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「(ですが、今ならまだ衣装変更はギリギリ間に合います。……とは言いましても、今日話して明日いきなり私が衣装の変更を口にすれば、セレナの中の方に私の行動が筒抜けになってしまいます。セレナの中の方が雫であれ、桜花であれ、他の誰であれ、このタイミングで私が衣装の変更を口にすれば──)」


 それは間違いなく、セレナの中の人間に、自分の中に居るマンダリナを透けさせる事になってしまう。


 全会一致で衣装が決定して、もう衣装の話が進んでいる状態で、突然の反対。


「(いくらなんでも余りにも不自然過ぎるでしょう。今バニースーツに反対をして他の衣装を選ぶと言えば、それはセレナに言われたから意見を変えたと言う事を統苑会の誰かの中に潜んでいるセレナに宣伝する事になってしまう)」


 それだけはどうしても避けたい。


 統苑会の人間の誰一人として、鹿謳院氷美佳の中にマンダリナが居ると言う可能性を一ミリでも感じさせてはいならない。


 そう考える一方で、複雑な心境で揺れ動く鹿謳院の頭脳は、今この瞬間に近衛より先に特定合戦における一つ目の決定的な確証を得ていた。


「(まだ統苑会の者にしか共有されていないパンフレットの衣装を、これ程までに正確に把握されている。昨日の今日でバニースーツに言及された事は偶然ではないないでしょう。いえ、それを言うのであれば、二年連続で和服になる事に対する失望を口にされていたあの時もそうです。やはり、そうなのですね──)」


 これまで高い確率でそうであろうと考えていた可能性。


 セレナは統苑会に居るのではないだろうかと言う可能性。


 それでも、その可能性を百パーセント信じられるかと自分自身に問い掛けても、今までは残念ながら百パーセントにならなかった。


 それが今日この瞬間をもって百パーセントになった。


「(──もはや疑いの余地はありません。セレナは必ず統苑会の内部に居ます)」


 また自分はセレナに嫌われてしまったかもしれない。


 そう考えた事で締め付けられる胸に悲しみを覚えながらも、天才の頭脳は決して相手の隙を見逃さない。


「(ですが、貴女は馬鹿でありません。当然ですよね。統苑会に所属される誰かであるとするなら、これまでのやり取りを鑑みれば、その思考力は私に匹敵する可能性すらあります。そんな貴女がこんなにも分かり易い、中身に繋がりかねない手掛かりを提供されるだなんて……)」


 相変わらず続いているゲーム画面でのセレナとマンダリナのチャット。


 エモートを交えながら精一杯に感情と言葉を伝えてくれる愛らしい妻の様子を見ながら、鹿謳院は困惑した表情を浮かべていた。


「……ご自身の提供されている浅はかな話題に気付いておられないのでしょうか?」


 もしくは、マンダリナはこの程度の事も気付けないだろうと下に見られているのか。


 今まで中身に繋がる情報を易々と見せなかったセレナが、こうもあからさまに統苑会との繋がりを示唆して来た事に嬉しい反面動揺を隠せない鹿謳院。


 そんなセレナの意図が読めない鹿謳院が、左手の人差し指をはむはむと甘噛みしながら見つめる画面の向こう側。


 同じチャットを眺めているセレナの中の人間は溜息を吐き出していた。


「(──無論、もしダリちゃんの中の者が統苑会の人間であれば、今このタイミングでバニースーツをやめた方が良いと伝える時点で、セレナが統苑会の関係者であると透ける事は避けられない。そのリスクは百も承知だ)」


 如何に偶然を装おうとも、今この瞬間にこのような話題を選ぶリスクが分からない程に近衛は馬鹿ではない。


「(……とは言え、ダリちゃんが鹿謳院に直談判して意見を変えられるのであれば、どうにか出来るのはもうダリちゃんしかおるまい。何を意固地になっているのか知らんが、俺が何を言った所であの馬鹿は意見を変えようとはしないからな)」


 しかし、統苑会の執務室で明らかに無理をした様子の鹿謳院の表情を見た近衛は、それを承知でマンダリナの中身検証を進めた。


 自分が揺さぶりを掛けたり煽ったりしたせいで、鹿謳院が意固地になって無理をしている可能性もあるかもしれないと、そう考えた近衛が動くのは極々自然な流れ。


 たとえそのせいで、マンダリナにセレナの情報を渡す事になったとしても。こうすることで、いつも執務室で茶を啜っている生意気な人間から不安が取り除かれるのであれば……まあ、安いものだろうと。


「(対抗意識を燃やすのは結構な事だが、あまり馬鹿な事をやっていると自分で自分の首を絞める事もあると何故わからんのか。世話の焼ける女だ。これでダリちゃんが動いてあの女の考えを改めさせる事が出来るなら、それで良い。こちらの腹も探られる事となるが、こちらもダリちゃんに一歩近づくからな。この程度のハンデはくれてやろうではないか)」


 我ながら何をやっているのかと深々と溜息を吐き出す近衛だが、人間の根っこの部分は中々変わらないので、自分の意志でどうにか出来るものでもないのかもしれない。


 マンダリナ:でもまあ、バニースーツはないか。確かにw

 セレナ:だよね! 統苑会には格好良く居て欲しいなーっと言うか、綺麗で居て欲しいなーと言うか

 マンダリナ:まあなー。バニースーツは年中発情してる兎をモチーフにしているから、ずっと発情している女性みたいな意味があるとか言う話も聞くから、統苑会が着るにはちょっと下品かも?

 セレナ:うんうん。まあ、わからないけどね? 統苑会の人達がどんな衣装を選ぶのかw

 マンダリナ:まあなw


 あくまで、何も知らない体でのチャット。


「(セレナも本当はバニースーツが嫌だったけれど、私が怖くて言えなかった。と言う事でしょうか。反対して下されば私も無理を通すような真似は致しませんのに。……いえ、今それは重要ではありませんね。特定を避けるべく慎重に動かれていたセレナが、それでも露骨な手掛かりを提示してまで夫たる私に助けを求めているのですから、バニースーツ案は即時撤廃致しましょう)」


「(ここまでいけば十分だろう。もしダリちゃんが鹿謳院に通じる誰かであるとするなら、確実に動いてくれるはずだ。ダリちゃんはそう言う男だ。早ければ今日この後すぐ、遅くとも明日。鹿謳院に進言をしてバニースーツを中止させようとする者が現れたら、そいつがダリちゃんだ。その人物が特定できるかどうかは未知数だが、出来なくはないはずだ。逆に全く動きが無ければ、ダリちゃんは鹿謳院と無関係と考えて良いだろう)」


 鹿謳院は一足先にセレナの絞り込みに成功し、近衛もバニースーツ案が撤廃されると同時にマンダリナの大幅な絞り込みに成功する。


 両者共に狭まりつつある特定包囲網だが、もちろん、楽園の庭ではあくまでも知らんぷり。


 マンダリナ:じゃあさ、逆にセレナはどんな衣装だったらいいなーって言うのはあったりするのか?

 セレナ:どんなって、統苑会の人達が着るお洋服だよね?

 マンダリナ:そそ

 セレナ:んー! あ、でもさ? 今回統苑会の人達ってたぶん、ギャンブラーとしてーって言うかお客さんとして参加して私達生徒と勝負するよね?

 マンダリナ:まあそうなるんじゃないか? 誰が一番稼ぐかって言う勝負になるだろうから、ディーラー側とかじゃなくて客側だろうな

 セレナ:うんうん! だったら、お客さんとしてドレスとかタキシードとかが、カジノのドレスコードに合った感じのお洋服とかがいいかもー?

 マンダリナ:あー、フォーマルとかセミフォーマルみたいな?

 セレナ:うんうん! きっと皆似合うと思うーw

 マンダリナ:かもなーw


 その後もしばらくチャットは続き、遅くなり過ぎる前にログアウトした二人は探り合う事で多少の疲労を感じつつも、久しぶりに夫婦で沢山話せた事に満足。


「(私の中に居るマンダリナを透けさせる事なくセレナの要望を通す。少々難易度は高いですが、私であれば可能です)」


「(もし鹿謳院が衣装変更をした場合、あの女に進言した者を特定する。問題はあの女が俺の質問に素直に答えるかどうかと言う点だが……。まあ、どうにかするしかないか)」


 楽園の庭からログアウトすれば、最後にスマホのアプリでおやすみチャットを送り合って一日が終了した。

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