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Level.111 戦闘範囲が縮小しました


 マンダリナとセレナがお互いの中身に一歩近づき合った翌朝。


 鹿謳院と近衛はいつも通り、統苑会の執務室で顔を合わせる。


「おはようございます、副会長」


「うむ。鹿謳院か」


 毎朝飽きもせずに全く同じ言葉を交わしては、どちらが早く登校しただのと言うクソどうでもいい事で多少の言い合いをする所までが二人の挨拶。


 聖桜祭パンフレットの衣装がどうなったのか。


 果たして、鹿謳院とマンダリナの接触はあったのか。


 そんな事を考える近衛が副会長の執務机について、ノートパソコンの起動しながら鹿謳院に斬り込もうと口を開く──。


「副会長」


「なんだ」


 ──よりも前に、鹿謳院が近衛に話しかけた。


「一昨日、聖桜祭のパンフレットを飾る統苑会の衣装をお決めした時の事なのですが、宜しいですか?」


「……ふむ。なんだ、衣装がどうかしたのか」


「(待て。その話題が出ると言う事は……まさか、ダリちゃんはもう鹿謳院と話をしたのか?)」


「いえ、冷静に考えましてバニースーツやバニーコートは統苑会にはそぐわないかと」


「ふむ」


「(やはりか。既に鹿謳院を説得済みとは、流石はダリちゃんだ。妻たるこの俺の事を想うが故の仕事の速さと考えれば、悪い気はしない。だが、今回ばかりは仕事が早過ぎる事に不満だ。恐らくは昨晩のうちに鹿謳院とスマホでやり取りをしたのだろうが、今日学校で接触してくれる方がありがたかったぞ)」


 登校早々にいきなり鹿謳院から飛び出して来たバニースーツの話題。


 それを聞いた瞬間に近衛は敗北感に襲われるが、ここで引き下がるわけにはいかない。


「だが、どう言う風の吹きまわしだ。俺は一昨日何度も確認をしたはずだ。本当にバニースーツを着るのかと。そんな俺の言葉を否定したのは鹿謳院、貴様ではないか」


「それを聞いてどうなさるおつもりですか?」


「どうもせん。何故急にそのような心変わりをしたのか気になっただけの興味本位の質問だ」


「そうですか。とは言いましても、特に理由はありません。衣装に反対される方がおりましたので再考したとだけお答えさせて頂きます」


「ほう。衣装は全会一致の下で決定されたはずだが、今更誰が反対意見を出したんだ」


「(間違いない。その反対意見を出した者こそがダリちゃんだ)」


「反対意見を出された方を糾弾でもされるおつもりですか?」


「(匿名性の徹底。これ以外にセレナをやり過ごす方法は存在致しません)」


 鹿謳院の向こう側に居るマンダリナの情報を一つでも多く得ようとする近衛。


 統苑会の中に潜むセレナに、マンダリナと自分を繋げる情報を渡したくない鹿謳院。


 マンダリナを探ろうと攻撃する近衛に、セレナからの探りを防御する鹿謳院。


 すぐ目の前に居る妻と夫に気が付かない夫婦は、今日も無駄な戦いを繰り広げる。


「貴様は馬鹿か、鹿謳院。これは興味本位の質問であるとつい先程述べたはずだ」


「もちろん、存じておりますよ。では、ただの興味であるならばもう宜しいではありませんか」


「いいや、そうもいかん。反対意見を出したからには、次に衣装を決定する際はその場に居て貰わなければならないだろう」


「反対意見を述べる際に必ずしも代替案をもっていなければならない、と言う事はありませんよ」


「そんな話はしとらん。折角だから反対した者に次の衣装の意見も聞きたいと思うのは自然な流れであろう。皆の意見を聞き入れると言う意味ではこれが一番効率的だ」


「そう言う事でしたら、本日は統苑会の全員で集まって衣装の再考を致しましょうか」


「……まあ、それが良いだろうな」


 とは言え、今回の攻防戦は鹿謳院が圧倒的に有利。


 統苑会メンバーから衣装について反対意見が出た事にして、後はそこに匿名性を付け加えるだけで簡単に防衛が出来てしまう。


 反対意見を出した者を教えろと言う近衛に対して、鹿謳院が全員を招集して衣装の再考を提案した所で決着。


 これ以上の深堀や追及をすれば、執拗な探りを入れる不自然さを露呈する事になると考えた近衛は、仕方なく追及を打ち切る事にした。


「(私は誰かの意見を受けたと言う立ち位置を崩さなければ問題ありません。もちろん、セレナのお願いを受けて衣装変更を採用した時点で、私の中にマンダリナが透けてしまう事は防ぎきれないでしょう。ですが、これだけではマンダリナと私を確定させる事は不可能です。順当に考えるならば、私に反対意見を述べたとされる誰かがマンダリナであると結論付けるのが普通でしょう)」


「(おのれ、鹿謳院。反対意見を述べた程度の事でこの俺がキレる訳がなか──い、いや、そうか。ダリちゃんの中の者は俺を怖いと言っていたのだったな。鹿謳院がここまで庇い立てしているのは、ダリちゃんから匿名にする事を強く請われたから、と言う事か。そう言う事、か)」


 意地でも意見を出した者の名前を教えようとしない鹿謳院。


 そんな彼女の態度から理由を推察した近衛は、心の中で少し凹みながらパソコンに視線を移して作業を始める。


「(……まあ、それでもいい。何にせよ、ダリちゃんの中の者が昨日楽園の庭からログアウトした後、鹿謳院に意見した事は間違いない。意固地になっていたこの女が、昨日の今日で意見を変えるなどそれ以外に考えられない)」


 もちろん、若干凹みはするがその程度の事で足を止めるような近衛ではない。


「(これで、ダリちゃんが鹿謳院に近しい立場に居る事は明白となった。もはやここに疑いの余地はないだろう)」


 そうして、鹿謳院に送れる事一日。


 マンダリナの中の人間が鹿謳院氷美佳に直接意見する事を許される誰かである、と言う結論に達した近衛。


「(仕方ない。今回は痛み分けといこうではないか、ダリちゃん。身バレのリスクを冒してまで俺の意見を聞き入れ、衣装の変更をしてくれた事には感謝する。こちらの情報を渡す事にはなったが……まあ、今はこれで十分だ)」


「如何なさいましたか、人の顔をまじまじと。私に見惚れる暇がありましたら仕事をなさってください」


「誰が貴様なんぞに見惚れるか。俺の視線ばかり気にしていないで仕事に集中しろ」


「勘違いなさらないで下さい。誰も貴方の視線など気にしておりません」


 昨日まであった不安や焦燥の色が取れた生意気な女の顔。


 それを見た近衛はフンと鼻で笑うと、視線をパソコンに戻した。


「(セレナに言われたから、彼女が嫌だと仰られたから、だからこのようなリスクを冒してまで急遽衣装の変更をした事は嘘ではありません。それでも、本当にそれだけが理由かと言われると……よく、わかりませんね)」


 パソコン画面から視線を外した鹿謳院だったが、ムカつく男が一瞬視界に入るとすぐに視線を画面に戻して、机の下で足をペタペタと動かし始めた。


『鹿謳院は本当にバニースーツで問題ないのだな』


「(……まあ、そうですね。バニースーツを止めた方が良いとセレナに仰られた時、先日の衣装決めの際に副会長が執拗に突っ掛かって来られた理由も、今は理解出来ました。恐らく、副会長は最初からずっと反対されていたのでしょうね。……それならそうと、いつも通り横柄な態度で一言、止めろと仰ればよいではありませんか)」


 セレナとチャットをしている時に、先日の近衛が言おうとしていた言葉の意味を何となく理解した鹿謳院はお行儀悪く足を動かす。


 一戦終えた早朝の執務室にはキーボードを叩くカタカタと言う音だけが響いていて、二人だけの静かな時間が過ぎて行った。

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