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Level.012 狂い始める盤面


「って事なので、今度生徒総会で会長から生徒に対してビシっと聖桜に通う生徒の恋愛観みたいなのを語って下さい! 私はその様子を撮影して記事にしますので! 実態はともかくとして、内外に聖桜の清廉さをアピれる演説をお願いします!」


 相談事と聞いて焦り過ぎてしまったのかもしません。


 無理矢理聞いた手前、今更やはり副会長に任せましょうとも言い出し辛く、気が付けば仕事が増えていました。


「副会長が一言二言どぎついお説教をしてくれたら大体の子は大人しくなってくれるので、ちゃちゃっとやってくださいよー! って、お願いしたかったんですけど。説得するの大変じゃないですかー」


 それに比べて私の説得はさぞ簡単だった事でしょう。


 なんて事を考えた鹿謳院が心の中で溜息を吐きつつも、話を続ける。


「そうですね。会長の私の指示ですら聞かない事が殆どですからね」


「基本的に自分で決めた事しかやろうとしないですしねー!」


「そうですね」


「それでも……。まあ、なんでしょうね。何でもかんでも頼られると疲れちゃうって言うか、そう言う気持ちはわかるじゃないですか」


「どうでしょうか。私は誰かに頼られる事を嬉しく思いますので、その気持ちを理解出来るとは言い難いかもしれません」


「ミカちゃんは強いねー、メンタルつよつよだよー。流石は統苑会の会長様だぁ! ……でも、みんながみんなつよつよメンタルの持ち主ってわけでもないから。あんまり頼られ過ぎると、わーってなって逃げたくなっちゃう事もあると思うんですよねー」


「そうかもしれませんね」


 とは言いましても、それは一般的な感性をもつ人々のお話でしょう。


 天上天下唯我独尊を地で行かれるあの近衛副会長には、まるで当てはまらないと思いますけども。


 そんな事を考えながら柳沢の言葉に一応の同意を示した鹿謳院だったのだが──ふと、何かが繋がるような気がした。


「──それはたとえば、時に重たい現実から逃げ出したくなってしまうような、そう言う感覚の話でしょうか?」


「ですねー。考える事が多すぎて何もかもが嫌になって逃げだしたいー、みたいな。子供の頃はそうでもなかったんですけど、大人になったら色々見えて来る事もあるじゃないですか? うわー、これマジー? みたいな」


 溜息を吐きつつ話す柳沢と、そんな彼女をまじまじと見つめる鹿謳院。


「(美月の言っている内容は抽象的過ぎて全く理解出来ませんが。それでも、どうしてでしょうか、話している内容と雰囲気に既視感を覚えてしまいますね)」


「悩みの種はそれぞれの人にありますからね。あの副会長であっても逃げ出したくなるような事はあるのかもしれませんね」


「うんうん、そう思う」


「美月も何か悩んでいる事がありましたらいつでも私に話してくださいね」


「うん、ありがとうミカちゃん!」


 その時、鹿謳院の身体に間違った電流が走った!


「(今の会話の流れは、やはりそうです。先日セレナとしたチャットに余りにも酷似してはいないでしょうか? 何やら悩み事を抱えている様子のセレナと、何やら悩み事を抱えた様子の美月。同意する私と美月の返事──そしてなにより最後の言葉)」


 決定的な何かに気が付いてしまった鹿謳院は歓喜から身体を小刻みに震わせ、偶然と言う名の運命に感謝。


 これからどのようにして会話を展開していくかを考え始めた、その時。


「そこをどけ柳沢」


 ノックも無くバタンと開いた扉から登場した男が、鹿謳院の思考を停止させた。


「もうちょっとで昼休みも終わるし別によくないですかー?」


「ふん。俺が座ると決めたら座る、それだけだ」


「どうしても座ると言うのなら私の膝の上に座ってもいいですよ」


「誰がそのよう──」


「(おのれ! この男は! 今考えていた所なのです!)」


「──な、なんだ鹿謳院。睨むような事か? ……全く。わかった、俺はソファーで我慢してやる」


 まるで統苑会次期会長選の時のような、敵対者は容赦なく叩き潰すと言わんばかりの鹿謳院の鋭い視線を久しぶりに浴びた近衛は、軽く困惑しながらソファーに腰かけた。


「(……いえ……いえ。でも、ですが、その可能性は考えていませんでした。考えてみればしっくりと来るではありませんか)」


 近衛と柳沢が話している光景を見ながら、改めて鹿謳院は考えを纏める。


「(セレナは副会長の事を”凄く優しい人”と認識しているようでしたが、では、美月はどうでしょうか? 少なくとも外様の生徒がこの男を優しいと評価するのは無理がありますので、セレナが純血組である事は確定しても良いでしょう。そして、凄く優しいと評する程に打ち解けた間柄となりますと、その数は更に絞られます)」


 どうにかして落ち着こうと深く息を吸い込みそして吐き出す。そして緑茶を一口。


 興奮のあまり、鹿謳院氷美佳の思考は完全にロックされてしまっていた。


「(近衛鋼鉄を格好良いと騒ぐ子や、仲良くなりたいと言う女子はそれこそ山の数ほどおります。ですが、凄く優しい人とまで言い切ってしまう子はそう多くないはずです。──それこそ、毎日のように統苑会の執務室で副会長と楽しそうに話しているような女子でもなければ)」


 一応ギリギリ正解と言えなくもない。


「(そして極めつけはセレナがマンダリナを呼ぶ時の愛称と、美月が私を呼ぶ時の愛称。マンダリナをダリちゃんと呼ぶセレナ。氷美佳と言う私の名前をミカちゃんと略して呼ぶ美月。──まだ確定は出来ませんが、十中八九間違いないでしょう)」


 十中八九の中から二と一を掴み取る、見事な間違いである。


 偶然に偶然が重なるとそれは運命になり、運命に重なる偶然を人は悪戯と呼ぶ。


 こうして、運命の悪戯に支配された盤面は少しずつ可笑しな方向へと転がり出して、また次なる一手が動き出す。


 近くて遠い夫婦探しは、緩やかに勘違いを加速させていく事となった。

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