Level.107 心此処にあらず
静観しようと思ったのだが、近衛が想像していたよりも執務室に集まった女子がぶっ飛んでいた事を思い知る。
「……正気か?」
作業をしながら黙って三人の話を聞いていた近衛は、口を挿むまいとしていた衣装決めについて思わず意見してしまう。
と言うのも──。
「あら、近衛君はお嫌いなんですか、バニースーツ?」
「カジノの衣装と言えば、バニースーツかバニーコートって感じありますよねー」
「……御二人がそう仰るのであれば、恐らくそれが最善かと。私は洋服についてそこまで詳しくありませんので」
パンフレット衣装をバニースーツにしようと話を纏め始めたので、一応口を挟まざるを得なくなってしまったわけだ。
「(カジノの定番と言えばそうかもしれんが、てっきりディーラー衣装やカジノの客をイメージしたドレスあたりに落ち着くと思ったのだが……。しかし、白川や柳沢は別として、鹿謳院家の女があのようなどすけべ衣装を着ても大丈夫なのか? とは言え、この者らが問題ないと言うのであれば俺がとやかく言う事でも無いのかもしれんな)」
副会長の責務として、念のため疑問提起だけはしておいただけの話。なので、乗り気な白川と柳沢と、目を泳がせながらも強く否定しない鹿謳院を見た近衛はさっさとパソコンに視線を戻す。
自分がバニースーツを着ろと言われているわけではないので、正直どうでも良いと思っている近衛も強く否定する気はないようで、思考を打ち切った。
「(あれは確か、俺が初等部二年の時だから九年前か。テーマが『夏』だった時の聖桜祭では統苑会の水着がパンフレットの表紙を飾った事もある。そう考えれば、中等部と高等部の合同カジノが主催される今期聖桜祭でバニースーツの選択は普通か)」
聖桜祭に合わせて、統苑会メンバーが撮影するパンフレットの表紙。
それだけではなく、撮影された写真は映画のポスターのように洒落た加工をされて学園各地に飾られ、初等部にも大学にも飾れて聖桜学園全体に宣伝をされる。
その為、多くの者の目に触れる事になる写真用の衣装は、優雅で洗練されたものが採用される事が多い。
だが、だからと言って全く冒険をしなければ、それはそれで侮られてしまう恐れも無きにしも非ず。
無難な衣装ばかりを選択しているだけでは観客を楽しませる事が出来ないので、統苑会にはテーマに合わせた衣装選択が求められる。
「(確かに、バニースーツは有りか。インパクトを与えると言う意味ではこれ以上ない衣装かもしれん。……ふむ。鹿謳院達のバニースーツ、か)」
そこまで考えると、キーボードを叩く近衛の手がピタリと止まった。
すると、右手を顎に当てた近衛は、天才的な頭脳を無駄に働かせて完璧なイメージを構築していく。
「(柳沢にせよ、白川にせよ、乾にせよ。ついでに一条もか。……うむ、悪くはないな。俺としてもバニースーツの造形は気に入っている。あれらを着用すると言うのであれば止める必要もないか)」
脳内で完璧なイメージ映像を垂れ流す近衛は、目を閉じたまま頷く。
バニースーツを着用した統苑会の女子メンバーを一人ずつ完璧にイメージしてポージングと取らせていけば、最後にイメージしたのはバニースーツを着用した鹿謳院氷美佳の映像。
「(この夏海水浴に行ったお陰で鹿謳院のイメージも容易に出来るが、やはりこの女は何を着ても似合うな)」
完璧なイメージを想像出来る近衛の脳内。バニースーツを着用した鹿謳院がぴょんぴょん飛び跳ねている姿に満足そうに頷いたセクハラおやじは、スッと目を開けると作業を再開した。
「(だが、鹿謳院に本当に似合う衣装があるとすれば、この手の性的消費の激しい衣装ではなく……)」
いつぞやの花火観賞会の時。罰ゲームで赤いドレスを着用させられた鹿謳院の姿を思い出した近衛は、鼻から軽く溜息を吐き出すと脳内のイメージを霧散させた。
衣装に関しては柳沢と白川と言う専門家が居るので、自分の出る幕は無い。
これと言った反対意見がないのであれば、勝手にすれば良い。
そう考える近衛は、衣装や構成を考える三人を意識の外へと追い出して、自分の作業に没頭するのであった。
結局、女生徒がバニーコート、男子生徒がディーラーと言う形でこの日は纏まり、乾愛理も、一条雫も全然オッケーと言う事で、衣装が最終決定。
後日、白川の使っている撮影スタジオで写真の撮影をすると言う話で、全員のスケジュールが埋まる事に。
こうして、全員納得の衣装選択は終了し、各自が聖桜祭に向けて動き出す。
「(どうしましょう。あのような破廉恥な衣装を纏うなんて、普通に嫌なのですが……。ど、どうしましょうか。どうしましょう。あんなの絶対に着たくないのですけど、で、ですが──)」
鹿謳院以外の全員が納得した衣装選択は終了し、各自が聖桜祭に向けて動き出す。
当然ながら、一人納得していない鹿謳院の内心は大変な事になっていた。
統苑会執務室には作業に打ち込む鹿謳院と近衛の二人だけ。
だが、近衛の指がキーボードの上で踊るように動いているのに対して、鹿謳院の指は先程から殆ど動いていない。
「(どなたか一人でも反対意見を述べられた瞬間にその方の意見に乗ろうと考えていたのですが、桜花も美月も、雫も愛理も、全員が喜んで受け入れてしまいました。全員の意見が一致していると言いますのに、ここで私が反対意見を出そうものなら──)」
統苑会の何処かに、誰かの中に隠れているに違いないと考える、セレナ。
鹿謳院が現時点で怪しんでいるのは一条雫と、次点で白川桜花。
この二人のどちらかがセレナであるかもしれないと考える鹿謳院は、そんな二人の意見を聞きながら慎重に衣装を選んでしまって、気が付けばバニースーツを着る事に。
「(皆さん恥ずかしくないのでしょうか、あ、あのような……。全校生徒に、それだけではなく、一般来場者の方々にも見られて、未来永劫に保存されてしまうのですよ? ですが、統苑会からは反対意見が一つも出ませんでした。それどころか皆さん乗り気で……ど、どうしましょうか)」
統苑会の意見が一致していると言う事は、その中に隠れているセレナも賛成していると言う事。
そんな中で、最終決定した衣装を自分の我儘で覆すような真似をすればどうなるか。
そんな事をすれば、セレナに失望されてしまうのではないだろうか。
「──手が止まっているぞ、鹿謳院。送った資料をさっさと読め」
「言われなくともすぐに済ませます。いちいち指図しないで下さいませ」
「口を動かす暇があるなら早くしろ」
心中穏やかではない鹿謳院だが、近衛の言葉に余計に心がざわついてしまう。
呑気に考え事をする暇を近衛が許すはずもないので、手を休める事も出来ず。
「考え事がしたいのであれば他所でやれ。仕事は全部俺が引き受ける」
「結構です。私一人で十分にこなせる量です」
「ふん」
騒めく心を押さえつけて、とにかく今は統苑会の会長としてお仕事を頑張ろうと決意する鹿謳院だが、近衛としては別に責めているつもりはない。
「(先程から何を呆けているのか知らんが、体調が悪いのであればさっさと帰れば良いものを。無理をして聖桜祭までに体調を崩される方が余程迷惑なわけだがな。とは言え、鹿謳院本人が問題ないと判断するのであれば、しばらくは様子見か)」
近衛はそもそも誰かに無理を強要するような真似はしないので、今の言葉も体調が悪いのなら休めと言う意味でしかないのだが、少々わかり辛いのが難点。




