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Level.011 相談事はなんですか?


 近衛鋼鉄が退室してしばらく。


 統苑会の執務室にコンコンとドアを叩く音が響いた。


「どうぞ、開いておりますよ」


 どのようにしてセレナの中身を特定するか。


 次に楽園の庭にログインした時に、どのような会話をもって個人特定に至る情報を引き出すか。


 パソコンにセレナとの会話シミュレートを書き出していた鹿謳院は、ノックが聞こえるや否や、入力した情報を全て削除。


 ノートパソコンをパタリと閉じた。


「こんにちはー、あれ? 副会長いないんですね? ミカちゃんだけですか? 珍しいですねー」


 そんな事を言いながら部屋に入って来たのは、柳沢美月。


「副会長であれば風に当たると言い残して、フラリと何処かへ行かれましたよ」


「そっかー、残念ー」


 近衛が居ないのをいい事に普段彼が座っている椅子に腰かけた柳沢は、特に何かをするわけでもなく、スマホを取り出して弄り始める。


「副会長に何か用事があったのですか?」


「用事って程の事でもないんですけどね。ちょっとした相談事って言うか、お願いー、みたいなー」


 相談事。


 柳沢美月の口から飛び出したその単語を聞いた鹿謳院は、ただでさえ美しく伸ばされた背筋を、更にピンと伸ばすように身体を動かした。


 初等部から付き合いの続いている友人、柳沢美月。


 ふむ、と考えてみる。


 私や美月が中等部三年だった際に行われた、聖桜学園統苑会次期会長選挙。


 中等部と高等部の全生徒が、私と近衛君の二つの派閥に分かれて争う事となった次期会長戦。


 様々な要因が重なった事もあって、結果的に私の辛勝と言う形で決着がついたあの選挙。


 当初、近衛君は統苑会の会長の座に興味はりませんでした。


 故に、選挙が開かれる前から私が会長となる事は確定しているはずだったのですが、それがどう言う訳か、候補者の募集を締め切る土壇場になっての立候補。


 まあ確かに、誰が何をしようとも我関せずと言った近衛君が動いた時は驚かされましたが、それでも、その時はまだそこに脅威など感じていませんでした。


 けれども、容易に打倒し得ると思われていた近衛君は──近衛鋼鉄と言う人間は、その実、私の想像を遥かに超える怪物でした。


「──そのちょっとした相談事とは、私では駄目なのでしょうか?」


「え? いえいえー、それは全然いいんですけど、ミカちゃんにはあんまり面白い話じゃないかもですよー?」


 普段、近衛が座っている椅子に腰かけて、身体を揺らしながら笑顔でスマホを捜査している柳沢美月。


 そんな彼女に鹿謳院が声を掛けた。


 次期会長選に、私以外の候補者が居なかった事は偶然ではありません。


 選挙が始まるより前から、次期会長選が開かれるずっと前から、私が中等部に上がった直後から、会長選に向けた周到な準備は既に始まっていたからです。


 中等部の生徒は勿論の事、高等部の校舎へと赴き前統苑会の方々への協力の取り付けはもちろん、将来的に敵対候補となり得る生徒の懐柔と掌握。


 一日二日では難しくとも、それが一月二月、一年二年と時間を掛ければどうでしょう。


 結果、私が中等部三年に上がると同時に宣言された統苑会次期会長選挙は、始まる前から私の勝利が確定している出来レースとなっていました。


 ……いえ、なっているはずでした。


 中等部に上がってすぐに動き出した私が、必勝を目指して築き上げたはずの完璧な領域は、戯れに目を覚ました近衛鋼鉄の一挙手一投足で、見るも無残に破壊されてしまいました。


 そうして、鹿謳院一色であったはずの勢力図は瞬く間に塗り替えられる事に。


 中等部に上がった直後から長い時間をかけて準備した私を嘲笑うかのように。


 会長選に立候補した近衛君には、たったの一月で学園を二分する強大な派閥を形成されてしまう始末。


 次期会長選は波乱に次ぐ波乱を呼び、辛うじて私の勝利で幕を閉じた一連の争いは大変な盛り上がりを見せる事となりましたので、結果的に良かったのですが……。


 その際に近衛鋼鉄を次期会長にと推し、近衛派を纏め上げた中心生徒。


 それが、柳沢美月。


 私が統苑会の会長となり、近衛君が副会長に。


 本来はその次に書記や庶務、議長や会計と言った各役員を決める事となるのですが、私と近衛君が最初に選んだ一人が、統苑会の現在の広報担当である彼女でした。


「私に解決できる内容であれば尽力致しますよ」


「うーん、でも、ミカちゃん忙しくないですか?」


 ふるふると首を振りながらどうしようかと迷った様子の柳沢に、鹿謳院が優しく声を掛ける。


「たとえ忙しかったとしても、美月の悩みは私の悩みでもあります。共に解決出来るように手を尽くしますよ」


 選挙戦では敵対関係にありましたが、派閥が違っただけで仲が悪いと言うわけではないですからね。


 一緒に買い物に行く事もあれば、私が彼女の家に、彼女が私の家に遊びに来る事もあります。


 何より服飾で財を成したお家と言う事もあるからでしょうか、服選びに関しては特に素晴らしい感覚をもっていますからね。


 普段は和服しか着用を許されない私が、自宅で身に纏う洋服のコーデ。


 その殆ど全てを美月に選んで貰っているものですから、将来は美月に専属のファッションコーディネーターをして貰いたいと考えている程です。


「うん、じゃあちょっとミカちゃんに聞いて貰おうかな? 副会長って最終的には助けてくれるんですけど、最初は大体馬鹿にしてくるからそこが面倒なんですよねー」


「言われてみれば、副会長にはそのような所があるかもしれませんね。ですがもちろん、私は人の悩みを馬鹿にするような事はしませんよ」


「ねー、普通そうだよねー。副会長ってば性格ぐねんぐねんに曲がってるから仕方ないんですけど。──あ、それでなんですけどね」


「はい、如何なさったのですか」


「たいした事じゃないんですけど、高校二年にもなると私達の周りにも彼氏彼女の関係の生徒が増えて来たじゃないですか? クラスでもお付き合いしてる人もいますし」


「ええ、そうですね。聖桜の風紀を乱さぬよう清い交際を心がけて下さると安心致します」


「まあまあまあ、それはそうなんですけど。実際はヤリまくってる子もいるのが現状じゃないですか」


「ヤ……」


「特に一部の男子とか。聖桜ってだけで他校の女子が寄ってきますから。外で女の子ひっかけてる男子もいるのが現状じゃないですか? その辺をどうにか出来ないかなーって。個人的には好きにしたらいいとも思ってるんですけど、聖桜のブランドに疵が付くような振る舞いは、統苑会的には困るじゃないですか?」


「そう、ですね。破廉恥な行いは是正するべきでしょう」


「ですよね! 副会長だったら絶対に『やりたい奴には勝手にさせておけ』とかなんとか言っちゃってましたよ。やっぱりミカちゃんは話がわかるうー」


「勿論です」


 美月も初めから副会長ではなく私に相談をすればよかったのですよ。


 ……はて? 相談は何処に行ったのでしょうか。

誕生日なので何話か投稿します

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