Level.115 結局はいつも通り
何度もリテイクをさせられるせいで若干苛立ちを覚えている近衛に、自分のせいだと分かっている鹿謳院はやや萎縮気味。
「洋服に慣れん事は理解してやる。だが、これも統苑会の仕事だ。表情くらい取り繕えんのか、貴様は」
「副会長に言われずとも、その程度の事はわかっております」
「(洋服に緊張しているのではなく、毎度副会長と腕を組んで身体を密着させなければならない事に慣れていないだけです。……それに引き換えこの男は、鹿謳院家たるこの私が腕を組んで差し上げていますのに、顔色一つ変えず涼しい顔を浮かべて。この女たらしの獣めが)」
「だったら真面目にやれ。わかっているのに出来ないのであれば、それは怠慢だ」
「わかっていると言っているではありませんか」
心の中で酷い暴言を吐いている鹿謳院だが、別に近衛も緊張していないわけではない。
それでも、今回はこれが求められている事だと理解しているので、心を取り繕っているだけの話。
いつぞやの花火大会の時と違って、今回の撮影の場合はそれが必要であり求められていると理解しているので、近衛は完璧な笑顔を浮かべている。に対して、鹿謳院はいつまで経ってもぎこちないまま。
終いには、エキストラを立たせているブラックジャックテーブルのカジノディーラーの前でギスギスし始めてしまう二人に、白川もお疲れの様子。
「この程度の仕事もこなせんようで、本番俺に勝つ事など出来るのか?」
「ただの撮影とカジノは別の話しです。意味の分からない事を仰らないで下さいませ。本番では私が圧勝致します」
「ふん。そこまで言うのであれば──どれ、試してやろうではないか。トランプを借りるぞ」
そう言うと、徐にディーラーからトランプを奪った近衛が見事な手さばきでシャッフルを始めた。
「確かめる方法はシンプルだ。ハイアンドローはわかるか」
「馬鹿にしないで下さいませ。今の私の頭には世界中全てのトランプゲームについての知識が詰め込まれております」
「二月前までブラックジャックも知らなかった者が吠えるではないか」
「過去は過去、今は今です。過去を見るばかりで今を図れぬとは憐れな方ですね」
「それが口先だけの虚勢でなければの話だがな」
芸術的な手さばきでトランプをシャッフルしながら鹿謳院を睨む近衛と、近衛を睨み返す鹿謳院。
「(この男はいつもいつも、いつも)」
「(相変わらず口だけは達者な女だ)」
カードをシャッフルしながら、ブラックジャックテーブルからディーラーを立ち退かせた近衛は、代わりにディーラーの場所に移動。テーブルを挟んで鹿謳院と睨み合うと口を開いた。
「まあよい。知っているのであれば敢えての説明は不要だろうが、一応の確認だ。ルールの擦り合わせは重要だろう」
「仰る通りです。場所によってどの数字を最強に据えるのかも変わりますからね」
「うむ。ハイアンドローはキングを最強とするかエースを最強とするか曖昧だ。キングかエース好きな方を選べ」
「であれば、今回はキングを最強の数字と定めましょう」
「いいだろう」
シャッフルを終えたトランプを鹿謳院と自分の交互に投げながら、ルールを決めて行く二人。
また言い争いを始めて勝手にゲームを開始した鹿謳院と近衛の様子を、遠くの椅子に腰かけていた白川が瞳を鋭く光らせながら眺めていた。
「本来は五十二枚のトランプを等分、互いに二十六枚の手札をもってHighかLowを宣言し合うゲームだが、今回は時間も押している。ここは一つ、変則ルールと行こうではないか」
「ええ。構いませんよ。勝負回数は五回もあれば十分でしょう」
「奇遇だな。俺もそう考えていた。互いに今配り終えたカードより好きな五枚を選び、場に伏せる。最大五回の勝負のうち先に三勝した者が勝利する方式でいこう。当然だが、選ぶ際にカードを見る事は禁止だ。裏返したままで五枚を選択しろ」
「心得ております」
ハイアンドローは二人で行うトランプ競技。
攻めと守りに別れて、カードの数字が大きいか小さいかを当て合うだけの非常にシンプルなゲーム。
本来は攻めと守りが山札から一枚ずつカードを取り、まずは守備をする者が表向きでカードを一枚場に出せば、今度は攻撃側が裏向きでカードを一枚場に出す。
攻撃側は守備側が場に出したカードを見て、自分が場に出した裏向きのカードの数字が相手のカードの数字よりも大きいと思う場合は『High』と宣言、小さいと思う場合は『Low』と宣言する。
宣言が当たっていれば攻撃側は場にある二枚のカードを取得するが、外れた場合は捨て札として二枚とも除外。
最終的にどちらが多くのカードを手にするかを競い合うゲームとなっている。
「同じ数字の場合はどうする。捨て札でよいか」
「はい。ドロウの場合は捨て札に。攻撃側はHighかLowの宣言が当たっている場合のみ、カードを獲得すると致しましょう」
同じ数字『Draw』の場合、主催している人によってルールが異なる。
今の鹿謳院と近衛の様に捨て札として除外するパターンもあれば、攻撃側が獲得するパターン、攻守共に一枚ずつ獲得するなんてパターンもある。
と言うのが普通のハイアンドローだが、今回二人が行うのは変則ハイアンドロー。
「俺の五枚は決まりだ」
「私の五枚はこちらで決まりです」
自分の山札から五枚のカードを選んだ鹿謳院と近衛は、それらを自分の前に横一列に並べる。
「俺達が行うのは変則ハイローだ」
「はい。お互いに五枚ある伏せ札の中から好きな一枚を選択。相手の一枚よりも大きいか小さいかを宣言した後に同時に表に向ける。と言う事で宜しいですね」
「そうだ。このハイローは純然たる運と運のぶつかり合いだ。どちらの運が上かを競い合うだけの、実にシンプルな競技だ」
「どちらか片方の宣言が成功した場合は二枚を獲得。どちらの宣言も成功した場合は互いに一枚ずつ獲得。どちらも宣言が外れた場合は二枚とも捨て札に、全く同じ数字でDrawとなった場合も互いの手札を捨て札とする。こちらでお間違いありませんね」
「問題ない。ルール確認は以上だ」
鹿謳院と近衛が今回行うハイアンドローは競技性もへったくれも無い。
自分の前に伏せられている五枚のカードから一枚絵選んで、お互いに伏せられたカードの大小を予想するだけの、完全に運だけのゲーム。
相手より大きいと思えばHighを、相手より小さいと思えばLowを宣言する。サイコロの出目を予想するだけの運ゲーと何も変わらないが、それでも、この競技にもし運以外の要素があるとすれば──。
「それでは始めましょうか」
「いつでもかかってこい」
派手な演出も何もなく、日常会話の延長線上のようにサラリと勝負が始まった。




