張り詰め、湯呑を両手で持ち緑茶を飲む姿は美しい。


 その姿は正に生徒の鑑、否、和の鑑。

 

 そんな鹿謳院氷美佳ではあるが、誰にも見られる事のない机の下では、両足を交互に動かしていた。


 かかとを床につけたままで、両足のつま先だけをペタペタと軽く上下に動かすと言う、鹿謳院氷美佳が人前で出来る、最大限のお行儀の悪い行動を取っていた。

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