Level.013 認知バイアスの恐怖
セレナの中の人を見つけた鹿謳院はウキウキのまま帰宅。
着替えを済ませるとすぐに『楽園の庭』へログインした。
セレナ:あ、こんにちは!
マンダリナ:お、こんにちは。今日もセレナの方が先だったかー
セレナ:妻として夫を出迎えるのは当然ですから!
マンダリナ:可愛い奴めー!
そして、ログインと同時に目の前に現れたセレナを目にして、更に目を細めた。
「(さて、どのようにしてリアル情報を特定して行きましょうか。学校では二人きりになれる時間がなくて、全く探りを入れるタイミングに恵まれませんでしたから。楽園の庭からアプローチするしかないのですよね)」
マンダリナ:とりあえず今日もデイリー消化からやってくだろ?
セレナ:そのつもりですー、クイパで行っちゃう? 誰かフレンドさん誘いますか?
クイパとは!
楽園の庭ではダンジョンを攻略する際に、最低でも四人の人間がパーティーと呼ばれる集団を作る必要がある。
だが、楽園の庭のプレイヤーの全員が三人以上のフレンドに恵まれているわけでもなく、フレンドが居たとしてもログイン時間がズレて一緒に遊べない事など日常茶飯事。
そういう時に、同じダンジョンを攻略しようとしている他のプレイヤー同士をマッチングさせるシステム──それがクイパ、クイックパーティーシステムである。
マンダリナ:クイパってちゃっと終わらせちゃうかー
セレナ:はーい! それじゃあ申請しちゃうねー!
チャットの中に感嘆符や絵文字を時々混ぜるセレナのチャット。
「(チャットだけですと判断の難しい所ではありますが、よくよく目を通してみればセレナの文章は美月の口調に似ている箇所が見受けられます。美月はギャルとまでは言わないまでも、少し奔放な子。ですので、時々言葉がふわりと軽くなる事もあるのですよね。それでも、基本はいつだって敬語。敬語と軽い言葉を織り交ぜた可愛らしい口調なのですよね)」
セレナ:ダリちゃんダリちゃん!
マンダリナ:なになに? どうかしたか?
「(そう思って見ているからかもしれませんが、段々とセレナのアバターが美月に見えてきました。……いえ、冗談ではなく。ど、どう言う事でしょうか、美月に見えますね。ロングのレイヤーカットを赤と茶でグラデーションで染めた髪型。やや垂れ目がちの大きな黒目に、左目中央の下にある泣きぼくろ。セレナのキャクター造形って、完全に美月ですよね)」
いつも通り楽し気なチャットを送って来るセレナ。
そんないつも通りの愛らしい妻の姿をもっとよく見ようと、PCモニターに顔を近づけた鹿謳院。
様々な角度からPCモニターを見ようと、身体を上下左右に動かす鹿謳院は、セレナのアバターを凝視していた。
「(私の勘違いではなく、美月ですよね。──え? 美月?)」
自分の口を隠すように左手でそっと唇に触れた鹿謳院。
黒真珠のように美しい瞳をより一層に大きくした彼女は、驚きのあまり息を飲みこんでいた。
楽園の庭における自分の妻、セレナ。
その彼女が作り出したゲーム内のキャラクターの特徴が、余りにも柳沢美月に似通っていたから。
「(いいえ、まだです。まだ慌てるような時間ではありません。偶然の一致に意味を見出すのは愚か者の思考ではありませんか。アポフェニアによる認知バイアスを除去した上で再検討をしようではありませんか)」
アポフェニアとは!
偶然にしてはあまりにも出来過ぎている事象に遭遇した際、全く関係ない事象同士をくっつけて、そこに無理矢理な意味を見出そうとしてしまう認知バイアスの一種。
壁に出来たただカビが偶然にも人の顔に見えたからこの家は呪われているとか、ただの偶然に強引に意味を見出してしまう認知バイアスである。
「(チャットの雰囲気が美月の口調に似ているだけ。セレナのアバターが持つ身体的特徴が悉く美月と一致しているだけ。聖桜学園高等部に通う生徒と言うだけ。近衛副会長に近しい場所に居る人物と言う可能性があるだけ。セレナも美月も偶々、偶然に可愛い服とお喋りが好きなだけではないですか。一つ一つはたいした事はありません。だだそれだけの、たまたま偶然の──)」
「なるほど、そう言う事でしたか」
クイックパーティーを組んで突入したダンジョン。
大盾を持って敵の注意と攻撃を一身に引き受ける愛らしい妻を見た鹿謳院は、妻やその他のパーティーメンバーを回復しながら誰に言うでもなく、目を細めた。
「(恐らく美月ですね)」
認知バイアスを除去した上で考えるとは何だったのか。
セレナと美月の両方をとても好いている鹿謳院は、普段なら決してやらないような結論ありきの思考を展開。
細かく考えれば見つかるであろう矛盾の全てを、思考の彼方へと追い出してしまった。
その後、難問が一つ片付いたと勘違いしてしまった鹿謳院は、久しぶりに何も考えずに楽しくゲームに没頭した。
しかし、今回のケースで一番の問題は、鹿謳院氷美佳がセレナのアバターを見て美月を連想してしまった事に他ならない。
では、なぜそんな事が起きたかと言うと──。
「(ほう、次はこのコーデが流行る予定なのか。女の服の流行は理解に苦しむな)」
大好きなダリちゃんと一緒に冒険に繰り出した、セレナこと近衛鋼鉄。
マルチモニターのうちの一つをゲーム画面として使い、もう片方をゲームの攻略情報やダリちゃんとの話題探して、流行チェックの為に使用している彼は今『リット-リンク』と呼ばれるSNSを開いていた。
『lit‐Link』とは!
登録者同士であれば、文字や絵文字によるチャット、通話は勿論、写真や動画の投稿も出来てしまい、スマホやPCを通してリアルタイムでライブ配信まで出来てしまうソーシャル・ネットワーキング・サービスのプラットフォーム一つである。
若者を中心に爆発的な利用者数を誇っていて、少なくとも十代と二十代のスマホには必ず『リット‐リンク』のアプリが入っており、三十代以上の登録者も急速に増加している現在主流となっているSNS。
通称『リリンク』。
そんなリリンクのページをPCで開いた近衛鋼鉄が見ているのは、とある女子が投稿した写真。
「(しかし、自社製品の紹介に自分の娘を使うとは『UNLOOK YOU』の社長も中々に無駄のない奴だ。自分の会社の服を自分の娘が着て持ち上げているだけだからな、ステマも何もあったものではない。ファッションリーダーでありメディア露出の多いインフルエンサーである柳沢が着れば、それだけで何も考えずに真似をする馬鹿共も多いだろう)」
そんな事を考えながら、柳沢美月が着ている服を必死になってメモに書きだしている馬鹿共の内の一人が、何を隠そう近衛鋼鉄である。
鹿謳院がセレナのキャラクターを見て美月を連想してしまったのも無理もない。
何故なら、近衛鋼鉄は柳沢美月を参考にしてセレナと言うキャラクターを創り上げたのだから。