Level.108 ここで地雷を一つまみ
「(私とした事がこの男の前で気を抜きすぎておりました。そうですね。美月も桜花も動いておられますので、衣装の問題は今更どうする事も叶いません。考えるだけ無駄と言うものです。セレナが望まれるのであれば、ここは器の大きさを示そうではありませんか)」
そんな近衛の言葉で我に返った鹿謳院はどうにかして気持ちを切り替え、作業に戻る事に。
しかし、どうにもうまく切り替えられない様子。
セレナ:うん、鹿謳院さんでしょう? 知ってるよ! 怖い人だよね?
統苑会の中に隠れていると思われるセレナ。
そんな彼女が自分についての印象を語っていた時に飛び出した、何気ない言葉。
その言葉を思い出す度に、自分と言う人間のつまらなさを痛感してしまう。
統苑会の人達との関係はとても良好である。
自分ではそう考えている鹿謳院だが、そうは言っても、他人との関係なんて目に見えるものではない。
自分が友達だと考えている相手が、必ずしも自分の事を友達であると考えているとは限らないように、自分が良好な関係を築けていると思っていても、相手が自分の事を好いているとは限らない。
「(これまで他人にどう思われているかなんて、気にした事もなかったのですが。雫にせよ桜花にせよ、誰にせよ。セレナの中の方に怖いと思われているのは……少々、辛いですからね。ど、どうにかして、挽回しなければなりませんよね)」
いつかセレナの中の人を見つけた時、その人に嫌われていると言う状況は回避したい。
その為にも、統苑会の意見は積極的に聞き入れて行きたいと考えている鹿謳院。
誰かの中に隠れ潜んでいるセレナに少しでも気に入って貰おうと、健気に頑張っている彼女だが、そのせいで自分が窮地に立たされていては意味が無いとも言える。
「集中力の無い女だ。今日はもう帰れ」
「……指図するのはお止め下さいと申し上げたはずです」
「指図ではない命令だ」
「会長の私が副会長の命令を受ける謂れはありません」
「何を呆けているのかは知らんが、そのような状態で作業をされてミスをされては堪らん。集中できないのであれば帰れ、邪魔をするなと言っている」
「この私に向かって邪魔とは、よくもそのような口がきけますね。本当に、腹の立つ男です」
「言っていろ。大方、パンフレットの衣装について考えていたのだろうが、そうまでして着たくないのであればさっさと撤回したらどうだ。今なら間に合うぞ」
「……別に、そのような事は考えておりません。そも、全会一致でテーマに沿った衣装を決定したのですから、今更私から言うべき言葉はありません。ご理解頂けましたらこの話題は終いです。話しかけないで下さいませ」
「ふん」
強い拒絶の言葉で閉じられた鹿謳院の言葉に、鼻息を吐き出した近衛も会話を断念。
「(体調不良かと考えたが、やはり理由はそこか。あのような衣装を選んだ時点で不自然さを感じてはいたが……何を考えているんだ、この女は? 少々読み辛いが、あの表情は恐らく不安と焦燥。羞恥も混ざっているか。感情を隠しきれない程に動揺しているのは珍しいが、何がしたい。嫌なら嫌と言えばよかろうに)」
衣装選びの時から既に目が泳ぎまくっていたので、白川や柳沢は騙せても近衛にはその時点でバレバレだった鹿謳院の内心。
「(先日、和服と洋服で口論した際に強く言い過ぎた事が堪えているのであれば、俺にも責任があるとは言えるが……。テーマに合わせた衣装が最善であるとは言ったが、俺は何も、着たくないモノを無理に着ろとまでは言ったつもりはなかったのだがな)」
バニースーツにしようと言い始めた白川と柳沢の意見に、何を考えているのか鹿謳院が肯定したが故に、近衛もついつい疑問提起をしたわけでもある。
「(──いや……或いは、そう言う事、なのか?)」
珍しく焦りの見える表情を浮かべた鹿謳院を横目で見た近衛は、パソコンで作業をしながら現状から可能性を紐解いていく。
「(先日、楽園の庭でダリちゃんに揺さぶりをかけたパンフレット衣装について。あの時は全く効いていないと考えたが、その実あの揺さぶりが効力を発揮していたのだとすれば? それが今の鹿謳院の状態に繋がっているのであるとすれば、どうだ?)」
二年連続で和服は失望すると言う話。
テーマに即した衣装を選択するべきであると言う方向性の誘導。
あの時のチャットが今この状況に繋がっているとすればどうだろうかと、近衛は考えた。
「(もし、その仮定で考えを進めるとするならば、ダリちゃんの中の者はやはり鹿謳院に近い人間の誰かと言う事にならないか? それも、この女に意見を述べる事が許されて、彼女の意見を捻じ曲げるだけの強い意志を持った者、と言う事になる。仮に、もし仮にそうであるとすれば、その条件に当てはまる者は非常に限られる)」
思わぬ所に降って湧いた、マンダリナの中身に繋がるかもしれない奇跡の抜け道に気付いた事で、キーボードを叩き始めた鹿謳院に代わって今度は近衛の指がピタリと止まる。
「(この仮説は今この場ですぐには証明できない。だがそれでも、証明出来る可能性は十分にある。ダリちゃんが本当に統苑会に、いや、鹿謳院に通じる者の誰かであるとするならば、必ず動いてくれるはずだ。確かにこの方法では特定までは出来ないだろうが、それでも大幅な絞り込みは可能だ。──その為にも、まずは地雷を設置しておくか)」
再びキーボードに置いて指を動かし始めた近衛は、最後に一言だけ鹿謳院に確認を取る事にした。
「これ以上言うつもりはないが、鹿謳院は本当にバニースーツで問題ないのだな」
「今日はやけにしつこいですね、副会長。何も問題はないと言っているではありませんか」
「ああ。悪かったな。もう俺から聞くつもりはない」
「はい」
珍しく機嫌の良さそうな表情を浮かべる近衛と、いつもに比べると少しばかり勢いのない鹿謳院。
その後、短い会話を終えた二人は集中して作業に取り組んだ。




