Level.014 セレナと言う偶像
近衛にとっての女子とは“自分に群がる五月蠅い生物”程度の認識しかない。
しかし、そんな中でも幼稚舎より苦楽を共にしてきた純血組の一人である柳沢美月には、珍しく心のドアを半開きとまでは言わないまでも、ドアチェーンを掛けた上で開く程度には受け入れている。
今でこそ美人女子高生インフルエンサーとして中高生に絶大な人気を誇る柳沢も、幼稚舎や初等部の低学年のうちは、女子ではなく男子に混ざって遊ぶタイプだった。
そして、大抵の女子が男女関係なく一切の容赦をしない近衛に怯えるのに対して、柳沢だけはそれでも近衛と遊んで、いつも楽しそうにしていたとか。
その結果、あらゆる競技、あらゆる場面で何度となくボコボコにされても、尚へらへらと笑って自分に近寄って来た彼女の事を、近衛はそれなりに気に入るように今に至る。
「(なんだ、その服は。スケスケではないか。本当にこんなものが流行すればこの国はどうなってしまうんだ。いやしかし、透けているのは一部だけか。だが、男からすれば一部とは言え透けている服は若干エロく見える。よく考えるべきだと思うがな)」
無論、柳沢と一緒に写真や動画に映っているその他のモデルが視界に入る事はない。
徹底的に柳沢美月だけを模倣する事によって、近衛が演じるセレナは変にキャラクターがブレる事が無い。
そしてそれ故に、完璧主義者の近衛によって模倣され、生み出されたセレナは、今も尚可愛い女の子として日々進化し続けているのである。
楽園の庭が人気を博している理由はいくつかある。
たとえばそれは感動的で熱いストーリーであったり、たとえばそれは大人数で戦う歯ごたえのある戦闘であったり、と。
人気の理由は様々ではあるが、その中の一つにファッションアイテムが充実している点もあげられる。
アニメ調の3Dアバターを自由自在に着せ替える事が出来るからか、女性受けの良い楽園の庭ではプレイヤーの男女比に大きな偏りがない。
そして、定期的に開催されるデザインコンテストでは、ユーザーが考えた服や武器が多数実装される事もある為、ファッションラブ勢はコンテストに向けて日々デザインを考えているとかいないとか。
「(透け感か。これを、どのようにしてファンタジーの世界にに落とし込むか)」
そして、近衛はそんなデザインコンテストが開催される度に応募をしている。
その際に参考にしているのが柳沢美月のコーデであり、それをどのようにして楽園の庭の世界観に合わせた衣装として仕上げるかを日々考えている。
ガチガチのファッションラブ勢である。
あらゆる分野において妥協の二文字を知らない近衛にとって、たかがゲームと言う発想は端から存在しない。
セレナ:ダリちゃんダリちゃん!
マンダリナ:どうした?
セレナ:今日はいつもとちょっと違う所あるんだけど、わかる?
マンダリナ:違う所か。どうかなーと思ったけど、言われてみればちょっと服の色違うか?
セレナ:おお、正解ー! 今までここのスカート部分は、RGBの255:255:255の純白だったんだけど、253:250:250にして気持ち赤味のある白にしたんだー
マンダリナ:ピンクのリボンに合わせる感じか。いいな、そっちの方が似合ってるよ
セレナ:ホント! ありがとー!
RGBとは!
『赤《Red》』『緑《Green》』『青《Blue》』の色の三原色を表す言葉である。
楽園の庭では0から255までの256段階まであるRGBのカラーコードを細かく調整する事によって、1600万色の中から自分だけのオリジナルカラーの衣装を作り出す事が出来るのである。
ちなにみに、衣装の色を変更する為の染色アイテムは、イベントで配布される以外は基本的に課金アイテムなので、大抵の人はポンポンと気軽に服の色を変えるような事はしない。
とは言え、楽園の庭の課金要素はその程度しかない。
昨今主流のガチャを回してキャラクターや武器を獲得するゲームではないので、課金をする事でプレイヤーが有利になる事は全くない。
なので、頑張ればどのアイテムもゲーム内で入手できる物ばかりとなっているのだが、戦闘やキャラクター育成に関係のないファッション関連のアイテムの中には、一部課金をしなければ入手が出来ない物も存在している。
そして、セレナこと近衛鋼鉄は、販売されている全てのファッションアイテムを保有している。
それも偏に──。
「(白の調整は困難だからな。確かに、ダリちゃんは妻たるこの俺の着る物であれば何でも褒めてくれる傾向にある。だが、夫の嗜好を把握する事に損はないだろう)」
それも偏に、ダリちゃんに楽しんでもらう為の着せ替えである。
「流石は美月です」
「(正直、何処がどう違うのか正解を教えて貰った今ですらさっぱりわかりませんが、白や黒が奥深い事は私とて当然知っております。現実であっても、ゲームであっても、ファッションに拘る所は美月らしくて好きですよ)」
服を見せる為に草原フィールドの片隅でくるくると回って見せるセレナと、そんな彼女をほめちぎるマンダリナ。
楽しいゲームの時間はゆったりと過ぎて行き、翌日の事も考えて遅くなりすぎる前にログアウトをした二人。
「あ」
「あ」
そんな二人はゲームを終了した時に思った。
「(しまった。ダリちゃんが良い反応をするせいでリアル情報を詮索すると言う目的を忘れていた)」
「(セレナが可愛すぎて美月の特定に至る探りを入れ忘れてしましました)」
そんな事を一瞬考えてしまった。
「(まあ、次の機会でも構わんか)」
「(いえ、ここまで来れば焦る必要もありませんね)」
とは言え、楽園の庭を終了した二人はすぐに気持ちを切り替えると、軽く口角を持ち上げながら勉強を開始した。